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マンネリ人事に冷や水を浴びせた裁判例

はじめに

日本の多くの企業では基幹的業務を総合職に、補助的業務を一般職に担わせるというコース別人事制度を採用しています。
また、このコース別人事制度の運用に際しては、男性を総合職に、女性を一般職に配属することも多いです。
そのような中、近時、ある意味で典型的なコース別人事制度の運用をしていた企業が法的責任を追及されるという事案が起きました。
今回はそのような裁判例として巴機械サービス事件(横浜地裁令和3年3月23日判決・労判1243号5頁)を紹介します。

事案の概要

本件は、被告会社の一般職として勤務する女性の原告が、同社のコース別人事制度には男女雇用機会均等法上の違法があると主張して、主位的には①原告が総合職の地位にあることの確認、②総合職と一般職との間の差額賃金を請求し、予備的に③不法行為に基づく損害賠償を請求した事案です。
これに対し、裁判所は①と②の請求を棄却しつつ、被告会社の人事制度の運用面に違法があることを理由に③不法行為に基づく損害賠償として慰謝料100万円の請求を認めました。

判決内容の要約

判決内容の要約は以下のとおりです。

  1. 被告会社のコース別人事制度は男女を振り分ける目的で設けられたものではないから、制度それ自体には違法はない。

  2. 被告会社は実際に一般職員が必要な状況で原告を採用したのであるから原告が女性であることを理由として一般職採用したとは認定できない。

  3. しかしながら、原告が総合職への転換を希望したにもかかわらず、被告会社においてその転換に必要となる具体的基準や手続等を示したりしたことはない。かえって被告会社の社長は、原告に対して女性に総合職はない旨の回答をしていた。

  4. そのため、被告会社のコース別人事制度の運用面には均等法6条3号及び1条の趣旨に反する違法がある。

  5. 原告の請求のうち、①総合職の地位確認、及び、②総合職と一般職との間の差額賃金については、誰を総合職として扱うか自体は会社の人事権に基づく裁量事項であるとして棄却。

  6. その上で、③の不法行為の主張について、慰謝料100万円を認める。

判決に対するコメント

均等法は5条で「事業主は、労働者の募集及び採用について、その性別にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。」と定めています。そのため、今日、性別を理由としたコース別人事を行う人事規程に遭遇することはまずありません。建前上は性別による差別はなくなったことになっています。
そのような社会情勢のなか、コース別人事制度を丸ごと性別に基づく差別として違法としてしまうと、被告以外の多くの企業の人事制度が違法となってしまいかねません。
裁判所としては、そのような判断はインパクトが強すぎると考えて人事制度それ自体の違法評価は避けたのではないかと推察します。
しかしながら、実際の運用の結果、総合職は男性中心、一般職は女性中心となる人事慣行があることは否定できないでしょう。
本件でも、被告会社の総合職は全員が男性で一般職は全員が女性でした。
また、一般職が総合職に転換されたという事例もなかったようです。
そこで、裁判所は、採用段階ではなく、就職後における総合職への転換の可否という運用面にスポットを当てて、その運用が性差による格差を固定する点に違法性を見いだしました。
このような裁判所の判断手法は、一方でコース別人事制度それ自体への影響を避けつつ、個別の事例判断を可能とする折衷的方法として十分に検討に値する手法であるように感じられます。

最後に

今回取り上げた判決は、飽くまで下級審の一事例の判断に過ぎません。しかしながら、多様な人材の活用が求められている昨今、性差を放置するような人事制度の運用をしていると法的責任を追及される可能性もあるという点でインパクトが強い判決でした。
今回のような判決が出るとなると、企業としては、社員を採用した後もこまめに能力評価とその評価に基づく人事を実施することが求められることになります。
他方、一般職を総合職で採用するというルートを開くといっても、総合職のパイは限られています。そのため、総合職として求められる能力に達しない人材は今後淘汰されることもあり得るところです。
そのため、労働者としても、就職できた後も自己研鑽し続けていくことが求めれるかもしれません。
このように、本判決は、マンネリ化した日本の人事制度に冷や水を浴びせ、労使双方に努力を促すという役割を果たしたように思われます。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

「人事だから」で済まない降格トラブル

今回は降格トラブルに関する近時の裁判例として広島精研工業事件(広島地裁令3.8.30判決・労判1256号5頁)を取り上げます。
社内での地位の引き下げである降格は、通常、使用者側の人事判断が優先されます。しかし、本事件では珍しく労働者側が勝訴した事案であることから、今回取り上げることにしました。

事案の概要

この事件は、課長職にあった原告が、平成21年10月、業務中に心筋梗塞を患い、平成22年3月1日に復職したものの、平社員に降格されて役付手当もカットされたという事案です。
原告側は減額された役付手当を被告会社に請求したところ、被告会社側は「原告は社内の安全成績が悪く、課長就任後に労働災害を増加させるなどの点で能力不足があった」、「原告は課長の当時、大量の不良品を社外に流出させた」などと反論しました。
しかし、裁判所は原告の請求を認容しました(その他にも請求した事柄は多くありましたがここでは割愛します。)。

裁判所の判断内容

本事件で裁判所は降格の有効性について次のような一般論を示しました。

  • 労働契約等の根拠がなくても降格は人事権の行使として原則有効である。

  • しかし、降格が社会通念上著しく妥当性を欠き権利の濫用に当たる場合、降格は無効となる。

  • 権利の濫用に該当するかは①使用者側の業務上・組織上の必要性、②労働者の能力・適性、③労働者の受ける不利益の要素を総合考慮して決める。

その上で、裁判所は、本事例に関し

  1. 過去に原告が課長に就任した際、担当課内で労働災害が増加したり大量の不良品が社外に流出した事実はある。

  2. しかし、業務の多忙や人員不足といった会社側の管理上の問題も一因であったから、原告だけに責任を負わせるのは妥当ではない(①の要素)。

  3. 原告が他の課長と比べて特に成績が劣っていたという事実はない(②の要素)。

  4. 役付手当の不支給により原告の賃金は15%も減額し、その不利益は大きい(③の要素)。

といった点を指摘して本件での降格処分は会社側の人事権の濫用であり無効と結論づけ、役付手当相当額の請求を認めました。

本事例に対するコメント

本判決でも指摘されていますが、課長から平社員にというような役職の引き下げとしての降格の可否については、基本的に経営上の人事判断であるため使用者の判断が尊重されます。
しかしながら、賃金の減額を伴う降格については労働者側の不利益が非常に大きいことから使用者側の裁量が制限される傾向があります。
本事例の判決も、人事権の濫用を判断する要素として③労働者の受ける不利益という要素を挙げていることから、降格をめぐる一般的な傾向を示したものといえます。
他方で、本事例では①使用者側の業務上・組織上の必要性について重点的に分析・判断しているところに特徴があります。これは少し珍しいなと思いました。
この点は、③役付手当により賃金が15%も減額されるという不利益の大きさから逆算した判断とも考えられます。
しかしながら、本事例では降格をめぐる就業規則上の規定がなかったり、人員不足による業務過多が恒常化していたり、実際に業務トラブルが発生した時点でタイムリーに指導改善を行っていなかったりした点で対応にチグハグな点が多くありました。そして、そのようなチグハグな対応が、裁判所にとって「労務管理をろくに行っていない会社」と映り、会社にとって降格の必要性がない(そもそも検討されていない)降格は無効という結論につながったように思われます。
そのため、本事例は③の役付手当のカットという要素がなかったとしても、降格が有効になり得た事案だったのではないかとも考えています。

最後に

以上、降格処分が無効になった近時の事例として広島精研工業事件を取り上げました。
今回の話をまとめますと、

  1. 「課長から平社員」というような形で役職を引き下げる意味での降格は、基本的に使用者の人事権の問題であるため原則として有効である。

  2. しかし、人事権の濫用に当たる場合は降格は無効。人事権の濫用に当たるかは①会社にとっての降格の必要性、②労働者の能力不足、③労働者の不利益といった要素の総合考慮で判断される。

  3. 本事例は③役付手当のカットにより大幅な賃金減額があったが、そもそも①会社にとっての降格の必要性がない事案だった

  4. そのため、本事例については③役付手当のカットがなくても降格が無効となり得る事案だった

というものになります。
このように、本事例は「降格は人事マターだから」と安直に考えてその必要性も検討しないことに注意を喚起する裁判例として有用であると思われます。
降格は直ちに賃金減額につながらないとはいえ、当人にとっては不名誉なことに他なりません。そのため、降格人事を行う際には「なぜその人事が必要となるのか」、「労働者にはどのような説明をすれば良いか」をその都度丁寧に検討してほしいと思います。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

解雇無効時の賃金精算をめぐる一考察【新日本建設運輸事件・東京高判令和2年1月30日】

 解雇が無効となった場合、通常、使用者は、労働者に対し、使用者のもとで勤務できなかった期間についての未払い賃金の精算をしなければなりません(これを通称で「バックペイ」といいます。)。なぜなら、違法な解雇がなければ労働者は勤務先で就労して賃金が得られていたはずだったからです。
 なお、解雇期間中に他の所で就労して収入を得ていた場合には、その分だけバックペイは減額されます。ただし、その場合でも平均賃金の6割相当額の賃金は支払わなければならないとされています(曙タクシー事件・最1小昭和62年4月2日)。これにより、労働者としては違法な解雇をされた場合には、他で就労をしながら解雇無効・復職を請求するといった対応をすることが可能となります。

賃金精算の期間を制限する事例が出てきた

 もっとも、近年は同業他社で元の使用者と同水準以上の賃金が得られている場合には、だいたい解雇から1年から1年半程度を目処としてバックペイの支払い義務を打ち切るという扱いをする裁判例が散見されます。
 理由は、同業他社で長期にわたり就労して十分な賃金を得られるようになったことにより元の使用者のもとで就労する意向を失ったという点にあります。
 しかし、近年、この点について東京高等裁判所が注目すべき裁判例を出しました。

東京高判令和2年1月30日(新日本建設運輸事件)

 この事件は、違法無効な解雇をされた労働者が、労働者としての地位とバックペイを求めた事案です。
 同事件では、地裁の段階から解雇の無効が認められていましたが、地裁は原告労働者が同業他社にて就労し元の勤務先と同水準以上の賃金を得ていたことを理由に解雇日から約1年から約1年半を経過した時点で就労の意欲を失い、退職の合意が成立したとしてそれ以降のバックペイの請求を棄却しました。
 これに対し、高裁は地裁の判決を破棄し、判決確定日までの全ての解雇期間についてバックペイの請求を認めました。
 その理由について、高裁は「解雇された労働者が、解雇後に生活の維持のため、他の就労先で就労すること自体は復職の意思と矛盾するとはいえず、不当解雇を主張して解雇の有効性を争っている労働者が解雇前と同水準以上の給与を得た事実をもって、解雇された就労先における就労の意思を喪失したと認めることはできない。」としました。
 すなわち、地裁がいうような①一定期間以上の他社での就労、②解雇前と同水準以上の賃金の支給、の事実だけでは就労意思の喪失・退職合意の意思表示を認めるには足りないと判断したのです。

私の考え

 今回の事件に対する私の考えですが、私自身は高裁判決の方を支持しています。理由は次の3点にあります。
 第一に、「就労意思」や「退職合意」は、本来、労働者の主観・認識の問題のはずです。そして、労働者が就労意思の存在を認め、あるいは、合意退職を否定している場合に、そのような労働者の主張に反した認識がなお存在したものとみなすためには、よほど強力な証拠が必要とならなければならないはずです。何となれば、いったんは復職の意思が希薄となっていたとしても、解雇無効の判決が出たことをきっかけに復職の意思が再度強くなるということも十分あり得るように思われます。少なくとも、裁判所が一刀両断で労働契約を終了させるのは行き過ぎなのではないかと考えます。
 次に、解雇無効による地位確認・復職が認められる場合に、実際に復職をするか否かは労働者側が自己決定すべき問題のはずです。そして、労働者において実際には就労意思が存在しないという場合には、労働者には解雇無効による復職をした後、直ちに辞職をすれば足りると思われます。この点からも、解雇後1年とか1年半後を目途に半ば自動的な退職を認める地裁の判断は、使用者側に対するお節介が過ぎると感じます。
 さらに、解雇後1年から1年半程度でバックペイの支払義務を免れることができるという通念が成立してしまっては、ひとまずは解雇を先行させ、然る後に就労意思の不存在・合意退職を主張して労働者に不安の種を植え付けてつつ、労働者側に不利な内容の和解でトラブルを回避するというような方針を認めてしまいかねません。そのようなことになると、司法が違法な解雇を助長することになってしまいます。
 以上の3点から、私としては今回の高裁判決を歓迎すべきものと考えます。

最後に

 とはいえ、今回の判決は下級審の一事例に過ぎないことから、これをもって裁判所の取扱いが大幅に変わるということにはなりません。
 ただ、労働者側としては、同種事例において本件の裁判例を積極的に引用し、裁判所に対して安易なバックペイの打ち切りに強く警鐘を鳴らす必要があります。その意味で、これからの労働者側弁護士の努力が求められる裁判例だと考えさせられました。

 今回も最後までお読みくださりありがとうございました。