コラム

「外資系だから」は通用しない解雇法理【バークレイズ証券事件・東京地裁令和3年12月13日判決】

外資系証券企業という世界では普通のサラリーマンでは想像もつかないほどの高給が保障されています。
その分、会社への貢献度は極めて高いものが求められ、期待する水準に達しない場合には即解雇されて当たり前という「社会通念」があります。
今回は、その「社会通念」が通用しなかったケースとしてバークレイズ証券事件(東京地裁令和3年12月13日判決)を取り上げます。

どのような事案だったか

本件は、バークレイズ・グループに属する被告会社が、主に所属部門の職位の廃止を理由として原告を解雇したところ、原告から解雇無効地位確認及びそれを前提とする賃金として月額283万5000円(!)などを請求された事案です。
裁判所は原告の請求を大筋で認容しました。

事実経過

解雇までの事実経過と被告会社側の経営状況に分けて記載します。

解雇までの事実経過

  1. 平成18年5月1日、原告と被告との間で期限の定めのない労働契約を締結

  2. 平成29年時点の原告の勤務評定は「総合格付け」で5段階評価の3番目

  3. 平成29年10月頃、被告会社のシンジケーション部門におけるMDのポジションを廃止することが決定(MDはマネージング・ディレクターの略称。5段階のうちの1番上の職位)

  4. 平成30年5月15日当時、原告はシンジケーション部門の本部長の役職。MDの職位にあった

  5. 平成30年5月15日当時の原告の給与(年額)は基本給で1638万円、追加固定給で1680万円、住宅手当882万円の4200万円。これを12回に分割して1月から11月までは283万円、12月は350万円を払うというもの

  6. 平成30年5月15日、被告から原告に対する解雇の意思表示。

  7. 根拠となる就業規則の解雇事由は「会社の運営上または転変地変その他これに準ずるやむを得ない事由により、会社の縮小または部門の閉鎖等を行なう必要が生じ、かつ他の職務への転換が困難なとき」と「その他前各号に準ずる程度の止むを得ない事由がある場合」と規定

バークレイズ・グループ及び被告会社の経営状況

  1. バークレイズ・グループの税引き前利益は平成28年に32億ポンド、平成29年に35億ポンド、平成30年に35億ポンド(いずれも黒字)

  2. バークレイズ・グループの純損益は平成28年に16億2300万ポンドの黒字、平成29年に19億2200万ポンドの赤字、平成30年には10億9400万ポンドの黒字(平成29年の赤字は税制度上に由来する1回限りのものが含まれる)。

  3. バークレイズ・グループでは2010年代前半頃より非中核事業は売却や整理を進める方針をとる

  4. バークレイズ・グループの従業員の賃金分布は平成28年から平成30年で大きな変動なし。役員の報酬総額は平成28年5360万ポンドから平成30年には6030万ポンド(増加傾向)

  5. 被告会社は平成28年度に87億円の純損失を出したものの、平成20年度には105億円の純利益を計上(過去最高益)

  6. 被告会社のシンジケーション部門の収益は、平成21年から平成23年までは2000万ポンド前後で推移したが、平成28年に570万ポンドから680万ポンド前後で推移。また、平成29年は1000万ポンドから1100万ポンド、平成30年及び令和元年は1250万ポンド(増加傾向)

判決の要約

上記事実関係において、裁判所は次のような判断をしました。

解雇の有効性の基準について

  • 就業規則1項4号の解雇は整理解雇の解雇事由を定めたもの。そのため、①人員削減の必要性、②解雇回避努力、③人選の合理性、④手続の相当性といった諸要素を総合的に考慮した上で解雇の有効性を判断する。

  • シンジケーション部門のMD職の廃止は被告会社の経営判断事項だが、原告を解雇する必要があったかは別次元の問題

  • バークレイズ・グループは平成28年以降黒字の傾向で業績が悪化していたとは評価しがたい

  • 被告会社のシンジケーション部門も、平成27年以降は収益が増加。事業規模も縮小していなかった

  • したがって、人員削減の必要性は認めがたい

  • 原告と被告との労働契約書に職務内容限定の合意はなかったこと、被告会社の就業規則では業務上の都合で職務や職務上の地位の変更を命ずることができる旨が定められていたことなどから、解雇に当たっては職位の降格や賃金・賞与の減額が検討されることが予定されていた

  • 解雇の対象者として原告を選定するための客観的かつ合理的な基準もない

  • 以上から、本件の解雇は整理解雇として無効

なお、整理解雇としての有効性のほか、能力不足を理由とする普通解雇も問題となりましたが、そちらは本人の評定が5段階中の3番目にあり問題なかったことなどを理由に簡潔に否定されています。

判決に対する感想

被告会社の気持ちも分からなくはないですが、法律論からは当然の結論という感想をもちました。

被告会社の主張の真意=「契約自由の原則」

本件において、被告会社側は外資系金融機関では「高額な報酬を得られる代わりに会社に貢献できなくなったときには退職を求められる可能性があることは外資系金融機関で働く者にとって常識」「日本の一般的な企業とは異なり、終身雇用又は長期雇用を想定していない。」「従業員も、より高いポジションを求めて転職を繰り返すことによって自分の市場価値を高めていく。」などと主張していました。
これは、高いポジションと報酬は解雇が容易であることの見返りであり、労使も合意しているのであるから、その合意を優先すべきという考え方でしょう。外資系金融機関としては偽らざる本音だと思います。

そして、この被告会社側の主張は、純粋に民法だけの理屈で考えた場合、ある程度は納得できる部分があります。
なぜなら、民法には契約自由の原則が認められており、法令の枠内であれば当事者の合意で契約内容を自由に決めることができるからです(現行民法521条)。
そのため、今回の高いポジション・報酬が身分の不安定と対価的関係にあるのだとすれば、そのような合意には民法上の観点からは相応の理由があるということになります。

その上で、被告会社としては、シンジケーション部門のMDが廃止される以上、MD職の原告に居場所はないのだから解雇は当然という考えがあったのでしょう。

労働法の世界では契約自由の原則は大幅に制限される

しかしながら、民法521条自身が「法令の制限内」という留保をつけているとおり、契約自由の原則は労働法令上の規制を受けます。

そして、労働法の世界においては、①まず労働基準法や労働契約法などの法令上の規制が最優先され、②次に労働協約や就業規則が優先され、③それらに反しない限度で当事者の合意が効力を有するに過ぎないという構造をもっています。

そのため、仮に被告会社側が主張するような合意があったとしても、それは労働契約法12条や13条または労働基準法13条により無効となります。
結果、労働契約の内容は法令や就業規則などが定めるものに改められます。

したがって、本件では、労働法の世界からすれば整理解雇の基準が用いられることは当然の帰結だったといわなければなりません。
そうなると、経営状況の悪化も役員報酬の減額もない本件には整理解雇としての有効性が認められる余地はありません。

この論理構造と結論は、大多数を占めている不利な立場の労働者の生存を保護するという労働法の理念から当然の帰結といわざるを得ないのです。

職位の変更に伴う賃金減額ならどうだったか?

今回は被告会社が整理解雇を前提とする規定に基づいて原告を解雇したため、けんもほろろに敗訴してしまいました。
それならば、職位の引下げに伴う賃金減額だったらどうだったでしょうか。
これも、本件の事実関係ではやはり難しかったかなと思われます。

確かに、本件では原告に保障されていた賃金・報酬が極めて高額ではありました。
そのため、原告の成果や会社への貢献度が十分でなければ、職位の引下げとそれに伴う賃金減額も比較的広く認められそうではあります。
しかしながら、本件では被告会社における経営戦略の変更を理由に原告のMD職が解かれました。これは、原告自身にコントロール不可能な事柄です。
しかも、シンジケーション部門の収益はむしろ増加傾向にありました。
さらに、原告のMD職としての人事評価は中程度はあったとされています。

そうすると、本件では原告がMD職を解かれることにつき自身に全く帰責性がありません。MD職からの解任は完全に被告会社側の都合ということになります。

そのため、そのような一方的事情で原告の待遇を引き下げることには合理的な理由がないと判断される可能性は高かったのではないかと考えます。

最後に

以上、バークレイズ証券事件の紹介でした。
本件では原告が保障されていた待遇から事案を見てしまうと「契約自由の原則」の考えに流されてしまいかねません。

しかしながら、労働法の世界には民法とは異なる規制が厳然として存在します。
労働法という郷に入った以上は、それに従わなければなりません。
そこには外資系か否かとか、好待遇か否かということは関係ありません。

今回の判決内容は、業界の雇用慣行は労働法令の解釈に影響を与えないこと、だからこそ、労働法令の適用関係を整理するという基本的なスキルを体得しておくことの重要性を学べるという意味で有用なものだったと思われます。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。