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配転トラブルの争い方~近年の裁判例に学ぶ~

 今回は①安藤運輸事件(名古屋高裁令和3年1月20日判決・原審:名古屋地裁令和元年11月12日判決)と②医療法人社団弘恵会(配転)事件(札幌地裁令和3年8月5日判決)を題材に、昨今の配転トラブルをめぐる法的問題を取り上げたいと思います。

安藤運輸事件(名古屋高裁令和3年1月20日判決)

 この事件は、運送業者にて運行管理業務・配車業務に従事していた労働者が、使用者から倉庫部門において倉庫業務に従事するよう配置転換命令をされたため、配転が無効であると争った事案です。
 この事件で、労働者は、①労働契約内において職務内容を運行管理業務・配車業務と限定する契約があった、②仮に職種限定契約がなくても、使用者の配転は権利濫用に当たると主張しました。
 これに対し、裁判所は①の職種限定契約を否定しつつ、②配転の必要がなかったか、仮にあったとしても労働者の運行管理業務・配車業務に当たっていくことができるという期待に大きく反するものであり、通常甘受すべき程度を超える不利益を負わせたとして、権利濫用による配転の無効を認めました。

医療法人社団弘恵会(配転)事件(札幌地裁令和3年8月5日判決)

 この事件は、介護老人保健施設にデイケア担当の介護職員として採用された労働者が、デイケア部門の一時休止を理由として労働者を別部署に異動させられたため、①労働契約内でデイケア部門に職種を限定する契約があった、②仮に職種限定契約がなくても本件の人事異動は必要性がなく違法・不当な目的に基づくものであるため権利濫用であると主張しました。
 裁判所は、このうち①については特に言及せず、②について配転の必要性の欠如や違法・不当な目的を理由に権利濫用による配転無効を認めました。

使用者側には配転の自由がある

 配転の有効性をめぐっては、まず使用者側に配転の自由の有無が問題となります。ただ、この点については割と緩やかに認められるのが過去の判例からの傾向です。
 いわゆる日本型雇用では、新卒一括採用・年功序列主義が妥当していたことから、職種を限定せず労働者を採用し、多くの部署で経験を積ませることでキャリアをアップさせていくという人材育成が行なわれています。このような雇用慣行から、使用者側には配転に対する大きな裁量が認められているとされます。
 そのため、使用者側の配転が無効になるのは、「業務上の必要性」が存在しない場合か、その必要性があっても「不当な動機・目的」で行なわれた場合、労働者に「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる」場合に限られています(東亜ペイント事件・最小2昭和61年7月14日判決参照)。そして、この「業務上の必要性」も、余人をもって代え難いことまでは必要ないとされています。この最高裁判決は現在も生きていますので、配転の有効性を争う場合、労働者側としては主張に工夫を加える必要があります。

労働者側の工夫①:職種限定契約があるか

 そこで最初に労働者側が主張すべきなのは、職種限定契約となります。
 労働契約自体が職種を限定し、配転権限を否定しているのであれば、使用者は配転する法的根拠がありません。そのため、職種限定契約があればその時点で配転は無効となります。
 しかし、日本型雇用慣行では採用時に職種を問わない傾向が強いです。そのため、医師や大学教員などの特殊な職業を除いては職種限定契約は否定されやすいです。実際、今回挙げた裁判例はどちらも職種限定契約の存在を認めていません。

労働者側の工夫②:配転の必要性や違法・不当な目的はないか

 それでは労働者側が職種限定契約を主張する理由がないかというと、そういうこともありません。
 なぜなら、職種がある程度限定する運用が定着していたにもかかわらず、別部署に異動させる行為は「業務上の必要性」や「不当な動機・目的」、「著しい不利益」を推認させる事情となり得るからです。
 今回取り上げた安藤運輸事件では、原告労働者は過去、別企業で合計25年以上もの間、運行管理者として運行管理業務や配車業務に携わっており、相手方社内でも同業務にて従事していました。
 そうすると、裁判所としては、「使用者は原告の運行管理者としてのキャリアに着目して採用を決めたはずなのに、どうしてそのキャリアと関係のない倉庫業務を行なわせたのだろう?」という疑問を抱くことになります。
 そうした視点で、倉庫業務に配属された際の周辺事情を確認すると、倉庫部門の業務量は多くなく他に担当者もいる(のに、どうしてわざわざ倉庫業務に配属するのか?)、配転時点の組織図に「倉庫部」「倉庫部長」の記載がないのに、それと同時点または先日付の人員配置図ではこれらの記載がある(つまり、組織図は配転の必要性を説明するために後付けで作られたのでは?)といった疑問がさらに湧いてきます。
 そうしたことが諸々影響して、安藤運輸事件では配転無効が認められたようです。

 また、医療法人社団弘恵会(配転)事件では、いったん休止したデイケア部門が再開して新規の求人が出されているという事情がありました。
 そうすると、裁判所としては、仮にデイケアでの職種限定契約が認められないとしても、「どうしてデイケア担当で採用した原告を配属しないのだろう?」という疑問を抱くことになります。
 その上で、周辺事情を見てみると、この事件の原告労働者に対しては、配転当初、施設とは別建物で監視カメラ3台も設置されながらレポートを書いたり、介護文献の要約を行なったり、雪かきを行なったりさせられるなど、介護業務それ自体とは関係性の薄い業務に従事させられていたという事情がありました。
 そうすると、裁判所としては、この原告への配転が、「実は退職への追い込みだったのでは?」と映ることになります。結果、この事件では配転の必要性が乏しい、または必要性があっても不当な目的・動機があると判断されることとなりました。

 契約上では職種が完全に限定されてはいないにしても、運用面で特定の職種での採用や使用をしていたという場合、それを変更する取扱いについては、配転に至った事情とも相まって、業務上の必要性や動機の妥当性を疑わせる事情として作用することがあり得るわけです(個人的には、安藤運輸事件でも動機の不当を認めてもよかったように思われます。)。

まとめ

 以上のように、労働者側としては、運用面で特定の職種での採用や使用の実態があったという場合には、その点を強調して業務上の必要性の欠如や動機の不当性を追及することになります。そして、今回取り上げた2つの裁判例は、そうした活動により配転が無効となり得ることを示した貴重な事例であったと考えます。
 配転については、解雇・退職勧奨が難しい場合における追い出しのための方便として用いられることが疑われるケースが少なくありません。その中で、このような判決が出されたことは非常に心強く感じるところです。

 翻って、使用者側は、幅広い配転権限が新卒一括採用・年功序列主義を基礎として認められてきたことを再認識する必要がありそうです。すなわち、日本型雇用慣行が通用しない職場、例えば特定の専門性や能力を見込んで労働者を中途採用していた場合や、企業内において過去に配転を実施したことがないという場合には、配転が無効とされるリスクが高くなると考えておく必要があるように思われます。
 使用者としては、これらの裁判例を他山の石として、慎重に配転を行なってほしいところです。

 今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。

その退職意思、本当に真意?

これまで当ブログでは、何回かにわたり「解雇は難しいよ」という話をさせていただきました。使用者の方々にとっては非常に耳が痛い話だと思います。
 ところで、こうも解雇が難しいと、「だったら自主退職させればいいじゃん!」というアイディア(?)が浮かぶかもしれません。
 今回は、それもダメですよという話をさせていただきます。

労働契約の終了についての整理

 最初に、労働契約の終了をめぐる法律関係を考えるに当たっては、いくつかの概念を整理しておく必要があります。
 無期雇用を前提にお話をすると、使用者側から契約を解除する場合を「解雇」、労働者側から契約を解除する場合を「辞職」、労使双方の合意で契約を終了する場合を「合意退職」と整理することが多いです。
 このうち、解雇については労働者側の意向を無視して行われる契約解除であることから、解雇権濫用法理(労働契約法16条)による厳しい規制が明文で設けられています。

労働者側からの解約については明文上の規制がない

 これに対して、辞職と合意退職については、労働者自身の意思で行われる契約解除であることから、そのような厳しい規制はありません。
 それどころか、辞職については、労働者の職業選択の自由を保障する観点から、退職の自由を広く認めるべきであるというのが法制度上の建前です。
例えば、労働者側からの随意の解約申入れ(民法627条1項)や事前提示された労働条件の差異を場合の即時解約権(労働基準法15条2項)は、労働者側における退職の自由の尊重の表れといえます。
 しかし、労働契約の終了原因を解雇とそれ以外とに分け、前者にだけ厳しい規制をかけるという方法は、労働問題を取り扱っている弁護士としては強い違和感を覚えます。
 というのも、冒頭でも述べたような、「解雇が無理だから自主的に退職させよう」という使用者が少なからず存在するからです。そして、使用者側から退職勧奨された場合、労働者側も唯々諾々と退職届を提出してしまうということも少なくありません。
 このような場合に、辞職、あるいは合意退職だから何の規制もかけられないよね、ということになると解雇規制の抜け道に使われることは必定です。
 そこで、最近では労働者側からの辞職や合意退職の申込みに対しても、その有効性を制限的に考える裁判例が登場するようになっています。

「明確な意思」の要求

 最近の有名裁判例では、博報堂事件(福岡地判令和2年3月17日)がこの点についての判断を行っています。
 この事件は、1年の有期雇用を29回にわたって更新してきた後に雇止めがされたため、「雇止め法理」に基づきその雇止めの無効を争った裁判です。結論としては労働者側の勝訴で終わっています。
 ところで、この事件では、労働者側から使用者側に対して、「平成30年3月31日以降は契約を更新しない」ことが明記された労働契約書が差し入れられていました。しかも、判決では、労働者側はこの契約書の内容を十分に理解した上で署名押印したことが認定されています。
 それでも、判決は労働者側が労働契約を終了させることについて「明確な意思」がないと判断しました。判決は、その理由として「雇用契約を終了させることは、その生活面のみならず、社会的な立場等にも大きな変化をもたらすものであり、その負担も少なくないものと考えられる」ため、「雇用契約を終了させる合意を認定するには慎重を期す必要があり、これを肯定するには、原告の明確な意思が認められなければならない」というものを挙げています。
 要するに、労働者側から会社を辞めることへの同意を書面で得たとしても、それが労働者側の本心から出たものと認められなければダメというものです。

「合理性」と「客観性」の要求

 では、この「明確な意思」とは、どのような基準で判断されるものでしょうか。この点については、山梨県民信用組合事件最高裁判決(最小2判平成28年2月19日)が参考になると思われます。
 この事件では、賃金・賞与額を減額する改定を行った就業規則の有効性が争われましたところ、対象労働者たちは当該変更内容を承知の上でその変更に同意する旨の書面を差し入れたという事情がありました。
 しかし、最高裁は結論として当該同意の効力を否定しました。
 その際、最高裁が用いたロジックは、「労働者側は労使のパワーバランスで不利益な労働条件変更も受け入れてしまいがちである、なので、その有効性については同意の内容や同意書が作成されるまでの経過、事前の情報提供の有無といった外部状況から判断して「合理的」と「客観的」に認められるかで判断する」というものでした。
 先にも書きましたとおり、この山梨県民信用組合事件は、労働契約の終了場面について述べた事例ではないため、その論理を直ちに辞職や合意退職に当てはめられるとは限りません。しかし、労働契約の終了とは、労働者にとっては収入の途が閉ざされることを意味することからすれば、なお一層最高裁の考えが妥当するということもできます。
 そして、近時の裁判例は、単に退職届や退職合意書が提出されればOKとするのではなく、当該書面が提出されるに至った経緯といった外部状況を重視する(その上で、退職する真意はなかったと判断する)傾向が強くなっています。先の博報堂事件も、その流れのひとつと言えます。

使用者側が注意しておくべきポイント

 以上のとおり、現在では「労働者から退職届などが提出されたからもう大丈夫」という時代ではなくなりました。「あれは無理矢理書かされたものだから無効だ」と言われた場合、使用者側は敗訴する可能性を現実に覚悟の上で訴訟対応する必要があります。
 では、使用者側が注意しておくべきポイントとは何でしょうか。
 結論としては、労働者を解雇する場合と同様です。
 経営悪化で人件費を削減する必要がある場合には、会社の収支や人件費意外の経費節減策について十分に説明し、代償措置も講じた上で退職に納得をしてもらうということが必要でしょう。
 また、業務遂行や対人関係に問題があり職場環境を乱している労働者に対しては、逐次問題となる行動内容を記録化し、タイムリーに改善指導を行う、その上で、改善が見られない場合に初めて退職勧奨を行うといったことが最低限必要と思われます。
 結局のところ、簡単に人を辞めさせる方法はないということを受け入れた上で、きめ細かい社内体制を作っていくしかないわけです。

 結局、いつもと同じ結論となってしまいましたが、改めて人を辞めさせるということの重大性をこの記事から理解いただければと思います。

 今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。