【判例紹介】正社員と臨時職員との間に存在する基本給と賞与の差異が不合理なものと認定された事例

今回は正社員と臨時職員における賃金の差異が労働契約法20条に反するとして基本給と賞与額の一部につき差額分の支払を命じた学校法人産業医科大学事件(福岡高裁平成30年11月29日判決)を紹介します。
 正社員の賃金と有期社員との間における賃金の区別の正当性は同法20条の当該区別が「不合理」か否かという形で判断されていますが、この「不合理」な賃金差というのは簡単には認められません。
 しかし、本事件では基本給と賞与という賃金の根幹部分について一定の範囲で「不合理」な差異を認めたという点で非常にインパクトがありました。

目次

1 事案の概要

2 判決内容について

3 裁判所も正社員と臨時職員の立場に差があることは認めている

4 30年以上継続勤務した点を重視した

5 本判決についての感想

1 事案の概要

 本件の訴訟を提起した労働者は、昭和55年に短大を卒業後、勤務先である大学から任期1年の臨時職員として採用され、以降、30年以上にわたり契約を更新し、大学病院の歯科口腔外科で予算・物品の管理、講義の準備、学生の出欠管理等の業務に従事していました。
 この大学の正社員については俸給、賞与、退職手当が支給されますが、臨時職員は給与、賞与は支給されるものの、退職手当はなく、給与の月額は毎年一律で定期昇給はないという取り扱いがされていました。
 その結果、本件の労働者の賃金総額は、同じ頃に就職した正社員の賃金と比較して基本給の金額で約2倍の差が生じました。なお、賞与については正社員と臨時職員ともに年3.95か月分が支給されていました。
 その他、本事件では臨時職員の制度は昭和54年に大学が開院した当時の職員不足を補う目的で設けられたものであること、同臨時職員の制度は昭和57年まで継続されたことなどが認定されています。

2 判決内容について

 上記の事実関係につき、高裁は月額3万円の限度で正社員の賃金と臨時職員の賃金との間には労働契約法20条に違反する「不合理」な差があると認定し、これに基づき基本給28か月分と賞与5回分の賃金差額の合計額である113万4000円分について不法行為に基づく損害賠償請求を認めました。
 この裁判例の特徴は次の点にあると思われます。

3 裁判所も正社員と臨時職員の立場に差があることは認めている

 労働契約法20条によれば、労働契約の期間があることによって正社員と有期社員の間に労働条件の差が生じている場合、その労働条件の差は「不合理」なものであってはならないとしています。そして、この「不合理」の有無については、①「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」、②「職務の内容及び配置の変更の範囲」、③「その他の事情」の観点から総合的に考慮すべきとされています。
 この点、本判決は①に関して大学の正社員と臨時職員の業務内容は類似する部分はあるものの、正社員がその業務を取り扱っていた時間や経理業務で管理していた金額に大きな差があるため業務の範囲や責任の程度に差があると認定しました。
 また、②についても正社員は大学内の全ての部署に配属される可能性や出向を含む異動の可能性があり、多様な業務を担当することが予定されている一方、臨時職員については異動も出向も業務内容の変更も予定されておらず、大学内の中核を担う人材として登用されることも予定されていないとして正社員と臨時職員の間には人材活用のシステム上の差異があることを認定しました。
 このように、裁判所も正社員と臨時職員には様々な点で立場に差があることは認めています。

4 30年以上継続勤務した点を重視した

 他方で、本判決は、1か月ないし1年の短期という条件で人手不足を補う目的のために臨時職員として採用された本件の労働者が、その後30年以上もの長期にわたって雇用されていたことを③の「その他の事情」として考慮しました。
 その上で、裁判所は、主任に昇格する前の正社員の賃金水準を下回っている月額3万円分について「不合理」な賃金差があるものと認定し、結論として基本給28か月分、賞与5回分の合計である113万4000円について不法行為に基づく損害賠償請求が認められるとしました。

5 本判決についての感想

 既に述べましたように、本件においては正社員と臨時職員との間に①「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」、②「職務の内容及び配置の変更の範囲」について区別があることは認定されています。そして、このような業務内容や地位・責任、配転等の人材活用のシステム、将来において社内で予定されている地位の差が存在する以上、労働契約法20条の「不合理」な賃金の差は存在しないとして請求を棄却する方向に流れてもおかしくはないと思われます(実際、本事件の1審では労働者側の敗訴となっております。)。
 しかし、本判決では対象の労働者が30年以上も大学にて勤務し続けていたこと、大学側もそのような事態を特に問題視せず対象労働者に対する雇止め等の措置をとらなかったことなどを根拠として、一定の範囲内で「不合理」な賃金差の存在を認めました。
 これは飽くまで私の推測ですが、裁判所の判断には、臨時職員制度が形骸化して久しく、臨時職員が実質的に正社員(の一部)と同様の業務を行っている事実が大学側の事情によって生じているにもかかわらず、そこから生じる賃金差を労働者に甘受させるのは信義に反するという価値観が働いたのかもしれません。
 もちろん、この判決については③の「その他の事情」で考慮される内容やその重みが不明確であるため、労働契約法20条の適否の予測可能性が失われるという批判が起きることが予測されるところです。
 他方で、この批判に対しては使用者側において法令や労働契約の手続に則り契約更新手続や雇止めを行うことで防ぐことができた事態であるから、使用者側に過剰な負担を課するものではないとの見解もあるかと思います。
 いずれにしても、本判決は③「その他の事情」如何で労働契約法20条違反を争う余地が広がったと評価できる意味で労使ともに非常にインパクトがあった判決だったと思います。
 本事件が上告・上告受理申立てがされたのかは把握しておりませんが、もしこれがされているとしたら果たして高裁の判断が維持されるのか、最高裁の判断を是非とも見てみたいものです。

2019年4月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : admin

離婚調停は機能しているか?

昨日,東京家庭裁判所で離婚調停中の妻が夫から刺されて死亡する事件が起きました。
 被害者の方の無念を思うといたたまれなくてなりません。この場をお借りしてご冥福をお祈り申し上げます。
 今回の事件をきっかけに弁護士の先生方が今の離婚制度に関して色々述べておられます。私も今の離婚調停の仕組には思うところがあるため,今回そのことを記事にすることとしました。

目次

1 離婚調停の仕組み

2 調停前置主義

3 弁護士から見た調停離婚の問題点

(1) 離婚成立までに長い時間がかかる

(2) 調停員が個人的意見を押しつけることがある

(3) 裁判所への出頭を強いられる

(4) 当事者に大きなストレスを強いている

4 まとめ

5 最後に

1 離婚調停の仕組み

 日本における離婚の方法には大きく分けて①協議離婚,②調停離婚,③裁判離婚の3つの種類があります。このうち①の協議離婚は夫婦同士が話合いで離婚を決めた後,双方が離婚届にサインして市役所に提出するという形で行われるもので,これは皆様にもイメージがしやすいかと思います。
 これに対し,②離婚調停と③裁判離婚については今ひとつイメージがしにくいという方も多いかと思います。
 このうち,②調停離婚は家庭裁判所において夫婦が話合いを行う方法で離婚をするというものです。「話合い」といいますが,実際には男女1名の「調停員」が当事者から交替で話を聞いていきます。
 ②の調停離婚は裁判所での手続ではありますが,飽くまで夫婦の話合いによって離婚を目指すものです。そのため,話合いが期待できないケースでは調停は不成立ということになります。そのため,当事者の一方がどうしても離婚したいと希望する場合には③の裁判離婚の手続をとることになります。
 裁判離婚の手続では裁判官が民法上の離婚事由(不貞行為など)があるか否かを当事者が提出した主張と証拠でもって審査します。離婚事由があるため夫婦関係の改善が不可能と判断された場合,裁判官は判決で離婚の成立を宣言します。

2 調停前置主義

 以上が日本における離婚制度の概要となりますが,今の離婚制度ではいきなり③の裁判離婚に及ぶことはできず,先に②調停離婚の手続をとるべきとされています。これを調停前置主義」といいます。
 離婚訴訟は,離婚を希望しない一方当事者の意向を無視して判決で強制的に離婚を成立させるものです。したがって,裁判離婚においては仮に離婚が成立した場合でも当事者間に深刻な感情の対立が残ることとなります。これに対して調停離婚は話合いによる合意で離婚を成立させるものですから,そのような感情の対立はある程度緩和されることとなります。
 このような理由から,日本の離婚制度ではまず離婚調停を申し立てるべきという調停前置主義が採用されています。

3 弁護士から見た調停離婚の問題点

 このように,調停前置主義は当事者の合意に基づく離婚後の対立の緩和という目的のもと制度化されているものですが,弁護士からはあまり良い評判を聞きません。その点は私も同じ感想をもっています。それは調停前置主義には次のような問題点があるからです。

(1) 離婚成立までに長い時間がかかる

 離婚調停での話合いと合意が可能な事案であれば,離婚成立までにかかる時間は短くなります。
 しかし,最初から話合いが成立するような関係性であれば協議離婚が可能なのではないかと思われます。したがって,離婚調停が申し立てられるケースというのは,ある程度夫婦間の意見の対立が大きく,話合いが困難な場合が多いのではないかと思います。
 そのような場合でも,調停前置主義を採用する現状においては,いったん離婚調停を申し立て,その調停を不成立で終わらせた後,さらに離婚訴訟を提起するという手間を強いられることになります。
 このように,調停前置主義があるためにかえって離婚成立までの時間が長期化してしまうというケースが見受けられます。

(2) 調停員が個人的意見を押しつけることがある

 離婚調停に立ち会う調停員は一般市民の良識を反映させるため,社会生活上の豊富な知識経験や専門的な知識を持つ人の中から選ばれるとされています。必ずしも法律に関する知識や経験が必要とされるわけではなく,実際にも法律家以外の調停員が多数派のようです。また,年齢層的には60代以上が多くを占めているようです。
 調停員は,法律を杓子定規に当てはめるのではなく,当事者の気持ちを酌み,双方が円滑に話合いができる環境を整えるということが期待されています。そして実際に調停員の人生経験・人間観が当事者に安心感を与えるというケースは多くあります。
 しかし,調停員には地元でも信頼感の厚い「名士」が選任される傾向があることから,その成功体験に基づいて当事者を「説教」するような態度(例えば「結婚生活には我慢も必要だ」などと発言する)に及んでしまうことがあります。
 また,調停員には必ずしも法的な素養が求められていないことから,法的にはとても認められないような主張をする場合(例えば非監護親に安定した収入があるにもかかわらず「養育費は1円も払わない」と主張する場合)であっても,一方当事者が主張しているからという理由だけでそれを他方にそのまま伝えてしまうことがあります。
 その場合,DVやモラハラで苦しんでいる当事者にとっては「裁判所に裏切られた」という気持ちになってしまい,自暴自棄になって非常に不利な条件での離婚を受け入れてしまうということが起こってしまいます。

(3) 裁判所への出頭を強いられる

 調停手続は当事者から話を聞き取るための手続ですので,当事者は実際に裁判所を訪れて調停員や裁判官と話をする必要があります。
 しかし,当事者の感情的対立が深刻化していたり,あるいはDVやモラハラがあったりする事案のケースですと,当事者は他方当事者が裁判所にいるかもしれないと考えるだけで強い不安を覚えてしまいます。
 また,そのような事例では当事者の一方が激昂して他方当事者に加害行為を加える危険があります。今回の事件はその危険が現実化したものということができます。
 これに対し,離婚訴訟であれば言いたいことは訴状や準備書面といった書面で説明することとなるため,仮に出廷の必要がある場合でも調停に比べれば非常に短い滞在時間で済みます。特に弁護士が代理人になる場合,そういった書面は弁護士が作成・提出し,期日にも一部の例外を除いて弁護士だけが出廷するので当事者の出廷の負担は大きく緩和されます。

(4) 当事者に大きなストレスを強いている

 上記の(1)から(3)の結果として,離婚調停を申し立てた側の当事者は大きなストレスを抱えます。
 先にも記載しましたが,当事者同士の話合いができる関係性であればそもそも裁判所の手続に及ぶことなく協議離婚をすることが可能です。
 そうではなく,離婚調停に及ばなければならないという事態になったこと自体,離婚を希望する側からすれば話合いが苦痛であるということの徴表に他なりません。
 それにもかかわらず,調停という場で離婚を断固拒絶するという相手方との話合いを強いられ,時には調停員から心にもないことを言われる。しかも調停が成立しなければさらに離婚訴訟を提起しなければならないということは,離婚を希望する当事者に極めて大きなストレスを与えます。
 しかも,ストレスを抱える側はなかなかそれを声に出すことができないため,その本心・実情が裁判所に伝わらず,その結果として離婚を希望する当事者は裁判所に失望し,「何でもいいからとりあえず離婚したい」という自暴自棄な気持ちになって不利な離婚調停を受け入れてしまうという危険があるように感じます(飽くまで個人的な感覚ですが,弁護士として活動しているとそのようなケースに遭遇することは珍しくありません。)。

4 まとめ

 このように,離婚調停制度は様々な問題をもっており,当事者の合意による対立の緩和という制度趣旨が本当に実現できているか大いに疑問があります。調停前置という形で話合いを「強制」されることで声が大きい当事者の意向を他方当事者が飲まされているというケースは相当にあると思われ,特にDVやモラハラが絡む事件では被害者側の受ける不利益は大きいと思われます。
 そもそも,離婚訴訟手続だからといって一刀両断型の解決がされるわけではなく,夫婦の意見が一致した場合にはその時点で和解で離婚することは可能です(人事訴訟法37条)。そして,離婚訴訟の場合は裁判官と夫婦双方の弁護士が法律と証拠に基づいてを意見を出し合うため,最初から無理筋な主張は手続の初期段階で排除され,結果的に離婚までの時間が短期化するようにも思われます。
 それでも調停前置主義が今も採用されているのは,「夫婦関係はできる限り維持されるべき」という家族主義的価値観が根底にあるからのように感じられます。
 しかし,個人の意思と人格が何よりも尊重されるべき今の時代に,一度気持ちが離れた者同士の夫婦関係を維持させなければならない理由はなく,「まずは話合い」を強いられる理由もないと思われます。
 そう考えた場合,離婚調停制度自体は良い部分も多いと思いますが,まず離婚調停ありきという制度設計はいい加減改められてもいい時期だと思います。

5 最後に

 以上の話は弁護士側から見た調停離婚制度の問題を述べたものです。そのため,弁護士が関与していないケースでは夫婦間で円満に話合いが成立しているのかもしれません。したがって,今回の記事は特定の立場からの1つの意見として読んでいただければと思います。
 いずれにしても,夫婦同士の感情の対立が激しいケースやDV・モラハラにで当事者が心身に疲弊を来しているようなケースでは,周囲の助力なしに離婚をしようとすると不本意な離婚条件を受け入れざるを得なくなったり,最悪の場合には今回の事件のような生命・身体の危険が生じてしまったりします。
 もちろん弁護士が介入すれば直ちにあらゆる問題が完全に解決するわけではありませんが,それでも弁護士だからこそ知っている対処法というものもあります。
 そのため,離婚を考えておられる方々におかれましては,1人で問題を抱え込むのではなく,家族や友人,そしてできれば近くの弁護士に悩みを相談されることをお勧めいたします。

【判例紹介】有期雇用について定めた労働条件通知書の効力を否定し解雇無効を認めた事例

 当事務所では労働事件を主要な業務の1つとしております。
 このたびは皆様に当事務所の存在を知っていただくとともに,私自身もより法律への理解を深めていきたいと考えたことから,この場を借りて興味深い判例を紹介することにしました。
 内容的に難しい部分もあるかもしれませんが,徐々に慣れていきたいと思いますのでお目通しいただければと思います。
 今回紹介するのは社会福祉法人佳徳会事件(熊本地裁平成30年2月22日判決・労働判例1193号52ページ)です。

 案件の内容を簡潔に言いますと,あるNPO法人の運営していた保育園が存続の危機に陥ったため別の社会福祉法人にその事業を引き継いだところ,その新法人が従前より勤務していた保育士を解雇したため,保育士側がその解雇の無効などを主張したという事案です。
 この裁判では結論として解雇が無効とされましたが,その論理構成が面白く今後の業務にも参考になると考えたので紹介させていただきます。

 この事例では,主な争点として①NPO法人が保育士と締結していた労働契約(雇用期間の定めなし)の内容がそのまま新法人にも引き継がれるか。②仮に労働契約がそのまま引き継がれないとした場合,保育士と新法人との間では無期雇用が成立したか,それとも有期雇用が成立したに止まるか。③保育士に対する解雇の理由はあるのか。といったことが問題となりました。

 ここで,どうしてこれらの点が争点になったのかというと,保育士と新法人との間の労働契約に雇用期間の定めがない場合,新法人側は法律が定める解雇理由がない限り保育士との労働契約を終了させられず,したがって保育士に給与を支払い続ける必要が生じるからです。
 これに対し,労働契約の内容として雇用期間が定まっている場合,原則としてその期間の終了をもって労働契約は終了となるため,法人側は保育士に給与を支払う必要はなくなります。
 そして,今回の場合保育士は社会福祉法人との間で有期雇用を許す雇用条件通知書にサインをしてしまっていたという事情がありました。そこで,保育士側が無期雇用の成立を主張するために上記①と②の点を争点にする必要があったのです。

 これに対しての裁判所の判断ですが,①については新法人への労働契約の引き継ぎは認めませんでした。その上で,②については雇用条件通知書の記載にもかかわらず無期雇用の成立を認め,その上で雇用条件通知書は労働条件の不利益変更であり,労働者側の自由な意思による同意がないため無効であるとし,最後に③保育士側には解雇理由がないので解雇は無効と判断しました。

 この事件で論理構成が面白いのは②の点についてです。
 先にも書きましたように,この事例では有期雇用を認める雇用条件通知書にサインをしていたため,一見すると雇用期間のある労働契約が成立しているように見えます。
 しかし,裁判所はこの点につき,新法人側が雇用期間の有無について事前に保育士側に説明していなかったこと,保育士はNPO法人時代には無期雇用で勤務しており,新法人引継後も同様の雇用条件で勤務することを希望していたことなどを理由に新法人と保育士の間の労働契約は無期雇用であるとしました。

 そうすると,雇用条件通知書へのサインは,いったん成立した無期雇用を有期雇用に変更するものとなります。
 ここで,労働契約法8条は当事者が同意をすれば労働条件を変更することができるとしています。しかし,労働条件の不利益変更に関しては,労働者側が自由な意思に基づき当該条件変更を受け入れたと客観的に認められる場合にだけ同意の効力を認めるという慎重な姿勢がとられています(最小第2・平成28年2月19日判決・山梨県民信用組合事件を参照)。
 その上で,本事件では一般に有期雇用は無期雇用よりも不利な内容の労働契約とされていることから,保育士側が自由な意思で有期雇用への変更を受け入れたかどうかが問題になると扱い,最終的に有期雇用への変更を認めませんでした。

 以上のように,本事件は雇用条件通知書へのサインという保育士側にとっては非常に不利な事情があったにもかかわらず,新法人への勤務が開始するまでに至った経緯を詳細に認定することで無期雇用の成立を認め,その上で有期雇用という労働条件の不利益変更が認められるかという論理を組み立てた点に恣意的な解雇の抑止に対する強い姿勢を見ることができます。
 そして,本事件のような雇用条件通知書を作成する前の経緯を重視するという考え方は,求人情報と実際の雇用条件が違うという「求人詐欺」にも応用ができるものと考えられます。
 このように,雇用条件通知書や雇用契約書にサインを迫られた場合でも,場合によっては不利な状況を覆せることもありますので,雇用条件に疑問がある場合は弁護士に相談されることをお勧めいたします。

 以上のような形で,今後は不定期に判例や弁護士業務の内容などについて配信してまいりたいと思いますので,皆様におかれましてはよろしくお願い申し上げます。

医療従事者と残業代

本当に早いもので,今年もあと数時間でおしまいです。

今年も日々の業務に追われるばかりでなかなか記事の更新ができませんでした。

 

そんな中,今年は7月7日に最高裁で医師の残業代に関する重要な判例が出るなど医療従事者の労働問題については結構重要な1年になったのではないかと思います。

来年は,医療従事者の労働環境が健康保険制度を巻き込んで様々な議論を呼び起こすかもしれません。

今回は,この点について思ったことを書きたいと思います。

 

まず,先に挙げた7月7日の最高裁判決の内容について説明しますと,この事例では高額年俸(年俸1,700万円)が保障されている医師が残業代を請求できるかという点が問題となりました。

 

この点,1審と2審は,「残業代は年俸1,700万円の中に織り込み済み」という考えで医師側の請求を認めませんでした。

 

しかし,最高裁は「〔年俸1700万円の内訳について〕時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされていなかった」ことから,「年俸について,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することはできない」ため,年俸の中に残業代は含まれてはいない。そうである以上,病院側は残業代を支払わなければならないとしました。

 

この「基本給と残業代の部分を明確に区別できない場合には固定残業代制は無効」という考えは,実は以前から固定残業代制の有効性を判断する際に用いられている判例上の基準でした。7月7日の最高裁判例は,この基準は高額年俸が保障されている医師の場合にも同様に適用されると判断した点で重要な意味がありました。

 

この最高裁の判決により,医師は広く残業代が請求できるようになる一方で,病院側としては医師に支払う残業代が青天井になるリスクが大きくなったといえます。その理由は次のとおりです。

 

まず,①当直勤務がある医師の場合,その当直時間の全てが残業時間とされ,その時間に対応した残業代を支払わなければならなくなる可能性があります。

なぜなら,医師の当直とは頻繁に誰かしらから呼び出しがあるものであり,その場合にはいつでも患者の元に駆けつけなければならない立場にあるからです。

このような場合,医師の当直時間は,仮にその医師が実際には仕事をしていなくても労働時間として扱われることになります(これを休憩時間と分けて「手待ち時間」といいます。)。

その結果,病院側は医師の当直時間について各種の割増賃金を支払わなければならないことになります(なお,当直制勤務については労働基準法41条3号という例外がありますが,これも簡単には適用できないため結局残業代の支払い義務を免れないケースが見受けられます。)。

 

また,②医師の場合,そもそもの基本給が高いため,割増率を乗じると一層残業代が高額化します。

 

さらに,③病院側で電子カルテが導入している場合,医師がカルテに書き込みを行った時間を改ざんすることは簡単ではありません。このような場合,医師側は労働時間を証明しやすいという特徴があります。

 

加えて,④病院が残業代訴訟で敗訴した場合,医師側は診療報酬請求権を差し押さえて残業代を回収することが可能です。この場合,病院側は単に残業代の支払わされるだけではなく,社会的にも大きく信用を失うことになります。

結果,病院側としては裁判で認められた残業代を実際に支払わざるを得ません。

 

以上のように,医師側から残業代を請求された場合,病院側は非常に大きな経済的負担と社会的制裁を強いられることになります。

 

ところで,残業代が問題になるのは何も医師だけではありません。看護師,薬剤師,理学療法士,作業療法士などの各種の医療従事者たちも,1日8時間,週40時間労働(一部小規模の医療機関だと週44時間)を超えれば残業代を請求できるのが基本です。

そのため,病院側はもし1件でも残業代トラブルを起こすと,次から次へと残業代の支払いに応じなければならないということになります。

 

したがって,医療従事者の残業代請求は,実は弁護士にとって結構な「鉱脈」になるのかなと考えています。

 

ただ,もし日本における全ての医療従事者たちの人件費を労働基準法の規定どおりに算出したとしたら,果たして日本の健康保険制度は維持できるのだろうか,という懸念は感じます。

なぜなら,現状,日本の医療従事者の方々が残業代を問題化しない理由は,他の職業に比べてまだしも安定した雇用が保障されているからに過ぎないと考えるからです。

 

そのため,今後日本の経済事情が暗転し,医療従事者たちの雇用の安定が脅かされた場合,その人たちは日々の生活の糧を確保するため,自らの切り札としての権利を行使する可能性は大いにあると考えます。この場合,残業代を求める医療従事者側と,その費用を健康保険料として負担する国民側との間では葛藤が生じることは免れません。

 

このような次第で,医療従事者の残業代問題は,健康保険制度全体をも揺るがす大問題になる可能性を秘めていると思います。しかも,その問題の火種は来年にも爆発するのではないかと考えたりするのです。

 

そんなときに,自分は何をできるのだろうか,そんなことを考えている年の瀬でした。

 

年末に物騒なことを書きましたが,次の一年も平和な時間になることを願うばかりです。

 

来年も当事務所をよろしくお願い申し上げます。

証拠の「強さ」と「固さ」

何と言っても裁判では出せる証拠で勝負が決まります。

もちろん相性のいい裁判官に巡り会うとか、弁護士の弁論能力が高いとかの要素も多少は裁判の行方を左右します。

しかし、証拠がなければ議論の土台すら作れません。

というのも、裁判官は

証拠で何が分かるか→分かった事実でどのような法律が適用できるか→法律を適用した結果どのような請求が認められるか

という思考で結論を出すからです。

 

日本の裁判では証拠は当事者が用意するのがルールとなっています。

裁判官が一方当事者だけに肩入れをすることは不公平になるからです。

そうなると当たり前ですが、「で、どういう証拠があればいいんですか?」という話になります。

 

それが分かれば誰も苦労しませんが、私自身が意識しているのは証拠の「強さ」と「固さ」です。

 

「強さ」とは、「その証拠で何を証明できるのか?」という視点です。

 

不貞慰謝料を例として、不貞相手が「私は●月●日にどこそこのホテル肉体関係をもちました。」と自白している場合を想定します。

この場合、不貞相手の自白が真実である限り、不貞関係があったということができます。

その意味で、この自白はそれだけで肉体関係の存在を証明できる「強い」証拠ということができます。

 

他方、夫が女性とラインで下ネタトークを繰り広げているという場合、そのラインのやり取りだけで直ちに肉体関係の存在を証明できるわけではありません。

この場合には、そのラインのやり取りが非常に頻繁であるとか、休日には必ずデートに行っているとか、キスをしている現場を目撃したなどの事情の兼ね合いがあって初めて肉体関係が認められます。

その意味でこのラインデータは不貞相手の自白に比べれば「弱い」証拠となります。

 

次に、証拠の「固さ」とは、その証拠の内容が時系列で役に立たなくなる可能性の大小の問題です。

 

先ほどの不貞慰謝料の例だと、確かに「私は●月●日にホテルどこそこで肉体関係をもちました。」という自白は、それが正しければ不貞は間違いなしということになります。

しかし、この自白は人間の言葉が情報源となっています。そして、人間の発言とは、いろいろな事情で内容がコロコロ変わるものです。

 

例えば、先の自白の場合、「いや、私はそんなことを言った記憶はない。」とか、「確かに不倫を認める発言をしたけれど、あれは奥さんから無理矢理言わされたんだ。」などの弁解が出てくることがあります。

この場合には、どのような経緯で自白をするに至ったかという経緯や、周囲の状況が問題となります。長時間にわたって問い詰めたり、自白しないと周囲に言いふらすといったような脅迫がある場合、その自白は記憶のとおりの発言なのかが怪しくなり、果たしてすぐに信用して良いだろうかということになります。

この意味で、この自白は「強い」けれども、固さでは「もろい」証拠となります。

 

他方、ラインデータの場合、そのデータは確かにその時間、そのような文言のやりとりがあったことはほぼ間違いないと言えます。

その意味で、このラインデータは自白に比べれば「弱い」けれども「固い」証拠だということができます。

 

このように、証拠は「強さ」と「固さ」の視点をもつと、その証拠がもつ価値の大きさが大体にしても分かってきます。

 

最近では、誰でもスマートフォンをもっているため、録音アプリで会話内容を保存することが簡単になっています。

そのため、今の時代「固い」証拠を残すことは、それほど難しいことではありません。

ですから、後は根気強く「強い」証拠が入手できるときを待てば良いということになります。

 

なお、録音データについては「そんな卑怯なものは証拠にするな」と反論されることがあります。

しかし、現在の世の中、自分からした会話の内容が録音されている可能性があることは、どこかの国会議員の「このハゲーーー」から始まるやり取りからも明らかです。

裁判所も、録音データに関して証拠から除外することはほとんどありません。

 

そういうわけで、このサイトをご覧になる方は、泣き寝入りをするくらいなら、じゃんじゃん証拠を残しておいてほしいと思います。

 

パワハラ案件で思うこと

早くも1年の4分の1が過ぎました。

ニュースでは入社式の話題が沢山でています。皆の若さがうらやましくなってきた今日この頃です。
そんな話題に水を差すわけではないですが、ここしばらくポツポツとパワハラの案件を扱うことが多いなあと感じています。

皆さま、パワハラと聞くとどういうことを思い浮かべるでしょうか?
最近だと電通が起こしてしまった痛ましい事件はパワハラの例の一つですね。

実はパワハラと言っても色々なパターンがあります。
電通の事件を例に出すと、
・長時間労働を強いる
・無理難題を強いる
・ミスを過剰に叱責する
・能力や人格を否定する
・企業単位での仲間外しや無視
なんかが典型例に当たります。

電通の事件は、パワハラ事件の一つの象徴ですが、世の中にはもっとスゴい企業もあります。
そのようなところは、これに加えて
・殴る蹴るの暴力を加える
・ミスに対して給料を減額する。罰金を科す
・明日から会社に来るなという。すぐにクビにする
・クビだとまずいので自主退職を迫る。
などの現象が起こります。
給与減額や罰金はセブンイレブンの件が記憶に新しいですね。

一番驚くのは、経営者が何の罪悪感もなくこういうことをしているということです。
というか、「労働者側が全部悪い!」という姿勢が圧倒的多数です。

もちろん、労働者側にもミスがあったり能力を十分に発揮できない場合もあります。
しかし、業務過程で一般的に生じがちなミス程度では懲戒も解雇もできません。
ところが、パワハラが横行している企業はそんなことはお構いなし。鼻紙を捨てるかのように簡単に労働者を捨てます。

そして、重要なのは、このような意識の希薄さが経営者自身に対して重大なリスクを伴っているということです。

つまり、労働者は労働基準法その他の法律でその地位や労働条件が保障されています。
それらの法律は、労働者が人間らしい生活を送る上で最低限必要な内容を定めたものです。
そのため、その違反については時に刑事罰という強烈な制裁を伴っています。

また、平時から企業側が労働法を守っているかは民事裁判の場合でも強い影響を与えます。

企業側は従業員を解雇したり、給与減額したりした理由についてあれこれ述べます。
しかし、解雇や給与減額は法律や判例上そんなに簡単にはできないことになっています。
そのため、コンプライアンスがちゃんとしている企業では、キチンと時間をかけて従業者の適性を見極め、
社内手続も慎重に行い、その上で初めてそのような不利益処分を下します。
そのような場合でも、いざ裁判になると「解雇はやりすぎ」となることは少なくありません。

逆に言うと、そういう社内手続がなかったり、当然用意できるはずの資料(就業規則や労働条件通知書、退職理由証明書など)がなかったりとなれば
それだけで裁判官からスジ悪と見られ、厳しい裁判の追行を強いられます。
裁判に負けた場合、企業側はその従業員の復職はもちろん、それまで未払となっている給料の支払も甘受しなければなりません。
「働いていないから払わない。」は通用しません。企業側都合で勤務させなかったのだから、企業側は給料の支払い義務を負います。

その金額は、数百万円にも上ることもあります。企業にとってはムダでしかないコストです。

経営者側は、裁判前だと「ウチにも顧問弁護士がいるんだゾ。」と強がってくることが多く、
労働者側はそのことに気を揉むことが多いのですが、実はそういうケースだと裁判所は経営者側に冷たいです。
逆に、労働者側の証拠が少ない場合でも、裁判所側で手心を加えてくれることも少なくありません。
(もちろん私の方で手を抜くわけではないですが。)
だから、こういう発言をするような経営者がいる事件を受けると、こっちの方が相手方弁護士に同情してしまいます。
顧問弁護士側からすれば、どうしてこうなるまで相談しなかったんだという気持ちなんじゃないでしょうか。

話を戻しますと、パワハラが問題になる事案では、大抵企業側が法律なんぞ知ったこっちゃねえとばかりに労働者に強烈なストレスを与えています。
結果、労働者は大抵、非常に情緒不安定になっており、強い不安と恐怖をもっています。
また、自己評価も低くなっているので、本当に自分の言い分が正しいのか、自分が悪いのではないかと逡巡されます。
このようなとき、どうエンパワーするか、ということはなかなか難しいです。

法律問題を超えたカウンセリング能力が求められます。
精神科医などによる診断と治療を強く勧めなければならないこともあります。

それでも時間をかければ、気力体力が戻ってきて、最後は自分の主張をきちんと示すことができるようになります。
もちろん、私も必要なアドバイスと見通しを説明しますが、やはり依頼者が自己決定できるというのは、
紛争を解決するに当たって非常に大事なことだと思っています。

パワハラの案件事件では企業側から一方的な主張を押しつけられて思い悩んでいる労働者が多いです。
なので、ご家族や友人の方は、もし少しでも様子がおかしかったら、声をかけていただければと思います。
できれば、医師や弁護士などの専門機関に行くよう勧めてください。

それで救われる人は多いですし、そういう草の根の活動によってブラック企業問題はより大きな社会的問題として共有されていきます。
そのことが、社会全体の活力を上げ、生産性を高めていくのだと思います。

DV被害をめぐる葛藤

早くも年末です。結局今年もあんまり更新できませんでした。

今年は昨年にもまして多くの相談をいただきました。地方の法曹需要を改めて体感しています。

本当はもっとスピーディに事件処理をしてより多くの相談を受けたいと思っておりますが、残念ながらなかなかキャパシティの問題は解決しません。

この点はもっと改善する方法を探さなければなりません。

 

話は変わりますが、私も弁護士である以上DVやモラハラの事案を取り扱うことが少なくありません。

というよりも、私が受ける離婚相談の半分くらいは程度の差はあれDVやモラハラが絡んでいます。

実はこの問題、深刻なケースがものすごく多い割に、できることが案外少なくてものすごく歯がゆく、腹立たしい思いをしています。

その問題にはいろいろなものがあります。

 

まず、被害者が自分のDVやモラハラの被害をさっぱり認識していないところから問題がスタートします。

第三者から見ればパートナーの言い分はめちゃくちゃで被害者はもっと怒っていいはずなのに、そうしない。

逆にパートナーからあれこれ言いくるめらてパートナーを許してしまうということが毎度のことのようにあります。

例えばこういうケースです。

その女性は10年くらい夫からのDVや暴言に耐えてきたけれど、とうとう我慢できなくなって家を出ることにした。

しかし夫からは「先にきちんと話合いをすべきだ。」とか、「俺がこんなに反省しているのに何が不満なのか。」と言われた。

女性は私に「家を飛び出してきた自分から離婚をしていいのでしょうか、夫から慰謝料を請求されませんか。」と相談した。

これに対して私は女性に対し、「そのお話が本当であれば離婚も慰謝料も請求できますよ。」とアドバイスする。

ところが女性は「いや、自分にも至らない点があった。」とか、「夫もたまには優しいことがある。」とパートナーをかばうことを言い出す。

私の方は「それはDV加害者やモラ男の典型的な手口ですよ。ご主人はそうやってあなたが自分から離れないようにしてるんです。」と説明する。

1時間も説得すれば、たいていの方は少し落ち着くけれども、中には頑として「自分が悪い。」と言って譲らない人もいる。

結局、その人は離婚の相談に来たのに最後には「一度夫と相談する。」と言って帰ってしまう。

こんなことが結構あります。

 

私としては、アメリカの心理カウンセラーや日本の臨床心理士の文献を紹介したり、類似のケースの取り上げるなどの工夫をしています。

特にアメリカの議論は非常に先進的で(日本が遅れてるだけですが)、これを引用紹介するだけでも相談者のDVへの理解や不安緩和に役立つことが多いです。

それでも、何割かの相談者はその場では離婚などは決めきらない、パートナーともう一度話し合うと言って帰ってしまいます。

私自身の力の限界とともに、DV事案における束縛の強さを思い知らされます。

 

次の問題としてはDVから逃げるための社会資源がさっぱり役に立たないという点です。

まずもって警察は役に立ちません。DVやモラハラ問題は密行性が高く犯罪性を現認できるケースは非常に少ない。そもそも被害認識が乏しい被害者自身がパートナーをかばってしまう。

そのような状況では警察が私生活に介入するということは現実問題として期待できません。

次に女性相談センターも役に立たない。霧島市からだと鹿児島にある女性相談センターはアクセスが悪すぎて緊急時に頼るには不便すぎます。

弁護士は相談はDV被害者への居住先を提供できないのでやはり役に立たない。

結局、被害者は逃げ場がないため、あきらめの境地で被害を甘受するという事態があります。

これは私の感覚としてもそうですが、内閣府の調査でも被害者の半数は相談せず、相談者のうち警察や相談センター、弁護士に相談するのは被害者の4パーセントしかいないそうです。

 

さらに、本当に情けないことですが、法律家という人種自体がDV問題に対して幼稚な認識しかもっていないという問題もあります。

まずもって被害者心理を分かっていない。「そんなに嫌ならどうして逃げないのか。」、「怒らせるようなことをするからそんなことになる。」、「夫(妻)側にも言い分がある。」などの言葉を平気で言います。

また、暴力を伴わないハラスメントに関しては「そんなに怖がる必要はない。」だとか、「あなたの気にしすぎが」などと言う。

素人なら単なる放言で許されるかもしれませんが、法律家にそんなことではいけない。

そんなことでは被害者は一層望みを薄くして相談に来なくなる。そうなれば加害者は一層図に乗ることにもなる。

だから法律家はまず何よりも被害者への受容と共感が必要なのです。

しかし、現実にはそれができていない。その最大の理由は、常識や法律家の直感とやらを信奉して被害者心理というものを体系的・学術的に勉強しようとしないからだと思います。

 

ハラスメントをとりまく加害者と被害者の心理は常識では計ることができません。

どうして被害者は逃げないのかと言うと、逃げられないからです。それは環境的に逃げることができないというものもありますし、加害者による被害者への心理的な束縛が見事だからというものもあります。

このあたりはアメリカの心理学者が書いた本なんかには新書や文庫レベルでも相当深い理解ができるものが多数あります。

そのため、ほんの少し、人間のパーソナリティに興味をもって本屋で新書なり文庫なりで知識を仕入れれば、DVをめぐる人間の心理や思考が常識と全然違うことなんて簡単に理解できます。

ところが現実は、法律家ほどアナクロニズムに満ちた人間観をもった職業はない。弁護士は当然だが裁判所もそうだったときは本当にがっかりします。法律は分かっても人間の心理は分からないのかと。それでよく事実認定できるものだと腹立たしくなります。

法律家という人間は温室育ちなので気が休まらない環境に何年も曝されることがもたらす負の影響というものが分からない。それは仕方ないにしても、そのことを本などを通じて勉強しようともしない。

自分は古くさい人間観しかないくせにそれを自覚せず他人には説教をするという人種が実に多い。

それではどうしてそういった知識を得ようとしないのかというと、一つには日本の心理学に全然権威がないからだと考えます。

 

心理学とは実はデータを重要視する優れて客観的な学問であり、少し入門書を読むだけでもいかに常識や直感というものが当てにならないのかを思い知らされ、本当に勉強になります。

だから本当は法律家は心理学の基礎くらいは勉強して客観的・科学的に人間の心理を捉える訓練をすることが望ましいのです。

しかし、万人が心理学やそれに類似する勉強をするわけではありません。特に日本という国は客観的なデータを軽んずる傾向が強い。

だからどうしてもプラグマティズムを大事にするアメリカに比べて心理学が浸透せず、直感に頼る古くさい人間観から脱却できないのです。

その結果、不利益を被るのは誰か。罪悪感を増幅させられ被害申告を躊躇する被害者です。

利益を受けるのは誰か。いつまでも増長し反省をしない加害者です。

そう考えたとき、私は自分の力の限界を悔しく思うとともに、自分の能力を過信して古典的な人間観しかもたない司法関係者が許せなくなります。

 

こんな記事を書いたのは、ここ最近DV問題に関しては進め方に行き詰まったり、腹立たしいことがあったりしたからでした。

司法関係者はいかに自分たちがおめでたい頭をしているのかを折に触れ恥じ入り、反省する必要があります。

 

そういう私自身も自己批判と研鑽を積みながら、人間の心理・思考の本質を理解できるよう努力していきたいと考えています。

生存権訴訟2回目期日のご報告

大変ご無沙汰しております。溝延です。

しばらく全くページを更新できなくなってしまい申し訳ありませんでした。

また,トップページにも書かせていただいたとおり,おかげさまをもちまして,現在多数のご依頼をいただいており,多忙を極めている状態となっております。

私としては,少しでも多くの方々の力になりたいと考えておりますが,現状ではこれ以上の新規受け入れは困難な状態となっております。

そのため,皆様におかれてはご不便をお掛けしますが,今しばらく時間をいただければと存じます。

 

さて,話は変わりますが,私は鹿児島県における生活保護基準引き下げに関する憲法違反訴訟の原告弁護団の一員を務めております。この訴訟が私が参加する唯一の弁護団事件です。

本日,その裁判における2回目の期日が開かれ,私も出席いたしました。

今回は市・国側から準備書面が提出され,国側の事情が一通り主張されました。

その文書のページ数たるや,実に80ページ超!!

正直,読むだけでも相当しんどくなりましたが,さすが司法官僚が作った文章だけあってなかなか隙を見せないシタタカな内容であるとの印象を受けました。

 

今回の裁判は,普通に収入を得て自活できている人には縁がない裁判です。また,一部報道があるように,生活保護利用者の方々が時として社会問題を引き起こしてしまうことは確かなことです。そのため,真面目に生活されている大多数の方々が生活保護制度に理不尽さを覚えることには,正直言って相当に理解できる部分があります。

しかし,生活保護を利用する方々というのは,大半が例えば病気であったり,怪我であったり,障害であったりなど,本人の意志によらないハンディキャップを抱えています。「人に歴史あり。」と言いますが,保護利用者に降りかかる人生の苦難は言葉にし難く,これが私だったら世の中を恨んでテロでも起こしてるレベルです。

そう考えると,慎ましく平穏に生活している保護利用者の方々には頭が下がる思いです。今回の訴訟で原告に参加されている方々は,皆,生活保護制度に深い感謝をされております。

 

日本国憲法は,そのような罪なき人々を漏らすことなく,文明国家日本の国民として自身と誇りをもてるだけの生活を,基本的人権として保障しました(もちろん,これは飽くまで理想であり,現実の社会ではフツウの感性なら色々な意味で眉をひそめる事案が多いです。)。生活保護とは,世界に誇る先進文明国家日本国の国民なら誰でも,最低限このくらいの文化的生活を送ってしかるべきだろうという全国民の理解のもと成り立っている制度です。

かつて奈良時代,聖武天皇の妻である光明皇后は悲田院・施薬院を設立し,貧民の救済に尽力したという話があります。現代日本では,国民全員の協力の下,そのような制度を常設し,かつ,維持しているわけであって,そう考えればこれは文明の一つの到達点であり,実に世界に誇るべき現象であると思います。

しかし,昨今は国の財政事情を理由に国民の社会的コストが増加し,それにもかかわらず公共サービスは向上しないということなどから,生活保護利用者に対する風当たりが強くなっております。

今回の裁判は,まさにそのような流れから生じた生活扶助費の大幅カットに対し,利用者の声なき声が呼び起こしたものでした。そのカットの割合たるや,実に平均で6.5パーセント!最大で10パーセント!!しかもこの保護費は現在進行形で削られているというのですから,利用者にとっては生きた心地がしません。

世間では消費税が8パーセントだの10パーセントだのにするだけで国民的議論になりますが,保護利用者は最後の命銭を,訳も分からない理由で削られ,それに対して文句が言えないというのです。

このことに対する理不尽な思いから,この裁判では全国で900人超もの利用者が原告として参加しております。

 

これに対する市・国側の反論としては,一言で言えば生活保護基準をどう決めようが最終的には厚生労働大臣だけが決められることなので,生活保護利用者にも裁判所にも不服をいう資格はないというものです。丁寧な言葉遣いで難解に書いてありますが,要はそれだけのことです。

実に,生活保護とは国家が社会的不適合者に与える恩恵的制度であるという視線が透けて見える主張です。実際,今回の減額処分は,一部は「有識者」,「専門家」,「第三者」の意見を取り入れつつ,残りの大半はその意見を聞きもしないで行われたものでした。今回の裁判では,この「第三者」の意見を「つまみぐい」,「良いとこどり」している点が最も強く追及されています。

これに対して,市・国側は,保護基準は厚生労働大臣が決めることなのだから,「有識者」,「専門家」,「第三者」に諮問するもしないのも大臣が決めて問題がないと言います。

しかし,かつて自分たちだkでは専門的で複雑すぎて保護基準が決められないと言って「第三者委員会」を作ったのは,紛れもなく旧厚生省であり厚生大臣だったわけです。

自分で判断できないからと言って「第三者委員会」を作ってそこに責任を押しつけておきながら,いざそこに諮問をしなかったことを追及されるやそこには法的拘束力がないというのは,マッチポンプとしか言いようがありません。

おそらく,今回の判断について厚生労働省・大臣は,「どうせ裁判所に憲法違反の判断なんかできやしないだろう。」という意識が透けて見えます。

事実,社会権をめぐる議論というのは何故か普段は憲法9条だとか戦争反対だとかやかましい護憲派も含めて議論したがりません。劣等市民の勝てない裁判のために議論するのは興味がそそらないのでしょうか。憲法上も行政法上も論点の宝庫であるのに,歯がゆい限りです。

繰り返しますが,生活保護・生存権は,日本国が自らを文明国・先進国と誇るために不可欠な制度です。全ての日本国民が自信と向上心をもてるよう国民同士で保障し合う制度です。貧民は一生うだつが上がらなくてよろしいというのは,いつの時代でもどこの国でも美徳とされません。

そのような観点から,日本国にあるべき生存権保障・生活保護基準の策定手続のあり方とは何か,という点を示し,何とか裁判所を説得して国民の権利救済に邁進したいと思います。

交通事故被害者は3度泣く(2)

引き続き交通事故についてです。

被害者にとって,治療費打ち切りの話は本当に突然に来ます。

本来,被害者からすれば相手がろくな運転をしないせいでケガを負わされたわけです。ですから,当人にとっては自分のケガが完治するまで加害者や加害者が加入している保険会社に治療費の面倒をみてもらいたいと考えます。当然のことだと思います。

しかし,事故の内容によっては,何ヶ月も病院に行っているけれどもこれ以上はどうもケガが良くなりそうにないと判断されてしまうことがあります。これがいわゆる「症状固定」といわれるものです。

一般的に,この「症状固定」までの期間は交通事故でのケガの大きさに比例して長くなります(例えば,同じ骨折といっても骨折のケースと複雑骨折のケースとでは回復までにかかる時間にも差が生じますし,後遺症が残る可能性にも違いがあります。また,その後遺症についても,どのくらい大きなものが残ってしまうかについては時間をかけて判断する必要があります。)。

そして,「症状固定」までの期間が長くなれば長くなるほど,被害者は受けたくもない治療を余儀なくされたり,仕事を休まされたりすることになります。

このことから,「症状固定」までの期間が長くなるにしたがって慰謝料や休業損害といった賠償額が大きくなるという関係があります(単純に両者が比例するわけではありません)。

繰り返しますが,ほとんどの被害者の方々は理不尽な交通事故のせいで長期間の治療を余儀なくされているわけですから,その期間や残った後遺症に見合った賠償を受けられる必要があります。

しかし,本当にごく一部ですが,治療期間が長くなるほど賠償額が大きくなると考え,不必要な治療を受け続けるケースがあることは否定できません。

そして保険会社は,このような「モラル・ハザード」のケースをことのほか警戒し,できる限り早く治療を切り上げさせ,「症状固定」の時期を早めようと圧力をかけます。

また,保険会社にとっては,「症状固定」の時期が早まれば,その分支払わなければならない賠償金・保険金が安く上がるということになり,保険会社のトクということにもなります。

ここで,できるだけきちんと治療を続けたい被害者側と,さっさと治療を打ち切って賠償金・保険金を節約したいと考える保険会社の利害が対立することになります。そのとばっちりとして,本当に真面目に治療を受けていた被害者がある日いきなり保険会社から治療費の打ち切りを宣告されるという苦杯を飲まされることになるということは,前回書いたとおりです。

次回は,被害者が流す3度目の涙として,「症状固定」までの期間の違いが慰謝料や休業損害にどのような影響を与えるか,また,いかに多くの被害者が理不尽な内容の示談案を押しつけられているかについて,専業主婦の方のケースを参考にしつつお話ししたいと思います。

交通事故被害者は3度泣く(1)

今回からは複数回に分けて交通事故に関して当事務所によく寄せられる不安や相談の内容についてお話しします。タイトルにあるとおり,交通事故の被害者は3度―事故にあったとき,治療をしているとき,損害賠償額を決めるとき―泣かされるというお話です。

最初の1回目についてはイメージしやすいことだと思いますが,交通事故の被害にあうと,それまで何でもなかった日常とうってかわって,怪我で身体は痛い,仕事ができなくて収入が入らない,これからどうなるんだろうと考えるなどして肉体的にも身体的にも大きなストレスを抱えることになります。

そのような中,被害者としてはまずは治療に専念して少しでも体調を良くすることを優先することになります。この場合,交通事故の相手方が任意保険に加入していて「一括払い」というサービスを利用することができる場合,被害者は窓口で医療費を支払うことなく治療を受けることができます。

この「一括払い」とは,任意保険会社が,被害者に対し,自賠責保険会社が負担すべき分も含めて被害者に交通事故で生じた損害の賠償金を支払い,その後,任意保険会社から自賠責保険会社に立替分の清算を求めるという前提で成り立っているサービスです。

そのため,被害者側は医療費の支払は相手方の保険会社に任せて自分は安心して治療に専念してゆっくり体調を回復させていけば良いということになるわけです・・・で終われば誰にとっても良い制度なのですが,実はこの段階で相手方の保険会社との間でトラブル―治療費の打ち切り問題―が起き,それで被害者側が泣かされるということがかなり多いのです。

このトラブルは次のことが原因となって起こります。つまり,傷害の場合における自賠責保険の保険金上限額は120万円であるところ,この金額を超えて被害者に損害が生じた場合,その部分は任意保険会社が負担しなければならなくなります。そのため,任意保険会社は自賠責会社から回収できる部分については割とすんなり治療費の支払を認めるものの,治療期間が長引いて自社からの手出しが見込まれるようになると途端に治療費の負担を渋るようになるのです。

被害者側からすれば,自分の治療がどのくらい続くのか,自分の体調は本当に良くなるのだろうかと不安が尽きない中でいきなり治療費の打ち切りを通知されるわけですから,大きく動揺してしまいます。そこで,治療費の打ち切りをめぐってはトラブルが生じやすいのです。

この点について,被害者の治療にどれくらいの時間がかかるかということは,医師が症状や治療経過を見極めてからでなければ判断することはできません。そのため,被害者としては医師から必要だと判断された治療は継続しても良いし,体調回復のためにはむしろ治療を継続すべきなのです。

それにもかかわらず保険会社から被害者に対して治療やめろオーラの圧力がかかるのは,自社の負担すべき損害賠償額を「適正」な範囲に抑えたいという任意保険会社側の意図があるからです。被害者が治療を継続することで,治療費以外の面でも保険会社の負担が増えるので,それを避けたいという心理があるからなのです。

確かに,必要もない治療のために漫然と治療費を負担し続けるということは,モラル・ハザードを招くものであって許されることではありません。

しかし,他方で正直な被害者が必要な治療も本来なら得られるはずの損害の賠償も受けられないというのであればそちらの方が余程大きな問題であると思います。そして,実際にそのような正直者の被害者の数は少なくないのです。

次回以降では,この治療費支払の打ち切り問題について,被害者の苦しみと本当に適正な損害賠償とは何かについて書いていきたいと思います。