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「パワハラ」と「業務指導」の境界

企業にはいろいろな人が集まります。
それは同時に、一定の割合で「問題社員」が混ざることも避けられないということも意味します。
この場合、企業側は適切に「業務指導」を行なう必要がありますが、行き過ぎると「パワハラ」になってしまいます。
この両者の境界をどう考えるか。
今回は、そのような問題を考える近時の題材として東武バス日光ほか事件(東京高判令和3年6月16日・労働判例1260号5頁以下)を取り上げます。

本件は一審被告の労働者である一審原告が、一審被告から受けた退職強要や人格否定の発言により精神的苦痛を受けたとして一審被告会社に対して慰謝料及び弁護士費用として合計220万円を請求した事案です。
これに対し、高裁は慰謝料20万円+弁護士費用2万円の限度で原告の請求を認めました(以下では「原告」と「被告会社」という表記をします。)。

本件の事実経過は以下のとおりです。

  1. 平成28年9月、原告が被告会社に入社。以降バス運転手として勤務。

  2. 平成30年8月31日、原告、バス運転中に乗客の男子高校生に「おまえ、次、ぜっていやんなよ。頭出したろ。ふざけてて。次、殺すぞマジで。」との発言を行なった。

  3. 令和元年7月16日、原告、バス運転中に、乗客の女子高生が降車に際して料金箱に回数券を投入した際、「君、回数券さ、折りたたんでいけないって知らない。知らなかった。じゃあ気を付けようか。じゃあ、担任の先生の名前と学年主任の名前とクラスと番号、教えて。」との発言をした。

  4. 同日夜、当該女子高生の保護者から被告会社宛に不正乗車扱いされたことについて苦情。

  5. 令和元年7月22日から24日までにかけて被告会社と原告との間で上記各発言について話合い。その際、被告会社側が原告に対して退職勧奨をしたところ、原告が拒否的態度を示したため「男ならけじめをつけろ」「他の会社に行け」「退職願を書け」などの発言を行なう。

  6. また、この話合いの過程で、被告会社は原告に対して「チンピラ」「雑魚」「クソ生意気なことこきやがって」「もう客商売よしたほうがいいよ」「もう会社ではいらないんです。必要としてないんです」などの発言を行なった。

判決の要約

高裁判決は、被告会社側がとった行動のうち、退職強要に係る上記5の行為についてだけ違法性を認めました。 その理由は次のとおりです。

違法な退職強要か否かの判断基準

この点につき、裁判所ははそもそも退職をするかしないかは労働者の自由であることを理由に

「その内容及び態様が労働者に対し明確かつ執拗に辞職を求めるものであるなど、これに応じるか否かに関する労働者の自由な意思決定を促す行為として許される限度を逸脱し、その自由な意思決定を困難にする場合」に違法となる
との基準を示しました。

本件における違法な退職強要の有無

その上で、裁判所は、被告会社による退職勧奨について、「繰り返し辞職を迫り、考慮の機会を与えないままその場で退職願の作成等の手続をさせようとした」点で上記の基準から違法というほかないとしました。

違法なパワハラか否かの判断基準

この点について、裁判所は

① 労働者の職責
② 上司と労働者との関係
③ 労働者の指導の必要性
④ 指導の行なわれた際の具体的状況
⑤ 当該指導における発言の内容・態様、頻度等

の要素に照らし、社会通念上許容される業務上の指導の範囲を超え、労働者に過重な心理的負担を与えたといえる場合には違法となる
との基準を示しました。

本件における違法なパワハラの有無

その上で、裁判所は、本件では上記6の発言について

  • 原告に対する指導の必要性が極めて高かったこと

  • 被告会社側会社の上記6のうち「チンピラ」「雑魚」の発言は、原告が男子高校生に「殺すぞ」と発言したり見下したりするのはチンピラであり、被告会社にチンピラないしそれと同視できる雑魚とは不要であるという趣旨で発言したのであって、業務上の指導と無関係に原告の人格を否定するものとはいえないこと

を理由に違法性を否定しました。

判決へのコメント

判決への感想

退職勧奨、パワハラの違法性の判断基準・考慮要素については概ね賛同できます。
しかしながら、パワハラ発言の違法性を否定したのは甘いのではないかと感じました。

今回の判決では、「⑤当該指導における発言の内容・態様、頻度等」の要素が最後に挙げられています。
しかし、本来であればこれが一番に重要な考慮要素であって、発言内容自体が明らかに人格否定を伴うものでであれば、それだけで違法性は認めて良いように思われます。

また、高裁判決は、上記発言6の違法性を認めなかった理由について、その発言が業務上の指導とは無関係に原告の人格を否定するものではなかったという点を挙げています。
これに対しては、うがった見方をすれば、裁判所は「業務上の指導と関係があれば労働者の人格を否定してもよい」としているように読めてしまいます。

しかしながら、人格否定発言が業務上の指導として必要な場面は存在し得ないのではないでしょうか。

この点、一審判決は上記6の発言に違法性を認めていました。結論としてはそちらの方が妥当だったように思われます。
少なくとも、今回の高裁判決の当てはめ方は一つの参考事例程度に考えておいた方が無難であると考えます。

ただし、人格否定とまではいかない発言で、「業務指導」か「パワハラ」のどちらに当たるかが微妙なケースでは今回の判決の基準は妥当だと感じました。

会社はどう対応すれば良かったか

とはいえ、被告会社からすれば一部でも違法性と損害賠償が認められてしまったわけで、納得がいかないのは当然です。
それでは、被告会社は今回のケースでどう対応すればよかったのか。
私なりに考えるところを述べてみます。

懲戒処分を検討すべきだったのでは

本件での原告の発言が極めて物騒であって乗客に恐怖心を与えるものであること、被告会社にとっても信用問題になる重大事案であったことは間違いありません。
そうだとすると、被告会社からすれば処分の軽重はともかく、原告から反省の姿勢が見られない時点で社内手続に沿って粛々と懲戒処分をすべき事案だったと考えます。
きちんとした手順を踏めば、少なくとも戒告程度であれば十分に有効に下せたはずです。

きちんと手順を踏んだ懲戒処分を行なうことは、被告会社にとってもメリットがあります。なぜなら、重大な手続を行なうということで原告への対応が慎重になり今回の「言い過ぎ」を防ぐこともできたからです。

また、原告にとっても、事態の大きさを自覚させ行動の改善につながることが期待できたかもしれません。
もちろん、その程度では改善につながらない場合も想定されます。しかしながら、その場合は指導と懲戒を重ねるという対応にならざるを得ません。

少なくとも、今回のように頭ごなしに退職強要や侮辱的発言を行なったところで原告の行動改善につながることは期待できないことは間違いありません。
そうだとすると、「信賞必罰」の精神で淡々と懲戒と指導を行なうという対応の方がはるかに適切で効果的であるように思われます。

解雇に踏み切らなかったのは適切だった

ところで、本件の判決を読んだ限り、原告はこの判決時も被告会社に在籍しているようです。
この点、労働者が退職勧奨に応じない時点で直ちに解雇に踏み切ってしまう企業が多く見られます。
しかし、そのような解雇は労働者による指導を尽くしていないものとして解雇権濫用とされてしまうリスクが極めて大きいです。

今回の原告にしても、行動改善の機会なく解雇すれば、まず解雇は無効とされたでしょう。
そのため、原告を解雇しなかった部分では被告会社の対応は適切で参考になります。

最後に

今回のように「問題社員」への対応に苦慮し、結果、「言い過ぎてしまう」というケースはしばしば見受けられます。
しかし、「売り言葉に買い言葉」的な対応をとると、本件のように違法なパワハラとして法的責任を追及されることもあります。

もちろん、企業としては腹立たしいことも多いと思います。

しかしながら、そういうときこそ、企業は、企業秩序維持と労働者の能力開発という上位の概念に立ち返り、非違行為については粛々と懲戒処分を行ないつつ、その後は日々の業務指導で改善を促すという作業を積み重ねていく姿勢が大切となります。
今回のケースは、企業も組織全体としてアンガーマネジメントに取り組んでいく必要があることを学ばせてくれる判決だったと感じました。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

パワハラ対策が浸透しないメカニズム

令和4年4月1日に改正労働施策総合推進法が施行され、全ての事業者でパワハラの予防策を講ずることが義務化されました。
しかしながら、実際にはパワハラ対策を実施したという企業はそれほど多くないと思われます。
今回は、パワハラ対策がどうして浸透しないのかを労働弁護士としての職務経験から説明してみたいと思います。

 

理由①:「パワハラ」の定義が分からない

第一の理由として、法律に定めるパワハラの定義が曖昧で何を言っているのか分からないという問題があります。
すなわち、労働施策総合推進法30条の2第1項によりますと、パワハラとは

① 職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であり、
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもので、
③ その雇用する労働者の就業環境が害される

という要件を全て満たす行為であるとされます。

しかし、この定義を読んで具体的にどのような場合がパワハラに該当するのかを理解できる人はまずいないでしょう。

この点、厚生労働省は告示でパワハラの類型をを①身体的攻撃、②精神的攻撃、③人間関係からの切り離し、④過大要求、⑤過小要求、⑥個の侵害という6パターンに分類しています(令和2年厚生労働大臣告示第5号)。

しかしながら、それでも「精神的攻撃」とは何なのか、どこまでいけば「人間関係からの切り離し」で「過大」あるいは「過小」な要求なのかについてはその人の価値観によって大きな違いがあります。

そして、このようなパワハラの定義のしにくさが企業におけるパワハラ対策を後回しにする一因になっているように思われます。
パワハラの意味するところが分からないので対策しようがないというわけです。

 

理由②:違法とされるパワハラは「氷山の一角」

このようなパワハラの定義の曖昧さと相まって、実際問題として裁判で問題になるパワハラは「氷山の一角」で悪質性の高いものに限られます。

暴力がある場合は論外ですが、結果を出せない営業職員に対して怒声を交えて叱咤する程度だと「指導」の範疇とされてしまう傾向があります。

そのため、パワハラ被害で相談を受けても訴訟を提起することは簡単ではありません。
敗訴リスクや認容される場合でも慰謝料が数十万円程度になるかもしれない・・・
そういう見通しを示されてなお、断固として使用者と争うと決断できる方がどれほどいるか。
労働者側からすると、それ自体が忸怩たる思いです。

しかも、訴訟の場でパワハラの違法性を追及しづらいという特徴から、企業側がパワハラのリスクを過小評価して対策を後回しにしているように映ります。

 

理由③:パワハラの加害者は「エース社員」が多い

パワハラの加害者と被害者という場合、「無能な上司が優秀な部下をいじめる」というステレオタイプをもつ人も多いかもしれません。
しかし、労働事件を扱っていると、実際に遭遇するのはその逆で、加害者はその企業で優秀と評価される「エース社員」が多いです。
自分が優秀で何でもできるだけに、それを基準にして他者に高い水準を求めてしまうのです。

他方で、失礼な言い方になりますが、被害者は「従順な問題児」―真面目で素直に上司の言うことは聞くけれども、仕事の能力は求められる水準になかなか達しない―そのような人がパワハラのターゲットになる傾向があります。

すなわち、優秀な職員が、指示は聞いているはずなのに一向に改善しない部下にイライラを募らせパワハラに走る・・・そういう構図でパワハラが発生しているのです(被害者側の名誉のため補足しますと、転勤・転職で能力を発揮する方は多いです。)。

このような状況で被害者からパワハラの申告があったとき、企業がどう対応するか。
それは「被害者非難」です。
悪いのは全部改善をしない被害者側であり、加害者側は適切に指導していた。
したがって、企業としては何も対応しないし、何となれば被害申告のせいで業務を妨害された。むしろ企業の方こそ被害者である。
そういう心理で事案に対処してしまうのです。

その結果、被害者の側が逆に配転・降格されたりひどいときには退職勧奨をされてしまうこともあります。
もちろん、このような配転・降格・退職勧奨は違法なので弁護士による介入が可能です。
そして、そのことがきっかけで企業側が自社の対応の問題点に気付きパワハラが改善する・・・ということも実は少なからず見られる現象です。

 

「余裕」こそが最大のパワハラ対策

以上、パワハラが発生する背景を私の職務経験から述べてみました。
しかし、さらに考えてみるとパワハラが問題になる職場にはひとつの共通点があります。
それはどの企業も何かにつけて「余裕がない」という点です。

ある企業は経営悪化がなくカネの余裕がない。またある企業は残業だらけで時間の余裕がない。
自分に余裕がないから、他者に対してはもっと余裕をもてない。
だから他人を傷付けても平然としていられるのです。

実際のところ、パワハラでは追及が難しくても残業代では勝てるというケースはしばしば見られる現象です。

そのため、月並みではありますが、充実した財務と徹底した残業時間の削減こそが最大のパワハラ対策ではないかと個人的には考えています。

「働き方改革」で残業文化が悪とする風潮が強まれば、あるいは今よりパワハラ被害も改善するかもしれません。

 

最後にーパワハラの放置は大きなリスクー

先ほど、パワハラ被害は「氷山の一角」と述べました。
しかし、一度パワハラ問題が顕在化すると企業は甚大なダメージを受けてしまいます。
万が一、被害者がうつ病などの精神疾患を患い就労不能にでもなれば労働災害として数千万円単位の損害賠償債務を負うこともあります。
また、「ブラック企業」のレッテルが貼られることで生じるレピュテーションリスクも取り返しがつかないものがあります。
得意先からの取引は打ち切られ、日々の業務はクレーム対応に終始する・・・
場合によっては企業の存亡にかかわる問題となってしまうかもしれません。

そうならないためにも、経営者はどうすればより職員が働きやすい職場を作れるか。
どうすればムダな業務、ムダな残業を削減できるか。
そういうことを日々地道に考えていく必要があります。

今回の記事が、パワハラの被害防止に少しでも役に立てば幸いです。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

テレワーク希望、企業はどう対応すべきか

はじめに

新型コロナウィルスの猛威が続いています。
このコロナ禍でテレワークという言葉がすっかり一般化しました。
実際に中小企業でもテレワークを導入したという企業も少なくありません。
もっとも、テレワークは職員同士のコミュニケーションが不十分になったり、プライベートとの境界が曖昧になったりするという問題もあります。
そのため、企業によってはテレワークをあまり採用したくないという所もあるでしょう。
しかしながら、もし、労働者側から「新型コロナの感染が怖いのでテレワークを導入してほしい」という要望があったら企業はどう対応するべきでしょうか。
今回は、そのような場合に企業に求められる配慮について示したロバート・ウォルターズ・ジャパン事件(東京地判令和3年9月28日)を取り上げます。

 

事案の概要

本事例は、情報システム開発業務を担当する派遣労働者である原告が、派遣先企業に対して新型コロナウィルス感染対策として時差出勤やテレワークを求めたものの、派遣先より拒否され、さらに労働者派遣契約が終了したことから派遣元企業である被告会社に雇止めをされたという事案です。
原告は、被告会社が派遣先にテレワークの実施を求めるべき義務を履行していないことが安全配慮義務違反に当たるとして雇止めの無効を主張しました。
これに対し、裁判所は原告の請求を棄却しました。

 

事実経過

本件の事実経過は次のとおりです。

  1. 令和2年2月25日、原告と被告会社との間で雇用期間約1か月(=令和3年3月31日まで)とする有期雇用契約を締結。

  2. 派遣先企業に原告が派遣される(業務開始日は令和3年3月2日)。担当業務は情報システム開発で、就業時間は午前9時から午後5時30分まで。

  3. 令和2年2月下旬、原告、新型コロナウィルスへの感染が不安であることを理由に時差出勤と在宅勤務を認めるよう被告会社を通じて派遣先に申し入れ。

  4. 派遣先からは、「オン・ボーディング」(新たなメンバーに職場に慣れてもらうためのサポート等)をする必要があり、業務用のノートPCを渡したり、チームメンバーに会ってもらったりする必要があることからオフィスに出勤する必要があるとの回答。

  5. 同日、派遣先より、3月2日については午前10時の時差出勤を認めるとの回答。

  6. 令和3年3月2日、原告は午前10時に派遣先に出勤。同日、派遣先との間で以降の出勤時刻を午前10時とすることが確認される。

  7. 令和3年3月10日より、原告が(独断で)在宅勤務を開始。その際、原告は始業時刻を午前7時、終業時刻を午後3時30分とする時差勤務も(独断で)行う。

  8. 令和3年3月16日、派遣先より原告の在宅勤務を打ち切り、午前9時より出勤するよう要求。

  9. 令和3年3月19日、派遣先は被告会社との労働者供給契約を更新しない旨を通告。これを受け、被告会社は同日、原告に雇止めの通知を行う。

判決理由の要約

裁判所は次のような理由で原告の請求を棄却しました。

安全配慮義務違反について

  1. 新型コロナウィルス感染に不安を覚える者が少なからずいることはうかがわれる。

  2. しかし、当時は新型コロナウィルスへの知見も十分ではなく、通勤による感染の可能性やその危険性の程度は不明であった。

  3. そのため、被告会社が派遣先に在宅勤務を求めなかった行為は安全配慮義務違反とならない。

  4. また、被告会社は、派遣先に対して時差出勤や在宅勤務の要望を伝えており、その結果、出勤時刻の繰り下げは速やかに実現していた。

  5. そのため、原告が主張するような安全配慮義務が存在するとしても、被告会社に義務違反はない。

雇止めの有効性について

この点については雇用期間は約1か月であり1回も更新されていなかったこと、更新を予定した条項も定められていなかったことなどから、契約継続に対する合理的な期待はないとされ、雇止めは有効と判断されました。

 

判決へのコメント

コロナ禍における使用者側の安全配慮義務について

使用者には営業の自由があります。
そのため、使用者は労働者との契約または人事権に基づき労働者の出退勤の時刻や就業場所を指定することが可能です。
しかしながら、労働者は使用者の指揮命令に基づいて労務を提供する関係上、勤務先に潜むリスクを自分では回避することができません。
このことから、使用者は労働者の生命・身体の安全・健康を確保する安全配慮義務を負うこととされています(労働契約法5条)。
本件は、この使用者の営業の自由と労働者への安全配慮義務との間でジレンマが生じており、両者をどう調整するべきかが問題となります。

この点、本件の裁判例は、原告が主張する「派遣先に対して時差出勤を申し入れる義務」について、新型コロナウィルスの感染リスクや危険性が不明であったことを理由として否定しました。
しかしながら、新型コロナウィルスに相応の感染力があり、いったん感染が発生した場合には重症化リスクもあることは令和3年3月の時点で浸透しつつあったのではないかと思われます。
そのため、使用者側としては、低い確率ながらも職場内での新型コロナウィルス感染の可能性は認識できたのであって、そうであれば使用者には感染予防の対策を講じるべき義務が安全配慮義務違反の一内容としてあったというのが私個人としての意見です。
その意味で、感染可能性や重症化リスクの不明確を安全配慮義務の否定要素として扱った裁判所の判断には疑問があります。

 

本件事例における安全配慮義務違反の有無について

しかしながら、使用者側に安全配慮義務があるといっても、その内容は使用者の事業規模や業種、所属する労働者の人数、本来の就労場所によって千差万別です。
本件の場合、原告の就労方法を決めるのは飽くまで派遣先でした。そのため、被告会社に原告の就労環境について影響を与えるような活動を求めるのは少し酷に思われます。
また、派遣先が述べたような「オン・ボーディング」の必要性もそれなりに説得力があります。
さらに、時差出勤・在宅勤務を実現するとすれば、所属する全労働者の勤怠管理を一から見直す必要もあります。
これらの事情を総合すると、本事例においては、原告が主張するような被告会社に対し在宅勤務の実現を交渉させる義務を認めるのは難しかったと考えます。

しかも、被告会社は原告の時差出勤・在宅勤務の希望を派遣先に伝えており、実際に派遣先もいったんは時差出勤を認めていました。そのため、被告会社は当時可能な範囲で原告の健康・安全に配慮したと評価してよいように思われます。
以上から、本事例に限って見れば、被告会社は実現可能な範囲で原告に対する感染防止のための安全配慮義務を履行したものと評価してよいと考えます。

 

最後に

本事例は結論として使用者側が勝訴した事案ですが、安全配慮義務違反を問われたのが派遣元企業であったこと、また、派遣元が派遣先に原告の要望を伝えていたこと、原告は就労開始直後であり職場や同僚と馴染む必要があったことなどが結論に影響したと考えられます。
そのため、直接雇用で人員配置に融通が利く企業の場合には本件とは別内容の安全配慮義務が求められる可能性があるように思われます。
その場合、使用者側としては、営業を維持しながらどのように新型コロナウィルスのリスクを緩和するのかについて難しい舵取りが求められます。
仮に、使用者側が人事権を強調してリモートワークの要望を一蹴するような態度をとった場合、本判決にかかわらず安全配慮義務違反等の法的責任を問われる余地はあると考えます。
本件から得られる教訓とは、そのような難しい場面だからこそ、就労環境に対する労働者の意向を真摯に聴取した上、可能な範囲で対応をとり、それを丁寧に説明するという態度でしょう。
感染症なので「絶対の安全」はあり得ないのですが、少なくとも労働者と一緒に真剣に悩みながら次善策を検討するという姿勢は必要です。また、そのように労使が協働することはコロナ禍において生産性の高い企業体質を作り上げることにもつながっていくのではないかと思います。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

「ジョブ型雇用」、移行への課題

「ジョブ型雇用」とは?

最近、労働市場の世界では「ジョブ型雇用」という言葉が踊っています。

従来、日本の人事は新卒一括採用・年功序列・終身雇用による長期雇用システムが中心でした。
この日本型雇用システムは、社内のメンバー(社員)たちと長期にわたり協同して勤務していくことが特徴で、近時では「メンバーシップ型雇用」という呼称が使われています。

しかしながら、「メンバーシップ型雇用」ではゼネラリストは育てられてもスペシャリストは育てられず、そのために競争力を高められないと批判されるようになりました。
そこで提唱されるようになったのが、「ジョブ型雇用」とのことです。

しかしながら、「メンバーシップ型雇用」中心の日本で「ジョブ型雇用」を導入することには色々な課題がありそうです。

そこで、今回は「ジョブ型雇用」を導入するに当たり発生しうる課題をピックアップしてみることにしました。

課題①:労働条件の不利益変更への対応

「メンバーシップ型雇用」の賃金体系

新卒一括採用・年功序列・終身雇用という「メンバーシップ型雇用」では、何のスキルもない新卒者を長期雇用前提で「青田買い」し、その後に社内で必要な能力を育てていくことが想定されます。
また、「メンバーシップ型雇用」においては、賃金は勤続年数に応じて自動的に上昇していくことが想定されます。
これらの結果、従来の日本では若年層の賃金を低く抑える代わりに高年齢層の賃金を厚く保障するという手法が用いられてきました。

「ジョブ型雇用」に移行すると労働条件の不利益変更が生じる

これに対し、「ジョブ型雇用」とは、飽くまで職務内容に対して待遇が決まるという雇用形態です。そして、この雇用形態を貫徹する場合、高い賃金を得たければ高い価値の労務を提供する必要があるという帰結が導かれます。
しかしながら、職務遂行能力を赤裸々に評価すると、一般に高齢者になるほどその能力は下がるはずです。そのため、「ジョブ型雇用」の社会においては高齢者の賃金は低く抑えることが公平となります。
結果、「メンバーシップ型雇用」から「ジョブ型雇用」に移行すると必然的に多くの高齢者について労働条件の不利益変更が生じることになります。

労働条件の不利益変更は難しい

しかしながら、日本の法令や判例は「メンバーシップ型雇用」を前提に形成されてきました。
そのため、賃金といった労働条件の不利益変更については非常に高いハードルが課せられています。
一例として、就業規則で労働条件を不利益に変更しようとする場合には、労働契約法9条及び10条の定める要件を満たす必要があります。

具体的には、
①労働者の受ける不利益の程度
②労働条件の変更の必要性
③変更後の就業規則の内容の相当性
④労働組合等との交渉の状況
⑤その他の就業規則の変更に係る事情
に照らして就業規則の変更内容が合理的でなければなりません。

完全に不可能、とまでは言えなさそうですし、実際に職務給・成果型の賃金体系に移行した就業規則を有効とした裁判例にノイズ研究所事件(東京高判平成18年6月22日労働判例920号5頁)があります。

しかしながら、就業規則を変更するに際しての考慮要素が非常に多く、しかも実際に変更が有効かどうかは裁判所による判断を経るまで分からないという点で使用者には大変に使いにくい方法となっています。

そこまでして「ジョブ型雇用」を導入したいと考える企業が日本の社会内でどれだけあるかというと、疑問と言わざるを得ません。

課題②:配転・整理解雇はどうなるか

日本には厳しい整理解雇規制がある

次に、勤務先の業績が傾いたときの配転や整理解雇の場面でも「ジョブ型雇用」は難しい法的問題を含んでいます。
繰り返しですが、「ジョブ型雇用」ではジョブ(=職務)に対して待遇が決まります。
そのため、業績悪化により特定の職務が不要となった場合、その職務を担っていた労働者を解雇することは「ジョブ型雇用」の当然の結果となります。

しかしながら、「メンバーシップ型雇用」を前提とする日本の整理解雇規制法理によれば、使用者は整理解雇前に解雇回避努力義務を尽くすことが必要とされます。
このハードルを越えることは厳しく、実際に解雇回避努力義務の不履行を理由に整理解雇が無効にされた理由は多く見られます。

事実上の配転命令義務・職種変更命令義務が課される

しかも、「メンバーシップ型雇用」を前提とする日本において、労働者には特定の配属先は定められていません。使用者には広い裁量に基づき労働者を配転する権利があります。
結果、使用者は、整理解雇を行う際の解雇努力として事実上の配転義務を課せられることになります。
さらに言うと、職種を限定した労働者に対しても配転は可能とする事例もあります(最小1判平成元年12月7日・日産自動車事件)。
そのため、仮に「ジョブ型雇用」を採用した場合でも、事前に職種変更命令を行わないまま整理解雇を行えば解雇が無効になるリスクがあることになります。
このような状況で敢えて「ジョブ型雇用」を導入しようという機運が作られるか、と言うとやはり難しいと考えざるを得ません。

最後に

「ジョブ型雇用」は、これを導入するとバラ色の未来があるかのように喧伝するような記事が散見されます。
しかしながら、以上に述べたとおり「ジョブ型雇用」への移行には現行の日本の法的規制の下で難しい法的課題があります。
そのため、どうしても「ジョブ型雇用」を採用するという場合には、労働者への公明正大な情報開示と誠意ある説明は必要不可欠となりそうです。
労働法に詳しい弁護士らによる法務デュー・デリジェンスも必須となるでしょう。
「ジョブ型雇用」に興味を持たれる場合には、是非ともこのような課題を踏まえた上で採否を検討してほしいところと考えた次第でした。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

「けん責」を軽く考えてはいけない

はじめに

多くの企業ではトラブルを起こした従業員に対する制裁のために就業規則などで懲戒の定めをしています。

しかしながら、実際に懲戒処分を科すに当たって十分な社内手続を経られていないケースが非常に多いです。

今回は、そのような社内手続を経ないことへの注意喚起となる裁判例として、テトラ・コミュニケーションズ事件(東京地判令和3年9月7日・労経速2464号31頁以下)を紹介します。

事案の概要

本件は、被告会社に勤務していた原告が、同社の職員に対して退職金制度に関する批判的なメッセージをしたところ、「けん責」の懲戒処分を受けたため、その処分が無効であるとして慰謝料(150万円)などを請求した事案です。

裁判所は原告の請求を一部認めました(慰謝料10万円+弁護士費用1万円)。

具体的な事実の概要は次のとおりです。

  1. 原告、平成30年5月14日にシステムエンジニアとして被告会社と労働契約締結。

  2. 令和2年4月20日、被告会社が企業年金を確定拠出年金に移行させるために担当者を通じて原告に対して資料の送付を求めた。

  3. これに対して原告は、担当者宛に「この件で、私が不利益を被ることがありましたら、訴訟しますことをお伝えします」と記載したメッセージを送信した。

  4. 令和2年4月21日、被告会社は就業規則に基づき原告を「けん責」の懲戒処分を下した。なお、事前に原告に対する弁明の機会は付与されなかった。

  5. 令和2年6月30日、原告は被告会社を退職した。

判決の要約

裁判所は以下のように述べて懲戒処分を無効としました。

  1. 懲戒処分に当たっては就業規則等の規定がなくとも原則として労働者に弁明の機会を与えるべき。

  2. 弁明の機会を欠く懲戒処分は、社会通念上相当なものとはいえないので懲戒権の濫用として無効。

  3. 原告のメッセージは抗議の方法として相当といえるかは疑問の余地もある。

  4. しかしながら、原告の態度が懲戒処分相当かについては、原告の言い分を聴いた上で判断すべきものである。

  5. そのため、原告に弁明の機会を付与しなかったことは些細な手続的問題にとどまるとは言い難い。

  6. したがって、本件の懲戒処分は無効である。

判決へのコメント

使用者は労働契約などの根拠に基づき、労働者の非行に対して社内制裁としての懲戒処分を科すことができます。

しかしながら、労働者は懲戒処分を受けると言わば社内の前科者として扱われることになります。

そのため、懲戒処分が有効とされるためには、

①就業規則等により懲戒の根拠が定められていること
②懲戒処分するための合理的な理由があること
③その懲戒処分が社会通念上相当であること

といった要件を満たす必要があります(労働契約法15条参照)。

そして、懲戒処分が制裁として行われるという性質上、労働者に対しては事前に言い分を聴取する「弁明の機会」を付与する必要があるとされています。

ところで、懲戒処分の種類の一種である「けん責」とは「始末書を提出させて将来を戒める」処分とされ、懲戒処分の中では最も軽いものとされることが一般的です。

この「けん責」の処分ですが、本件のように弁明の機会などの社内手続を経ないで下されることが特に多いです。

その理由としては、「けん責」の内容が業務指導とほぼ同じであるため、懲戒処分であるという認識に乏しいことがあります。

「けん責」自体に待遇面の不利益がない場合、一般的な指導との境界は一層曖昧になります。

しかしながら、「けん責」も立派な懲戒処分です。また、仮に「けん責」自体に待遇面の不利益がない場合でも、将来さらに懲戒処分を受ける場合には処分歴を理由に処分が重くなることもあります。

そのため、単なる注意だからということで簡単に「けん責」をして良いことにはなりません。

本件は、原告が不穏当なメッセージを送信していたことは間違いなく、科された懲戒処分も一番軽いものでした。

しかしながら、それでも裁判所が「弁明の機会」の付与を必要としました。

それだけ、一般的な業務指導と懲戒との間では処分としての重さに天と地ほどの差があるということです。

「けん責」を単なる指導と混同しているとしたら、その認識は改めておかなければなりません。

最後に

既に述べましたとおり、「けん責」の中身は業務指導とほとんど同じであるため、法令や契約上の制約を検討しないまま漫然と行われてしまう傾向があります。

しかしながら、懲戒処分は労働契約法15条や判例・学説により非常に狭い範囲でしか認められていません。

今回の裁判例は、およそ懲戒処分を科す以上は厳密な手続が必要であることを示す点で教訓になるものといえます。

是非とも、社内手続を行う際の参考にしていただければと思います。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

「解雇の金銭解決制度」に抱く懸念

このたび、以下のような報道が出ました。
解雇の金銭解決制度について労働者側だけが申し立てられる制度設計にするということです。

使用者側による申立てが許されるのかが気になっていましたが、それはなさそうで少しだけホッとしています。
しかしながら、依然として懸念事項はあるところなので、今回はその点を記事にしてみたいと思います。

「解雇の金銭解決制度」とは

一言で表すと、労働者にそれなりのお金を払って勤務先から去ってもらおうという制度です。
本来、解雇は①客観的合理性と②社会的相当性の要件を満たさない限り無効とされます(労働契約法16条)。
そして、解雇が無効ということであれば、労働者は依然として勤務先に対して労働者としての地位を主張して賃金を請求できることになります。

しかしながら、解雇紛争にまで至った労働者の復職を使用者側が快く迎え入れるかというと、そうはならないでしょう。
労働者側も、既に転職先が見つかっており実は復職を希望していない、ということはよくあることです。

そこで、このようなミスマッチ状態を金銭で解決しようというのが、本制度の狙いです。

一見、労使双方にとってメリットの大きい制度のように思えますが、労働者側弁護士からは強い反発があります。私も同様の懸念をもっています。

そこで、以下では私がもっている懸念についてお話いたします。

使用者側の安易な解雇を誘発してしまうのでは

一番の懸念は「解雇の金銭解決」という言葉が一人歩きして使用者側が安易に解雇に走りはしないかという点です。

今回のような労働者側だけが申立てができるという制度設計であれば、労働者側が制度を使うという意思表示をしない限り使用者は復職を認めるしかないはずです。

しかしながら、使用者側がこの点を「最後はお金を払えば良くなったんだろう」と曲解して解雇に対する心理的ハードルを下げてしまう可能性は懸念されるところです。

最低限、労働者側だけが申立てをできるということを広く周知する必要があるように思われます。

和解金の水準が低くなってしまうかもしれない

労働者側だけに制度の申立権があると言っても、実際に労働者側がこの権利を行使するということは復職の意向がないことを事実上表明することになります。

解雇トラブルで使用者が一番恐れるのは労働者に復職されて延々と賃金を支払う状況が続くという状況ですが、この申立権を行使するとそのような状況が回避されることになります。
結果、使用者側が和解金を買い叩くことになるのではないかと危惧しています。

復職をしない場合でも、和解金は労働者の生活再建に必要不可欠な資源となりますが、その水準が低くなると労働者のQOLに悪影響を与えかねません。

せめて、使用者側が解雇を躊躇してしまうくらいの高額な解決金額を設定してほしいところです。

将来的に使用者側の申立権も認められるのでは

今回の報道では労働者側にだけ申立権が認められるようです。
しかし、そのような制度設計がずっと続くという保障はどこにもありません。
そして、万が一にも使用者側に申立権を認めるような制度になれば、先にも述べたような「最後は金で」という軽い気持ちによる解雇が可能となってしまいます。
そのようなリスクが常にある社会において、労働者は安心して日々の生活を送ることができなくなります。
かえって日本全体の生産性も低下してしまうようにも思われます。

最後に

このように、「解雇の金銭解決制度」には多くの懸念点があります。
現行法制度でも、労働者側に大きな問題があったり、企業経営が本当に苦しくなった場合などには解雇が認められるところです。
そして、労働者の日々の安心を確保するという見地からすると、この程度の解雇規制はやむを得ないと考えます。
そのため、解雇を容易にするような今回の制度を設ける必要性が果たして本当にあるのかは強い疑問があります。
それでも制度を導入するというのであれば、せめて十分以上の金銭の支給を認めるなど労働者の生活不安が解消できるような設計をしてほしいと願うばかりです。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

退職代行VS弁護士 どっちがオススメ?

はじめに

ここ数年で退職代行サービスがすっかり一般化しました。
最近では勤務先からの慰留があるとまずは退職代行を利用するようアドバイスされるとのことです。
確かに、弁護士から見ても退職代行は費用対効果の面で使いやすい部分があると感じます。
ただし、注意しなければならない部分もあるので、今回はその点も含めて記事にしました。
退職代行の利用を考える際の参考にしていただければと思います。
なお、今回の記事は多分に私の伝聞や個人的な見解が混じっています。
その点を割り引いた上で、1つの読み物として参考にしていただければ幸いです。

そもそも退職代行とは?

一言で言うと、本人に変わって退職届を提出したり書類を授受してくれたりするサービスです。
基本的にはそれ以上でもそれ以下でもありません。
誤解されがちですが、退職届の作成人・差出人は業者ではなく飽くまで本人です。
退職届を提出した後の会社のやり取りも、本人がしなければなりません。

こういう話をすると

「えっ、退職代行業者って退職の交渉をしてくれるんじゃないの?」

という疑問をもつかもしれません。
しかし、業者が会社と「交渉」することはできないというのが建前となっています。
なぜなら、本人に代わって退職の「交渉」をするのは弁護士法72条が禁止する非弁行為に該当するからです。

ただ、実情として「伝言」や「連絡」といった名目で事実上会社と交渉してしまうケースは少なくないでしょう。というよりも、既に一般化してしまっているかもしれません。

退職代行利用時の注意点

先ほど書きましたとおり、退職代行を利用する際には弁護士法72条との関係でそれなりに制約がありますのである程度の注意が必要です。
具体的には次のような点です。

「交渉」は自分でしなければならない

先ほども触れましたが、本来、退職代行業者ができるのは退職届の提出を代行したり書類を授受したりすることだけです。
使用者側が「本人からの届出と確認できなければ受け付けない」と拒絶されてしまうと、改めて本人が提出をしなければならないということは理屈ではあり得ます。
この点、そのような使用者側の行動への対策として、最近は労働組合が本人を代理するという方法が用いられているようです。
しかしながら、これも法的に労働組合と言っていいのか?という問題があります。
なので、万が一使用者側が本人との直接交渉を迫ってきたら自分で対応しなければならないこともある、という点は予め認識しておいてほしいところです。

雇用保険で不利になる可能性

退職届は本人の意向に基づき作成されることから、退職理由はほぼ確実に「自己都合退職」となるでしょう。
その場合、雇用保険の給付の際に待機期間や給付日数などの点で不利益が生じることがあるので、その点を認識しておく必要があります。

残業代・労災で不利になることも

退職代行ができるのは退職届の提出や関係文書の授受だけです。
そのため、残業代や労災の請求が期待できる場合でも、本人に代わって交渉をしたり証拠を収集するといった活動はできません。
そのため、これらの請求が期待できるようなケースでは最初から弁護士に依頼する方が無難です。

傷病手当金を諦めなければならないことも

体調不良で出勤が難しい場合には、直ちに退職をするのではなく、まずは健康保険制度のなかの傷病手当金を利用するという選択肢があります。
傷病手当金を活用すれば、最大で通算1年半まで標準報酬月額の3分の2の保険金を受領することができます。
このように、傷病手当金を活用すれば、収入を確保しながら静養に努めつつ、使用者が定める休職期間が満了した時点で復職するか退職するかという選択をすることが可能です。場合によっては、さらに労災を請求するという選択も不可能ではありません。
しかしながら、退職代行ではそのような「交渉」は不可能です。
「可能であれば復職したい」、「まずはゆっくり休みたい」ということであれば、直ちに退職代行を利用するのは控えた方が良いかもしれません。
少なくとも、いったん傷病手当金の給付を受けてから退職する方が無難です。

最後に

このように、退職代行には弁護士法との関係で制約が生じます。
しかしながら、退職代行が「手頃な費用」と「迅速な処理」を武器に利用者のニーズを獲得してきた今日、私個人としては退職代行を使うべきではないなどとは全く考えていません。
ただ、上記のように弁護士に依頼することで残業代や労災、傷病手当金の受給や復職交渉といった対応も可能となります。
そのため、退職代行と弁護士のどちらを利用するのかは、負担するコストと手放すメリットを十分に考慮した上で決めていただきたいと考えています。今回の記事が、その参考資料となれば幸いです。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

雇止めから無期雇用への逆転劇

はじめに

今回はA学園事件(徳島地判令和3年10月25日・労経速2472号3頁)を取り上げます。
本件は、被告学校法人(大学)の図書室・視聴覚室の受付事務などの業務に従事していた有期雇用の原告が、平成30年3月31日をもって雇止めをされたことから、雇止めが労働契約法19条に違反して無効と主張した事案です。

これに対し、裁判所は原告の請求を認めました。

事案の概要

本事件の事実経過は以下のとおりです。

  1. 平成18年3月1日、原告は被告法人との間で期間1年間の有期雇用契約を締結。

  2. 以降、11回にわたり契約が更新される(1回ごとの契約期間は1年間)。

  3. 平成25年3月、被告法人の常任理事会にて平成25年4月以降における有期雇用職員の更新期間の上限年数を5年とする決議を行う。

  4. 平成25年4月1日、労働契約法18条が施行される(以降、通算5年を超えて勤務した場合に無期転換権を行使できるように)。

  5. 平成29年4月、次年度の更新につき「無」との雇入通知書が原告に交付される。

  6. 平成30年4月11日、原告から被告法人に契約更新の申し入れをしたが被告法人が拒絶。

  7. 平成30年10月2日、第1回口頭弁論期日。原告は無期転換権行使の意思を表示。

判決の要約

原告の契約更新に対する合理的期待について

まず、裁判所は労働契約法19条2号に基づく契約更新を認めるための合理的期待の有無について、次の要素を総合考慮して判断するとしました。

①当該雇用の臨時性・常用性
②更新の回数
③雇用の通算期間
④契約期間管理の状況
⑤雇用契の更新に対する期待をもたせる使用者の言動の有無

本件での合理的期待の有無について

次に、裁判所は本件で重要視した事実として以下のものを挙げ、本件では契約更新の合理的期待があるとしました。

  • 平成18年4月から平成25年3月までという契約更新期間は相当多数回かつ長期間(①、③)

  • 平成18年度から平成24年度までの間、契約の更新は5分から10分程度の簡単な手続で更新されていた(③、⑤)

  • 図書室業務は常用の業務である(①)

  • 原告の雇止めに至るまで、他の職員が雇止めされたことはない(①、④、⑤)

更新上限規定の有効性について

裁判所は次のような理由で被告法人が設けた更新上限規定の効力を否定しました。

  • 被告法人の更新上限規定は原告にとって不利益な労働条件の変更となる。

  • しかし、原告が自由な意思に基づいて更新期間の上限を承諾したという事実はない。

  • 以上から、本件では契約満了(平成30年3月31日)の時点でも原告に契約更新に対する合理的期待がある。

雇止めを行う合理的理由・社会相当性について

この点については、被告法人が原告の後任者を公募し、現に後任者を雇い入れていることを理由として不合理・不相当だとしました。
結果、原告に対する雇止めは無効とされました。

判決へのコメント

本件において被告法人は平成25年4月に有期雇用の契約期間を上限5年とする規定を定めました。
これは、当時施行された、5年を超える有期雇用労働者の無期転換権(労働契約法18条)の発動を防ごうとする意図によるものと推察されます。
すなわち、予め雇用期間の上限を5年までとしておけば、無期転換権の行使はできないという考えです。

しかしながら、少なくとも長期間継続して雇用されていた労働者については、本件のような更新上限規定が設けられた場合でも労働契約法19条2号により契約更新を認める傾向があります(一例として山口県立病院機構事件・山口地判令和2年2月19日労働判例1225号91頁)。

そのロジックとは次のとおりです。

  1. まず、対象労働者の勤務年数等を基礎に更新上限規定が設けられた時点で継続雇用に対する「合理的な期待」を有していたかどうかを検討する。

  2. そのような期待がある場合、労働者は労働契約方19条2号による契約更新の権利を取得する。そうすると、更新上限規定の創設は労働者に生じた既得権を奪うものとなることから、労働者にとっては労働条件の不利益変更となる。

  3. ここで、労働条件の不利益変更については労働者の真意に基づく同意が必要というのが近時の判例の傾向。

  4. そうすると、更新上限規定が有効となる場合にも労働者の真意に基づく同意が必要。しかし、労働者が更新上限という不利益を受け入れるということはほぼ考えられない。

  5. したがって、労働者は更新上限規定にかかわらず有期雇用を更新できる。

本件の裁判例は、上記のロジックを順序よく示しているため、同種の事案で労使双方にとって参照しやすいものとなっております。

最後に

以上のとおり、本件では更新上限規定の存在にもかかわらず、有期雇用契約の更新を認めました。
その結果、原告は労働契約法18条により無期雇用労働者としての地位も得ています。

この結果について、使用者側は理不尽という感想を抱くかもしれません。

しかしながら、一方で雇止めの選択肢がありながら長期にわたって雇用を継続しつつ、他方で法改正がなされるや更新上限規定で雇用を拒絶できるとするのは使用者側にとって都合が良すぎると思われます。

また、労働者においても既に同一の職場で勤務できるという期待が生じているなか、雇用安定を目的とする法改正によりその期待が奪われるのは背理です。

そのため、本件のような裁判所の判断は妥当だと考えております。

この裁判例を教訓に、長期雇用を行う場合と一時的雇用をする場合をきちんと意識した人事計画を構築することが望まれるところです。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

マンネリ人事に冷や水を浴びせた裁判例

はじめに

日本の多くの企業では基幹的業務を総合職に、補助的業務を一般職に担わせるというコース別人事制度を採用しています。
また、このコース別人事制度の運用に際しては、男性を総合職に、女性を一般職に配属することも多いです。
そのような中、近時、ある意味で典型的なコース別人事制度の運用をしていた企業が法的責任を追及されるという事案が起きました。
今回はそのような裁判例として巴機械サービス事件(横浜地裁令和3年3月23日判決・労判1243号5頁)を紹介します。

事案の概要

本件は、被告会社の一般職として勤務する女性の原告が、同社のコース別人事制度には男女雇用機会均等法上の違法があると主張して、主位的には①原告が総合職の地位にあることの確認、②総合職と一般職との間の差額賃金を請求し、予備的に③不法行為に基づく損害賠償を請求した事案です。
これに対し、裁判所は①と②の請求を棄却しつつ、被告会社の人事制度の運用面に違法があることを理由に③不法行為に基づく損害賠償として慰謝料100万円の請求を認めました。

判決内容の要約

判決内容の要約は以下のとおりです。

  1. 被告会社のコース別人事制度は男女を振り分ける目的で設けられたものではないから、制度それ自体には違法はない。

  2. 被告会社は実際に一般職員が必要な状況で原告を採用したのであるから原告が女性であることを理由として一般職採用したとは認定できない。

  3. しかしながら、原告が総合職への転換を希望したにもかかわらず、被告会社においてその転換に必要となる具体的基準や手続等を示したりしたことはない。かえって被告会社の社長は、原告に対して女性に総合職はない旨の回答をしていた。

  4. そのため、被告会社のコース別人事制度の運用面には均等法6条3号及び1条の趣旨に反する違法がある。

  5. 原告の請求のうち、①総合職の地位確認、及び、②総合職と一般職との間の差額賃金については、誰を総合職として扱うか自体は会社の人事権に基づく裁量事項であるとして棄却。

  6. その上で、③の不法行為の主張について、慰謝料100万円を認める。

判決に対するコメント

均等法は5条で「事業主は、労働者の募集及び採用について、その性別にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。」と定めています。そのため、今日、性別を理由としたコース別人事を行う人事規程に遭遇することはまずありません。建前上は性別による差別はなくなったことになっています。
そのような社会情勢のなか、コース別人事制度を丸ごと性別に基づく差別として違法としてしまうと、被告以外の多くの企業の人事制度が違法となってしまいかねません。
裁判所としては、そのような判断はインパクトが強すぎると考えて人事制度それ自体の違法評価は避けたのではないかと推察します。
しかしながら、実際の運用の結果、総合職は男性中心、一般職は女性中心となる人事慣行があることは否定できないでしょう。
本件でも、被告会社の総合職は全員が男性で一般職は全員が女性でした。
また、一般職が総合職に転換されたという事例もなかったようです。
そこで、裁判所は、採用段階ではなく、就職後における総合職への転換の可否という運用面にスポットを当てて、その運用が性差による格差を固定する点に違法性を見いだしました。
このような裁判所の判断手法は、一方でコース別人事制度それ自体への影響を避けつつ、個別の事例判断を可能とする折衷的方法として十分に検討に値する手法であるように感じられます。

最後に

今回取り上げた判決は、飽くまで下級審の一事例の判断に過ぎません。しかしながら、多様な人材の活用が求められている昨今、性差を放置するような人事制度の運用をしていると法的責任を追及される可能性もあるという点でインパクトが強い判決でした。
今回のような判決が出るとなると、企業としては、社員を採用した後もこまめに能力評価とその評価に基づく人事を実施することが求められることになります。
他方、一般職を総合職で採用するというルートを開くといっても、総合職のパイは限られています。そのため、総合職として求められる能力に達しない人材は今後淘汰されることもあり得るところです。
そのため、労働者としても、就職できた後も自己研鑽し続けていくことが求めれるかもしれません。
このように、本判決は、マンネリ化した日本の人事制度に冷や水を浴びせ、労使双方に努力を促すという役割を果たしたように思われます。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

「人事だから」で済まない降格トラブル

今回は降格トラブルに関する近時の裁判例として広島精研工業事件(広島地裁令3.8.30判決・労判1256号5頁)を取り上げます。
社内での地位の引き下げである降格は、通常、使用者側の人事判断が優先されます。しかし、本事件では珍しく労働者側が勝訴した事案であることから、今回取り上げることにしました。

事案の概要

この事件は、課長職にあった原告が、平成21年10月、業務中に心筋梗塞を患い、平成22年3月1日に復職したものの、平社員に降格されて役付手当もカットされたという事案です。
原告側は減額された役付手当を被告会社に請求したところ、被告会社側は「原告は社内の安全成績が悪く、課長就任後に労働災害を増加させるなどの点で能力不足があった」、「原告は課長の当時、大量の不良品を社外に流出させた」などと反論しました。
しかし、裁判所は原告の請求を認容しました(その他にも請求した事柄は多くありましたがここでは割愛します。)。

裁判所の判断内容

本事件で裁判所は降格の有効性について次のような一般論を示しました。

  • 労働契約等の根拠がなくても降格は人事権の行使として原則有効である。

  • しかし、降格が社会通念上著しく妥当性を欠き権利の濫用に当たる場合、降格は無効となる。

  • 権利の濫用に該当するかは①使用者側の業務上・組織上の必要性、②労働者の能力・適性、③労働者の受ける不利益の要素を総合考慮して決める。

その上で、裁判所は、本事例に関し

  1. 過去に原告が課長に就任した際、担当課内で労働災害が増加したり大量の不良品が社外に流出した事実はある。

  2. しかし、業務の多忙や人員不足といった会社側の管理上の問題も一因であったから、原告だけに責任を負わせるのは妥当ではない(①の要素)。

  3. 原告が他の課長と比べて特に成績が劣っていたという事実はない(②の要素)。

  4. 役付手当の不支給により原告の賃金は15%も減額し、その不利益は大きい(③の要素)。

といった点を指摘して本件での降格処分は会社側の人事権の濫用であり無効と結論づけ、役付手当相当額の請求を認めました。

本事例に対するコメント

本判決でも指摘されていますが、課長から平社員にというような役職の引き下げとしての降格の可否については、基本的に経営上の人事判断であるため使用者の判断が尊重されます。
しかしながら、賃金の減額を伴う降格については労働者側の不利益が非常に大きいことから使用者側の裁量が制限される傾向があります。
本事例の判決も、人事権の濫用を判断する要素として③労働者の受ける不利益という要素を挙げていることから、降格をめぐる一般的な傾向を示したものといえます。
他方で、本事例では①使用者側の業務上・組織上の必要性について重点的に分析・判断しているところに特徴があります。これは少し珍しいなと思いました。
この点は、③役付手当により賃金が15%も減額されるという不利益の大きさから逆算した判断とも考えられます。
しかしながら、本事例では降格をめぐる就業規則上の規定がなかったり、人員不足による業務過多が恒常化していたり、実際に業務トラブルが発生した時点でタイムリーに指導改善を行っていなかったりした点で対応にチグハグな点が多くありました。そして、そのようなチグハグな対応が、裁判所にとって「労務管理をろくに行っていない会社」と映り、会社にとって降格の必要性がない(そもそも検討されていない)降格は無効という結論につながったように思われます。
そのため、本事例は③の役付手当のカットという要素がなかったとしても、降格が有効になり得た事案だったのではないかとも考えています。

最後に

以上、降格処分が無効になった近時の事例として広島精研工業事件を取り上げました。
今回の話をまとめますと、

  1. 「課長から平社員」というような形で役職を引き下げる意味での降格は、基本的に使用者の人事権の問題であるため原則として有効である。

  2. しかし、人事権の濫用に当たる場合は降格は無効。人事権の濫用に当たるかは①会社にとっての降格の必要性、②労働者の能力不足、③労働者の不利益といった要素の総合考慮で判断される。

  3. 本事例は③役付手当のカットにより大幅な賃金減額があったが、そもそも①会社にとっての降格の必要性がない事案だった

  4. そのため、本事例については③役付手当のカットがなくても降格が無効となり得る事案だった

というものになります。
このように、本事例は「降格は人事マターだから」と安直に考えてその必要性も検討しないことに注意を喚起する裁判例として有用であると思われます。
降格は直ちに賃金減額につながらないとはいえ、当人にとっては不名誉なことに他なりません。そのため、降格人事を行う際には「なぜその人事が必要となるのか」、「労働者にはどのような説明をすれば良いか」をその都度丁寧に検討してほしいと思います。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。