コラム

学生へのハラスメントを理由とした懲戒解雇が有効とされた事例-学校法人A大学事件(東京地裁令和4年1月20日判決・労働経済速報2480号3頁)-

懲戒解雇が有効となるためには極めて高いハードルが課せられています。
すなわち、懲戒解雇は企業内の非行・違法行為に対する労働者への制裁であるため、刑事手続における「適正手続」の考え方が用いられます。
そのため、非違行為に対する処分が重すぎたり、他の非違行為者との間で処分の均衡を欠いていたり、弁明手続を保障していなかったりすると懲戒解雇は無効になります。
しかも、その場合には「一事不再理」の考え方から再度の処分をすることもできません。
そのため、慎重な企業であれば仮に懲戒解雇が可能と考える場合でも敢えて普通解雇を選択するということも珍しくありません。
そういうなか、学校法人A大学事件(東京地裁令和4年1月20日判決・労働経済速報2480号3頁)は女子学生へのセクハラに及んだ教授に対する懲戒解雇を有効としました。
そこで、今回は同事件を取り上げたいと思います。

どんな事件だったか

本件は、被告大学の教授職である原告が、女子学生の自宅に入室して身体接触するなどのセクハラ行為に及んだり、学生に対する名誉毀損行為に及んだりしたことを理由に懲戒解雇されたため、その無効を理由とする雇用契約上の地位確認などを求めた事案です。
裁判所は原告の請求を棄却しました。

本件の事実経過

本件の事実経過は以下のとおりです。

  1. 原告、平成8年4月に被告法人との間で雇用契約を締結

  2. 原告、平成18年に教授職に就任

  3. 平成28年5月22日、原告、学会終了後の慰労会後に女子学生を自宅アパートまで送った後、1人暮らしの学生の自宅に入り、朝まで退出しないという行為に及ぶ

  4. この際、原告、女子学生宅内において、「ベッドの上になって自分のそばに来るように誘う」、「女子学生のブラウスのリボンとボタン2、3個を外して服の上から胸を触る」、「拒絶した女子学生のボタンを再びはずそうとして身体接触する」などの行為に及んだ。

  5. 平成28年7月4日、学生から被告大学に対してハラスメントの調査及び認定依頼

  6. 平成28年7月21日、被告大学のハラスメント調査委員会による原告からの事情聴取。女子学生の自宅に上がったことは認めるも、身体接触に及んだことには触れず

  7. 平成28年9月7日、被告大学のハラスメント防止・対策委員会、3.の行為についてハラスメントに該当すると判断。

  8. 平成28年9月28日、被告において懲戒審査委員会を招集。原告への懲戒処分案を決定

  9. 平成28年10月5日と同月19日、懲戒処分案について教授会を開催。その際、原告に対する弁明の機会が付与される。

  10. 被告、平成28年10月27日付で原告を降格の懲戒処分。理由は学生へのセクハラ・アカハラ。対象となった行為は「女子学生の自宅の部屋に入って朝まで退出しない」(上記3.の行為)、「その後数度にわたりメールを送信し、食事に誘った」というもの

  11. 原告、平成29年8月21日に、降格の懲戒処分を争って東京地裁に提訴

  12. 原告、平成30年10月17日に代理人を通じて「大学へのお願い」と題する文書を送付。内容は「本件学生に対して批判の目を向ける大学院生も少なくなく、極端な場合、原告を陥れるために本件学生がしくんだハニートラップだったのではないかと、あらぬ憶測を巡らす人間さえいるように聞いています。」などが書かれる

  13. 平成31年1月24日、前訴の請求棄却。この際、原告が女子学生宅に行ったときに4.の身体接触に及んでいたことが言及された

  14. 平成31年2月7日、被告大学にて懲戒審査委員会を招集。上記4.の身体接触行為と10.の文書交付行為が懲戒事由に該当し、懲戒解雇が相当との処分案を決定

  15. 平成31年3月22日、被告、原告を懲戒解雇

  16. 令和元年6月26日、原告からの控訴棄却

  17. 以上の経過を経て、原告、本件の訴訟を提起

裁判所の判断の要約

裁判所は次のような理由で懲戒解雇を有効としました。

  1. 前回の降格処分の対象行為は「女子学生の自宅の部屋に入って朝まで退出しない」であり、今回の懲戒解雇の対象行為はその中での身体接触行為である。そして、両者は同じ機会の一連の出来事ではあるが、事実としては別のものである。そのため、「一事不再理」の違反はない。

  2. 前回の降格処分時に、原告による身体接触行為は把握されていなかったため処分の重さには反映されていない。そのため実質的にも「一事不再理」の問題は生じない。

  3. 原告側が前訴の際に被告側に送付した文書は学生の名誉を傷付ける内容であり、懲戒の対象になる。

  4. 教え子の学生に対して、深夜、2人しかいない室内において、同意なく身体接触を伴う性的行為を行ったことは「極めて悪質」

  5. 原告側が送付した文書は、学生の申立てに適正に対応しようとする被告大学の取組みや学生の受けた性的被害に対する理解のなさを示すものであり、懲戒処分の重さにおいて相応の考慮をすべきもの

  6. 以上を踏まえれば、懲戒解雇は社会通念上相当で有効

判決へのコメント

①ハラスメント加害者に対する懲戒処分の重さ、②「適正手続」の保障方法、③加害者とされる立場の弁護活動する際の注意点について参考になる部分が多い判決だと感じました。

懲戒処分の重さについて

まず、懲戒処分の重さについてですが、今回のケースで懲戒解雇の主な根拠となったハラスメントの事実は、かなり性的な意味合いの強い内容を含んではいるものの、明らかに「わいせつ行為」とまで言えるかは微妙なものとなっています(胸を触った行為は強制わいせつ罪(刑法176条)に該当するかもしれませんが、同罪の事案では比較的軽微とされそうです。)。
それでも敢えて大学側が懲戒解雇にまで及んだのは、原告側が名誉毀損を伴う文書を交付している点で反省の念が乏しく再発の危険があること、ハラスメントと文書による二重の被害により学生に与えた心身の負担が大きかったことなどが影響したのだと思われます。
したがって、一般的にセクハラ事案であれば懲戒解雇にしてよいと述べたわけではないことには注意が必要そうです。
もっとも、裁判所は今回の身体接触を「極めて悪質」と評価しているため、刑法上の「わいせつ」にまで至っているか否かに関係なく、セクハラに対しては厳しい処分で臨むべきというメッセージを出しているとは言ってはよいのではないかと感じました。

「適正手続」について

一般的に、懲戒処分を行う際には「ハラスメントの事実を把握・認定する段階」「懲戒処分の重さを決める段階」の二段階に分けて懲戒対象者の手続を保障する必要があります。
そのため、対象者には最低でも二度は自らの意見を述べる機会を与えることが無難です。
今回のケースにおいて、大学側はまず調査委員会による事実の調査が行われた後、ハラスメント防止・対策委員会がハラスメント該当性の認定を行ない、懲戒審査委員会で懲戒対象の事実と処分の内容を決定するという多段階の経過をたどっています。
そして、大学は実際に事実調査と処分の重さの決定という二段階で原告から意見の聴取を行っています。
そのため、本事例では同種事案の中でも「適正手続」の点を強く意識した対応がなされたとの印象を受けました。
今回の懲戒処分に至るまでの一連の内部手続の流れは人事労務の担当者にとって非常に参考になると思います。

なお、裁判所は降格の懲戒処分時には身体接触の存在は考慮されていなかったことを理由に「一事不再理」に反しないとしています。
この点は、「使用者が把握していなかった過去の非違行為」を懲戒するか否か判断する上で参考になります。
もっとも、仮に今回の事例において降格の懲戒処分時に「身体接触は認定できない」と結論づけていた場合には、不問となった行為の蒸し返しとして「一事不再理」に当たり得そうなので、読み方に注意が必要だと感じました。

懲戒対象者への弁護活動について

さらに三点目ですが、原告側が作成交付した文書をめぐる代理人弁護士の対応についてです。
判決文によれば、今回の文書の交付の事実も懲戒解雇の選択の判断要素の1つとなっています。そして、今回の文書は当時の原告側の代理人弁護士から大学側の代理人弁護士に交付されたと認定されています。
そうすると、もし原告側が対象文書を交付しなければ、原告に対する懲戒解雇は無効になり得たということになります。
この点、原告側の弁護士からすれば、依頼者の意向を反映することが弁護士倫理上の務めということでしょう。
しかし、それにより依頼者の立場が悪化するということであれば、弁護士としてもそのような行動は制止するよう説得する必要があります。
また、仮に依頼者を説得することができなくても、少なくともその行動により依頼者に大きな不利益が生じる可能性については丁寧に説明しておく必要があります。
今回の裁判例は、そのような弁護士の活動に求められる役割についても考えさせられる貴重な事例となりました。

最後に

以上、学校法人A大学事件でした。
繰り返しですが、懲戒解雇には非常に厳しい要件が課されるため、敢えて普通解雇を選択するということも珍しくありません。
しかしながら、ハラスメント行為は全ての労働者の就労環境を悪化させ、大幅に生産性を低下させる危険をはらみます。
そのため、悪質なハラスメント行為には無効のリスクを覚悟しつつも、厳しく懲戒する必要があります。
そして、その際には事前に十分な事実確認と量刑判断を行うこと、また、丁寧な弁明手続を保障することが必要となります・
今回の裁判例はその際の注意事項を学ぶ上で非常に有用な判決でだと感じました。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。