【労働判例】固定残業代:ポスト「明確区分性」を目指す(大阪地裁令和2年11月27日)

今回は労働判例1248号76頁よりKAZ事件(大阪地裁令和2年11月27日)を検討します(今回の記事はある程度労働法を学習していることを前提とした内容となっています。予めご容赦ください。)。

事件の概要

 この事件は、基本給月額18万円とは別に支払われた月額5万5000円から8万3500円の「調整手当」が固定残業代として有効となるかが争われた事件です。
 被告は、「調整手当」は1日当たり10時間労働となるシフトにつき2時間分の残業代として支払ったものであると主張し、固定残業代として有効だと主張しました。
 これに対し原告は、「入社時に賃金月27万円が支払われるとしか説明されなかった」として固定残業代としての有効性を争いました。

裁判所の判断

 裁判所は、高知県観光事件(最小2判平成6年6月13日)とテックジャパン事件(最小1判平成24年3月8日)を引用し、固定残業代制として有効となるためには基本給部分と残業代部分とが「明確に区分され、かつ当該手当が割増賃金支払に変わる手当としての性格を有していることが必要」としました。
 その上で、裁判所は、原告に対する「調整手当」の説明を行なっていないこと、「調整手当」という名称が残業代を意味するとは理解しにくいことなどを理由に固定残業代制としては無効と判断しました。

判決の特徴と検討

 今回の裁判所は「明確区分性」という考え方に基づいて固定残業代の有効性を否定しています。この「明確区分性」は論者により意味するところが異なりますが、「基本給と残業代部分が計算上分かれていれば固定残業代制としてOK」というニュアンスが多分に含まれています。特に使用者側から出てくる主張です。
 裁判所が「明確区分性」の考え方を採用していることは、高知県観光事件とテックジャパン事件の判例だけを引用していること、「明確に区分」というフレーズを用いていることから把握できます。
 私個人としては、裁判所の結論には賛成ですが論理構成には問題があるように映ります。
 すなわち、最近の最高裁は固定残業代の有効性につき「明確区分性」の前段階として「対価性」の有無を検討することを求めています。その代表格は日本ケミカル事件(最小1判平成30年7月19日)です。
 同判決は、ある手当が残業への対価として支払われているか否かは「雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべき」としています。
 このように、最高裁は、固定残業代の有効性を検討するに当たり、①ある手当に残業への対価としての実態があるかを検討する(対価性)、②手当に対価としての性質が含まれている場合には、基本給と対価部分を判別できるかを検討する(「明確区分性」または「判別可能性」)、という二段構えの手法を用いています(この点については私の別記事でも記載しました。)。
 これに対し、今回の裁判所の判断ではこの「対価性」の要件は検討されていません。「調整手当」に関する説明が労働者になされていないことは「明確区分性」を否定する根拠として用いられています。
 しかし、日本ケミカル事件最高裁判決によれば、労働者に対する契約内容の説明の有無は「対価性」要件のなかで検討されるべきだと考えられます。
 また、「対価性」を突き詰めると、使用者が当たり前のように1日10時間のシフトを組んでいた点も気になります。
 というのも、使用者としては1日8時間労働の規制を免れる脱法手段として「調整手当」を用いたと考えることができるからです。そう考える場合、「調整手当」は本来基本給として支給されるべきものが固定残業代として付け替えられただけに過ぎないことになり、「対価性」から固定残業代としての有効性が否定されます。
 このように、「対価性」の要件を検討すると、固定残業代の有効性に対して深い検討ができるようになるのですが、今回の裁判例ではそこへの検討がなされなかったことに疑問があります。
 また、この裁判例では医療法人社団康心会事件(最小2判平成29年7月7日)が引用されていない点も気になります。康心会事件は「明確区分性」または「判別可能性」について議論する際には引用必須の判例です。それが引用されていないのは、固定残業代制に対する理解が古いからなのかなと疑ってしまいます。

「明確区分性」の問題

 私が、今回の記事を投稿したのは、裁判所が未だに「明確区分性」にこだわることへの危機感があるからです。
 冒頭でも述べたとおり、「明確区分性」というフレーズには「基本給と残業代が計算上分かれていればOK」とするニュアンスが含まれています。
 そのため、このフレーズに引きずられると、ある賃金が残業代としての実質を有しているかという「対価性」への検討がおざなりになってしまう傾向が生じます。
 今回の事例でも、形式的には基本給と「調整手当」は区別されていると言えなくもないので、「明確区分性」を重視する立場からは固定残業代として有効となる可能性も考えられます。
 そのため、労働者側の弁護士は、日本ケミカル事件を引用して「明確区分性」の前段階である「対価性」こそが主戦場なのだ、「対価性」を検討することなく「明確区分性」または「判別可能性」を検討することはできないのだ、としつこく論証する必要があります。
 私自身、改めて粘り強く裁判所を説得しなければならないと思い直した次第です。

 以上、今回の記事は非常に難しいものとなってしまいましたが、固定残業代制に対する理解を再確認する上で有用だと考えたので、敢えて取り上げてみました。

 今回も最後までお読みいただきありがとうございました。