コラム

「軽いスキンシップ」は通用しないセクハラの話【旭川公証人合同役場事件(札幌高判令和3年11月19日・原審:旭川地判令和3年3月30日】

今日、「セクハラは許されない」という社会的な合意は一般的となっています。
しかしながら、現在でもごく一部では「軽いスキンシップ」という感覚で無自覚なセクハラが生じています。
今回は、そういう感覚が許されない裁判例として旭川公証人合同役場事件(札幌高判令和3年11月19日・原審:旭川地判令和3年3月30日)を取り上げます。

はじめに

本件は、一審原告労働者(女性)が、一審被告の公証人(男性)に対して、在職中に被告から受けた多数回のメッセージや身体的接触などが違法なセクハラに当たるとして慰謝料などの請求をした事案です。(この記事では「原告」、「被告」と表記します。)。
高等裁判所は原告の主張の一部に不法行為責任を認定し慰謝料30万円の請求を認めました(一審より10万円増額)。

本件の事実経過

本件の事実経過は以下のとおりです。

  1. 平成30年7月1日、原告・被告間で労働契約を締結

  2. 平成30年7月20日以降、被告から原告に対してスマートフォンのメッセージアプリから頻繁に私的なメッセージが送られるようになる。

  3. 平成30年8月30日、被告、原告を誘って二人で会食。なお、原告は会食前の時点で交際相手に被告との会食が不安でありメッセージが送られてくることが怖いと伝えていた。

  4. 平成30年9月18日、被告、再び原告を誘って二人で会食。このときも原告は事前に交際相手に対し、被告からの勧誘が怖いとの不安を伝える。

  5. その会食の帰宅中、被告が原告の手相を見るといって原告の手を触る。

  6. 平成30年9月22日、被告から原告に対する会食の誘い。原告、交際相手がいることを理由に断る。

  7. 平成30年9月22日以降も、被告から原告に対するメッセージ送信は続く。

  8. 平成30年10月17日以降、被告から原告に対するメッセージの送信頻度は低下。平成30年11月15日に最後のメッセージ。

  9. 平成30年11月29日、原告から被告に対して退職届を提出。平成31年3月31日付で退職。

判決の要約

以上の事実関係について、高等裁判所は「3回目の会食が断られて以降のメッセージ」と「2回目の会食時に原告の手を触った行為」について不法行為責任を認めました。

多数回のメッセージ送信について

  • 被告から原告へのメッセージは業務とは無関係のものが多数含まれている上、送信時間が休日深夜にわたったり被告が飲酒後に送信することもあったことを踏まえると社会通念上相当の範囲を逸脱したものと評価せざるを得ない。

  • 3日目の会食が断られた平成30年9月22日以降のメッセージについては被告の言動に原告が性的な嫌悪感を含む精神的苦痛を負うことが予見可能であったとして不法行為が成立する。

2回目の会食後に手を触った行為について

  • 原告が被告に対して掌を触ることを承諾していたわけではない。また、手相を把握するのであれば掌を見れば十分であることも踏まえると被告が無断で原告の掌に触れた行為には不法行為が成立する。

判決へのコメント

認容額はともかくとして、法的な構成としては妥当な判決だと考えます。
その理由は次のとおりです。

不法行為の成立要件とは

そもそも、民法709条の不法行為が成立するためには、

① 権利又は法律上保護された利益の存在
② 加害者による①への侵害行為、
③ 侵害行為(②)に対する故意又は過失
④ 損害の発生及びその金額
⑤ 侵害行為(②)と損害(額)との間の因果関係

の要件を満たすことが必要です。

このうち、①については「人格権」、「身体接触に対する自己決定権」または「職場において平穏に就労する利益」などが考えられ、実際に裁判所も「人格権」への侵害を認めています。

次に、②についてですが、本人の認識を棚上げすれば、原告は交際相手がおり被告からのメッセージや私的なコミュニケーションを嫌悪していたことから「平成30年7月20日以降の多数回のメッセージ」と「2回目の会食時に手を触った行為」が①の権利利益の侵害行為に該当します。

また、原告は②の権利侵害行為により慰謝料として評価可能な精神的苦痛を受けていることから④の損害の発生及び⑤の因果関係もあります。

過失について(1):メッセージの送信を嫌悪できた時期は?

本件で最大の問題は、③の被告の故意又は過失です。

この点、確かに、職場内で異性との間で私的なコミュニケーションをとれば、それだけで異性は嫌悪感を抱くであろうとして直ちに過失を認めるべきという考え方もあろうかと思います。

しかしながら、慰謝料の請求を認めるということは、単なる「不適切」を超えて「違法」であることを公開の法廷で宣言するという重い意味をもちます。

その意味の重さを考えると、「原告が被告との私的コミュニケーションに同意していた可能性」は低いながらも全く荒唐無稽として排除することは難しいように思われます。

しかしながら、平成30年9月22日になると、原告は交際相手がいることを明示した上で被告からの会食の誘いを断っていました。

そして、一般の感覚であれば、そのような異性と密接な私的コミュニケーションをとれば相手方が嫌悪することは十分に予想だったでしょう。

そのため、平成30年9月22日以降のメッセージのみに過失を認めた点は「無難」な事実認定という意味では妥当だったと考えます。

過失について(2):身体接触を嫌悪していたという認識は必要?

次に、2回目の会食時の身体接触についてです。
この時点では、被告は原告が被告との私的コミュニケーションを嫌悪していたとは認識していませんでした。

しかしながら、家族でもない異性に対して身体接触を真に承諾するというのは考えにくいし、それが今日の一般感覚なのではないかと思われます。

そのため、2回目の会食時の身体接触に過失を認めた点も、妥当な判決だったと考えます

慰謝料30万円は「相場」の範囲内

その上で、④原告に発生した慰謝料金額ですが、30万円という金額は同種事例からして相場の範囲内だと思われます。

純粋に私の感覚ですが、「セクハラ」慰謝料の「相場」は、合意のない性交渉の場合で300万円、わいせつ行為で100万円から200万円、迷惑防止条例違反レベルで50万円から100万円程度というところです。

そこから比較すると、「多数回のメッセージ」と「手に触る」という内容では30万円という慰謝料額は「相場」の範囲内といえなくもありません。

これについては、そもそも裁判で認められる慰謝料が全般的に低すぎるという点をもっと社会問題化すべきように思われます。

最後に

以上から、本件の高裁の判断は全般的に手堅い法解釈として妥当なものだったと考えます。

日本では長年にわたり「男性は総合職」、「女性は一般職」という形で性別により役割と地位の上下が分けられてきました。
そのため、女性は職場で嫌な目に遭わされても黙って我慢することが求められていました。

その結果、「軽いスキンシップ」という感覚の無自覚なセクハラが黙認されてきて、その残滓は今日もなお残っているように思われます。

しかしながら、今日では「黙っていること=同意」という構図が成り立たないことは常識化しています。
「軽いスキンシップ」という言い訳ではセクハラは免責されないということを自覚する必要があります。

こういうことを言うと、「それではどういう基準で職場内の異性と接すればよいのか」と言いたくなるかもしれません。

これに対する1つの回答としては、「同期または上司に同じ態度をとるか」という基準があります。
職場内では「役割の上下」はあっても「人格の上下」はありません。
同じチーム内で成果を出していくべきメンバー同士、相互の人格を尊重していかなければなりません。
普段からそういう感覚をもっていれば、「軽いスキンシップ」という感覚で無自覚にセクハラに及ぶリスクはなくせるのではないかと思われます。

今回の裁判例は「役割の上下」を「人格の上下」と勘違いすることに警鐘を鳴らす点で学ぶべき部分が多いと感じました。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。