はじめに
今回はA学園事件(徳島地判令和3年10月25日・労経速2472号3頁)を取り上げます。
本件は、被告学校法人(大学)の図書室・視聴覚室の受付事務などの業務に従事していた有期雇用の原告が、平成30年3月31日をもって雇止めをされたことから、雇止めが労働契約法19条に違反して無効と主張した事案です。
これに対し、裁判所は原告の請求を認めました。
事案の概要
本事件の事実経過は以下のとおりです。
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平成18年3月1日、原告は被告法人との間で期間1年間の有期雇用契約を締結。
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以降、11回にわたり契約が更新される(1回ごとの契約期間は1年間)。
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平成25年3月、被告法人の常任理事会にて平成25年4月以降における有期雇用職員の更新期間の上限年数を5年とする決議を行う。
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平成25年4月1日、労働契約法18条が施行される(以降、通算5年を超えて勤務した場合に無期転換権を行使できるように)。
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平成29年4月、次年度の更新につき「無」との雇入通知書が原告に交付される。
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平成30年4月11日、原告から被告法人に契約更新の申し入れをしたが被告法人が拒絶。
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平成30年10月2日、第1回口頭弁論期日。原告は無期転換権行使の意思を表示。
判決の要約
原告の契約更新に対する合理的期待について
まず、裁判所は労働契約法19条2号に基づく契約更新を認めるための合理的期待の有無について、次の要素を総合考慮して判断するとしました。
①当該雇用の臨時性・常用性
②更新の回数
③雇用の通算期間
④契約期間管理の状況
⑤雇用契の更新に対する期待をもたせる使用者の言動の有無
本件での合理的期待の有無について
次に、裁判所は本件で重要視した事実として以下のものを挙げ、本件では契約更新の合理的期待があるとしました。
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平成18年4月から平成25年3月までという契約更新期間は相当多数回かつ長期間(①、③)
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平成18年度から平成24年度までの間、契約の更新は5分から10分程度の簡単な手続で更新されていた(③、⑤)
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図書室業務は常用の業務である(①)
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原告の雇止めに至るまで、他の職員が雇止めされたことはない(①、④、⑤)
更新上限規定の有効性について
裁判所は次のような理由で被告法人が設けた更新上限規定の効力を否定しました。
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被告法人の更新上限規定は原告にとって不利益な労働条件の変更となる。
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しかし、原告が自由な意思に基づいて更新期間の上限を承諾したという事実はない。
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以上から、本件では契約満了(平成30年3月31日)の時点でも原告に契約更新に対する合理的期待がある。
雇止めを行う合理的理由・社会相当性について
この点については、被告法人が原告の後任者を公募し、現に後任者を雇い入れていることを理由として不合理・不相当だとしました。
結果、原告に対する雇止めは無効とされました。
判決へのコメント
本件において被告法人は平成25年4月に有期雇用の契約期間を上限5年とする規定を定めました。
これは、当時施行された、5年を超える有期雇用労働者の無期転換権(労働契約法18条)の発動を防ごうとする意図によるものと推察されます。
すなわち、予め雇用期間の上限を5年までとしておけば、無期転換権の行使はできないという考えです。
しかしながら、少なくとも長期間継続して雇用されていた労働者については、本件のような更新上限規定が設けられた場合でも労働契約法19条2号により契約更新を認める傾向があります(一例として山口県立病院機構事件・山口地判令和2年2月19日労働判例1225号91頁)。
そのロジックとは次のとおりです。
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まず、対象労働者の勤務年数等を基礎に更新上限規定が設けられた時点で継続雇用に対する「合理的な期待」を有していたかどうかを検討する。
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そのような期待がある場合、労働者は労働契約方19条2号による契約更新の権利を取得する。そうすると、更新上限規定の創設は労働者に生じた既得権を奪うものとなることから、労働者にとっては労働条件の不利益変更となる。
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ここで、労働条件の不利益変更については労働者の真意に基づく同意が必要というのが近時の判例の傾向。
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そうすると、更新上限規定が有効となる場合にも労働者の真意に基づく同意が必要。しかし、労働者が更新上限という不利益を受け入れるということはほぼ考えられない。
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したがって、労働者は更新上限規定にかかわらず有期雇用を更新できる。
本件の裁判例は、上記のロジックを順序よく示しているため、同種の事案で労使双方にとって参照しやすいものとなっております。
最後に
以上のとおり、本件では更新上限規定の存在にもかかわらず、有期雇用契約の更新を認めました。
その結果、原告は労働契約法18条により無期雇用労働者としての地位も得ています。
この結果について、使用者側は理不尽という感想を抱くかもしれません。
しかしながら、一方で雇止めの選択肢がありながら長期にわたって雇用を継続しつつ、他方で法改正がなされるや更新上限規定で雇用を拒絶できるとするのは使用者側にとって都合が良すぎると思われます。
また、労働者においても既に同一の職場で勤務できるという期待が生じているなか、雇用安定を目的とする法改正によりその期待が奪われるのは背理です。
そのため、本件のような裁判所の判断は妥当だと考えております。
この裁判例を教訓に、長期雇用を行う場合と一時的雇用をする場合をきちんと意識した人事計画を構築することが望まれるところです。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。