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「パワハラ」と「業務指導」の境界

企業にはいろいろな人が集まります。
それは同時に、一定の割合で「問題社員」が混ざることも避けられないということも意味します。
この場合、企業側は適切に「業務指導」を行なう必要がありますが、行き過ぎると「パワハラ」になってしまいます。
この両者の境界をどう考えるか。
今回は、そのような問題を考える近時の題材として東武バス日光ほか事件(東京高判令和3年6月16日・労働判例1260号5頁以下)を取り上げます。

本件は一審被告の労働者である一審原告が、一審被告から受けた退職強要や人格否定の発言により精神的苦痛を受けたとして一審被告会社に対して慰謝料及び弁護士費用として合計220万円を請求した事案です。
これに対し、高裁は慰謝料20万円+弁護士費用2万円の限度で原告の請求を認めました(以下では「原告」と「被告会社」という表記をします。)。

本件の事実経過は以下のとおりです。

  1. 平成28年9月、原告が被告会社に入社。以降バス運転手として勤務。

  2. 平成30年8月31日、原告、バス運転中に乗客の男子高校生に「おまえ、次、ぜっていやんなよ。頭出したろ。ふざけてて。次、殺すぞマジで。」との発言を行なった。

  3. 令和元年7月16日、原告、バス運転中に、乗客の女子高生が降車に際して料金箱に回数券を投入した際、「君、回数券さ、折りたたんでいけないって知らない。知らなかった。じゃあ気を付けようか。じゃあ、担任の先生の名前と学年主任の名前とクラスと番号、教えて。」との発言をした。

  4. 同日夜、当該女子高生の保護者から被告会社宛に不正乗車扱いされたことについて苦情。

  5. 令和元年7月22日から24日までにかけて被告会社と原告との間で上記各発言について話合い。その際、被告会社側が原告に対して退職勧奨をしたところ、原告が拒否的態度を示したため「男ならけじめをつけろ」「他の会社に行け」「退職願を書け」などの発言を行なう。

  6. また、この話合いの過程で、被告会社は原告に対して「チンピラ」「雑魚」「クソ生意気なことこきやがって」「もう客商売よしたほうがいいよ」「もう会社ではいらないんです。必要としてないんです」などの発言を行なった。

判決の要約

高裁判決は、被告会社側がとった行動のうち、退職強要に係る上記5の行為についてだけ違法性を認めました。 その理由は次のとおりです。

違法な退職強要か否かの判断基準

この点につき、裁判所ははそもそも退職をするかしないかは労働者の自由であることを理由に

「その内容及び態様が労働者に対し明確かつ執拗に辞職を求めるものであるなど、これに応じるか否かに関する労働者の自由な意思決定を促す行為として許される限度を逸脱し、その自由な意思決定を困難にする場合」に違法となる
との基準を示しました。

本件における違法な退職強要の有無

その上で、裁判所は、被告会社による退職勧奨について、「繰り返し辞職を迫り、考慮の機会を与えないままその場で退職願の作成等の手続をさせようとした」点で上記の基準から違法というほかないとしました。

違法なパワハラか否かの判断基準

この点について、裁判所は

① 労働者の職責
② 上司と労働者との関係
③ 労働者の指導の必要性
④ 指導の行なわれた際の具体的状況
⑤ 当該指導における発言の内容・態様、頻度等

の要素に照らし、社会通念上許容される業務上の指導の範囲を超え、労働者に過重な心理的負担を与えたといえる場合には違法となる
との基準を示しました。

本件における違法なパワハラの有無

その上で、裁判所は、本件では上記6の発言について

  • 原告に対する指導の必要性が極めて高かったこと

  • 被告会社側会社の上記6のうち「チンピラ」「雑魚」の発言は、原告が男子高校生に「殺すぞ」と発言したり見下したりするのはチンピラであり、被告会社にチンピラないしそれと同視できる雑魚とは不要であるという趣旨で発言したのであって、業務上の指導と無関係に原告の人格を否定するものとはいえないこと

を理由に違法性を否定しました。

判決へのコメント

判決への感想

退職勧奨、パワハラの違法性の判断基準・考慮要素については概ね賛同できます。
しかしながら、パワハラ発言の違法性を否定したのは甘いのではないかと感じました。

今回の判決では、「⑤当該指導における発言の内容・態様、頻度等」の要素が最後に挙げられています。
しかし、本来であればこれが一番に重要な考慮要素であって、発言内容自体が明らかに人格否定を伴うものでであれば、それだけで違法性は認めて良いように思われます。

また、高裁判決は、上記発言6の違法性を認めなかった理由について、その発言が業務上の指導とは無関係に原告の人格を否定するものではなかったという点を挙げています。
これに対しては、うがった見方をすれば、裁判所は「業務上の指導と関係があれば労働者の人格を否定してもよい」としているように読めてしまいます。

しかしながら、人格否定発言が業務上の指導として必要な場面は存在し得ないのではないでしょうか。

この点、一審判決は上記6の発言に違法性を認めていました。結論としてはそちらの方が妥当だったように思われます。
少なくとも、今回の高裁判決の当てはめ方は一つの参考事例程度に考えておいた方が無難であると考えます。

ただし、人格否定とまではいかない発言で、「業務指導」か「パワハラ」のどちらに当たるかが微妙なケースでは今回の判決の基準は妥当だと感じました。

会社はどう対応すれば良かったか

とはいえ、被告会社からすれば一部でも違法性と損害賠償が認められてしまったわけで、納得がいかないのは当然です。
それでは、被告会社は今回のケースでどう対応すればよかったのか。
私なりに考えるところを述べてみます。

懲戒処分を検討すべきだったのでは

本件での原告の発言が極めて物騒であって乗客に恐怖心を与えるものであること、被告会社にとっても信用問題になる重大事案であったことは間違いありません。
そうだとすると、被告会社からすれば処分の軽重はともかく、原告から反省の姿勢が見られない時点で社内手続に沿って粛々と懲戒処分をすべき事案だったと考えます。
きちんとした手順を踏めば、少なくとも戒告程度であれば十分に有効に下せたはずです。

きちんと手順を踏んだ懲戒処分を行なうことは、被告会社にとってもメリットがあります。なぜなら、重大な手続を行なうということで原告への対応が慎重になり今回の「言い過ぎ」を防ぐこともできたからです。

また、原告にとっても、事態の大きさを自覚させ行動の改善につながることが期待できたかもしれません。
もちろん、その程度では改善につながらない場合も想定されます。しかしながら、その場合は指導と懲戒を重ねるという対応にならざるを得ません。

少なくとも、今回のように頭ごなしに退職強要や侮辱的発言を行なったところで原告の行動改善につながることは期待できないことは間違いありません。
そうだとすると、「信賞必罰」の精神で淡々と懲戒と指導を行なうという対応の方がはるかに適切で効果的であるように思われます。

解雇に踏み切らなかったのは適切だった

ところで、本件の判決を読んだ限り、原告はこの判決時も被告会社に在籍しているようです。
この点、労働者が退職勧奨に応じない時点で直ちに解雇に踏み切ってしまう企業が多く見られます。
しかし、そのような解雇は労働者による指導を尽くしていないものとして解雇権濫用とされてしまうリスクが極めて大きいです。

今回の原告にしても、行動改善の機会なく解雇すれば、まず解雇は無効とされたでしょう。
そのため、原告を解雇しなかった部分では被告会社の対応は適切で参考になります。

最後に

今回のように「問題社員」への対応に苦慮し、結果、「言い過ぎてしまう」というケースはしばしば見受けられます。
しかし、「売り言葉に買い言葉」的な対応をとると、本件のように違法なパワハラとして法的責任を追及されることもあります。

もちろん、企業としては腹立たしいことも多いと思います。

しかしながら、そういうときこそ、企業は、企業秩序維持と労働者の能力開発という上位の概念に立ち返り、非違行為については粛々と懲戒処分を行ないつつ、その後は日々の業務指導で改善を促すという作業を積み重ねていく姿勢が大切となります。
今回のケースは、企業も組織全体としてアンガーマネジメントに取り組んでいく必要があることを学ばせてくれる判決だったと感じました。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

パワハラ対策が浸透しないメカニズム

令和4年4月1日に改正労働施策総合推進法が施行され、全ての事業者でパワハラの予防策を講ずることが義務化されました。
しかしながら、実際にはパワハラ対策を実施したという企業はそれほど多くないと思われます。
今回は、パワハラ対策がどうして浸透しないのかを労働弁護士としての職務経験から説明してみたいと思います。

 

理由①:「パワハラ」の定義が分からない

第一の理由として、法律に定めるパワハラの定義が曖昧で何を言っているのか分からないという問題があります。
すなわち、労働施策総合推進法30条の2第1項によりますと、パワハラとは

① 職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であり、
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもので、
③ その雇用する労働者の就業環境が害される

という要件を全て満たす行為であるとされます。

しかし、この定義を読んで具体的にどのような場合がパワハラに該当するのかを理解できる人はまずいないでしょう。

この点、厚生労働省は告示でパワハラの類型をを①身体的攻撃、②精神的攻撃、③人間関係からの切り離し、④過大要求、⑤過小要求、⑥個の侵害という6パターンに分類しています(令和2年厚生労働大臣告示第5号)。

しかしながら、それでも「精神的攻撃」とは何なのか、どこまでいけば「人間関係からの切り離し」で「過大」あるいは「過小」な要求なのかについてはその人の価値観によって大きな違いがあります。

そして、このようなパワハラの定義のしにくさが企業におけるパワハラ対策を後回しにする一因になっているように思われます。
パワハラの意味するところが分からないので対策しようがないというわけです。

 

理由②:違法とされるパワハラは「氷山の一角」

このようなパワハラの定義の曖昧さと相まって、実際問題として裁判で問題になるパワハラは「氷山の一角」で悪質性の高いものに限られます。

暴力がある場合は論外ですが、結果を出せない営業職員に対して怒声を交えて叱咤する程度だと「指導」の範疇とされてしまう傾向があります。

そのため、パワハラ被害で相談を受けても訴訟を提起することは簡単ではありません。
敗訴リスクや認容される場合でも慰謝料が数十万円程度になるかもしれない・・・
そういう見通しを示されてなお、断固として使用者と争うと決断できる方がどれほどいるか。
労働者側からすると、それ自体が忸怩たる思いです。

しかも、訴訟の場でパワハラの違法性を追及しづらいという特徴から、企業側がパワハラのリスクを過小評価して対策を後回しにしているように映ります。

 

理由③:パワハラの加害者は「エース社員」が多い

パワハラの加害者と被害者という場合、「無能な上司が優秀な部下をいじめる」というステレオタイプをもつ人も多いかもしれません。
しかし、労働事件を扱っていると、実際に遭遇するのはその逆で、加害者はその企業で優秀と評価される「エース社員」が多いです。
自分が優秀で何でもできるだけに、それを基準にして他者に高い水準を求めてしまうのです。

他方で、失礼な言い方になりますが、被害者は「従順な問題児」―真面目で素直に上司の言うことは聞くけれども、仕事の能力は求められる水準になかなか達しない―そのような人がパワハラのターゲットになる傾向があります。

すなわち、優秀な職員が、指示は聞いているはずなのに一向に改善しない部下にイライラを募らせパワハラに走る・・・そういう構図でパワハラが発生しているのです(被害者側の名誉のため補足しますと、転勤・転職で能力を発揮する方は多いです。)。

このような状況で被害者からパワハラの申告があったとき、企業がどう対応するか。
それは「被害者非難」です。
悪いのは全部改善をしない被害者側であり、加害者側は適切に指導していた。
したがって、企業としては何も対応しないし、何となれば被害申告のせいで業務を妨害された。むしろ企業の方こそ被害者である。
そういう心理で事案に対処してしまうのです。

その結果、被害者の側が逆に配転・降格されたりひどいときには退職勧奨をされてしまうこともあります。
もちろん、このような配転・降格・退職勧奨は違法なので弁護士による介入が可能です。
そして、そのことがきっかけで企業側が自社の対応の問題点に気付きパワハラが改善する・・・ということも実は少なからず見られる現象です。

 

「余裕」こそが最大のパワハラ対策

以上、パワハラが発生する背景を私の職務経験から述べてみました。
しかし、さらに考えてみるとパワハラが問題になる職場にはひとつの共通点があります。
それはどの企業も何かにつけて「余裕がない」という点です。

ある企業は経営悪化がなくカネの余裕がない。またある企業は残業だらけで時間の余裕がない。
自分に余裕がないから、他者に対してはもっと余裕をもてない。
だから他人を傷付けても平然としていられるのです。

実際のところ、パワハラでは追及が難しくても残業代では勝てるというケースはしばしば見られる現象です。

そのため、月並みではありますが、充実した財務と徹底した残業時間の削減こそが最大のパワハラ対策ではないかと個人的には考えています。

「働き方改革」で残業文化が悪とする風潮が強まれば、あるいは今よりパワハラ被害も改善するかもしれません。

 

最後にーパワハラの放置は大きなリスクー

先ほど、パワハラ被害は「氷山の一角」と述べました。
しかし、一度パワハラ問題が顕在化すると企業は甚大なダメージを受けてしまいます。
万が一、被害者がうつ病などの精神疾患を患い就労不能にでもなれば労働災害として数千万円単位の損害賠償債務を負うこともあります。
また、「ブラック企業」のレッテルが貼られることで生じるレピュテーションリスクも取り返しがつかないものがあります。
得意先からの取引は打ち切られ、日々の業務はクレーム対応に終始する・・・
場合によっては企業の存亡にかかわる問題となってしまうかもしれません。

そうならないためにも、経営者はどうすればより職員が働きやすい職場を作れるか。
どうすればムダな業務、ムダな残業を削減できるか。
そういうことを日々地道に考えていく必要があります。

今回の記事が、パワハラの被害防止に少しでも役に立てば幸いです。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。