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配転トラブルの争い方~近年の裁判例に学ぶ~

 今回は①安藤運輸事件(名古屋高裁令和3年1月20日判決・原審:名古屋地裁令和元年11月12日判決)と②医療法人社団弘恵会(配転)事件(札幌地裁令和3年8月5日判決)を題材に、昨今の配転トラブルをめぐる法的問題を取り上げたいと思います。

安藤運輸事件(名古屋高裁令和3年1月20日判決)

 この事件は、運送業者にて運行管理業務・配車業務に従事していた労働者が、使用者から倉庫部門において倉庫業務に従事するよう配置転換命令をされたため、配転が無効であると争った事案です。
 この事件で、労働者は、①労働契約内において職務内容を運行管理業務・配車業務と限定する契約があった、②仮に職種限定契約がなくても、使用者の配転は権利濫用に当たると主張しました。
 これに対し、裁判所は①の職種限定契約を否定しつつ、②配転の必要がなかったか、仮にあったとしても労働者の運行管理業務・配車業務に当たっていくことができるという期待に大きく反するものであり、通常甘受すべき程度を超える不利益を負わせたとして、権利濫用による配転の無効を認めました。

医療法人社団弘恵会(配転)事件(札幌地裁令和3年8月5日判決)

 この事件は、介護老人保健施設にデイケア担当の介護職員として採用された労働者が、デイケア部門の一時休止を理由として労働者を別部署に異動させられたため、①労働契約内でデイケア部門に職種を限定する契約があった、②仮に職種限定契約がなくても本件の人事異動は必要性がなく違法・不当な目的に基づくものであるため権利濫用であると主張しました。
 裁判所は、このうち①については特に言及せず、②について配転の必要性の欠如や違法・不当な目的を理由に権利濫用による配転無効を認めました。

使用者側には配転の自由がある

 配転の有効性をめぐっては、まず使用者側に配転の自由の有無が問題となります。ただ、この点については割と緩やかに認められるのが過去の判例からの傾向です。
 いわゆる日本型雇用では、新卒一括採用・年功序列主義が妥当していたことから、職種を限定せず労働者を採用し、多くの部署で経験を積ませることでキャリアをアップさせていくという人材育成が行なわれています。このような雇用慣行から、使用者側には配転に対する大きな裁量が認められているとされます。
 そのため、使用者側の配転が無効になるのは、「業務上の必要性」が存在しない場合か、その必要性があっても「不当な動機・目的」で行なわれた場合、労働者に「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる」場合に限られています(東亜ペイント事件・最小2昭和61年7月14日判決参照)。そして、この「業務上の必要性」も、余人をもって代え難いことまでは必要ないとされています。この最高裁判決は現在も生きていますので、配転の有効性を争う場合、労働者側としては主張に工夫を加える必要があります。

労働者側の工夫①:職種限定契約があるか

 そこで最初に労働者側が主張すべきなのは、職種限定契約となります。
 労働契約自体が職種を限定し、配転権限を否定しているのであれば、使用者は配転する法的根拠がありません。そのため、職種限定契約があればその時点で配転は無効となります。
 しかし、日本型雇用慣行では採用時に職種を問わない傾向が強いです。そのため、医師や大学教員などの特殊な職業を除いては職種限定契約は否定されやすいです。実際、今回挙げた裁判例はどちらも職種限定契約の存在を認めていません。

労働者側の工夫②:配転の必要性や違法・不当な目的はないか

 それでは労働者側が職種限定契約を主張する理由がないかというと、そういうこともありません。
 なぜなら、職種がある程度限定する運用が定着していたにもかかわらず、別部署に異動させる行為は「業務上の必要性」や「不当な動機・目的」、「著しい不利益」を推認させる事情となり得るからです。
 今回取り上げた安藤運輸事件では、原告労働者は過去、別企業で合計25年以上もの間、運行管理者として運行管理業務や配車業務に携わっており、相手方社内でも同業務にて従事していました。
 そうすると、裁判所としては、「使用者は原告の運行管理者としてのキャリアに着目して採用を決めたはずなのに、どうしてそのキャリアと関係のない倉庫業務を行なわせたのだろう?」という疑問を抱くことになります。
 そうした視点で、倉庫業務に配属された際の周辺事情を確認すると、倉庫部門の業務量は多くなく他に担当者もいる(のに、どうしてわざわざ倉庫業務に配属するのか?)、配転時点の組織図に「倉庫部」「倉庫部長」の記載がないのに、それと同時点または先日付の人員配置図ではこれらの記載がある(つまり、組織図は配転の必要性を説明するために後付けで作られたのでは?)といった疑問がさらに湧いてきます。
 そうしたことが諸々影響して、安藤運輸事件では配転無効が認められたようです。

 また、医療法人社団弘恵会(配転)事件では、いったん休止したデイケア部門が再開して新規の求人が出されているという事情がありました。
 そうすると、裁判所としては、仮にデイケアでの職種限定契約が認められないとしても、「どうしてデイケア担当で採用した原告を配属しないのだろう?」という疑問を抱くことになります。
 その上で、周辺事情を見てみると、この事件の原告労働者に対しては、配転当初、施設とは別建物で監視カメラ3台も設置されながらレポートを書いたり、介護文献の要約を行なったり、雪かきを行なったりさせられるなど、介護業務それ自体とは関係性の薄い業務に従事させられていたという事情がありました。
 そうすると、裁判所としては、この原告への配転が、「実は退職への追い込みだったのでは?」と映ることになります。結果、この事件では配転の必要性が乏しい、または必要性があっても不当な目的・動機があると判断されることとなりました。

 契約上では職種が完全に限定されてはいないにしても、運用面で特定の職種での採用や使用をしていたという場合、それを変更する取扱いについては、配転に至った事情とも相まって、業務上の必要性や動機の妥当性を疑わせる事情として作用することがあり得るわけです(個人的には、安藤運輸事件でも動機の不当を認めてもよかったように思われます。)。

まとめ

 以上のように、労働者側としては、運用面で特定の職種での採用や使用の実態があったという場合には、その点を強調して業務上の必要性の欠如や動機の不当性を追及することになります。そして、今回取り上げた2つの裁判例は、そうした活動により配転が無効となり得ることを示した貴重な事例であったと考えます。
 配転については、解雇・退職勧奨が難しい場合における追い出しのための方便として用いられることが疑われるケースが少なくありません。その中で、このような判決が出されたことは非常に心強く感じるところです。

 翻って、使用者側は、幅広い配転権限が新卒一括採用・年功序列主義を基礎として認められてきたことを再認識する必要がありそうです。すなわち、日本型雇用慣行が通用しない職場、例えば特定の専門性や能力を見込んで労働者を中途採用していた場合や、企業内において過去に配転を実施したことがないという場合には、配転が無効とされるリスクが高くなると考えておく必要があるように思われます。
 使用者としては、これらの裁判例を他山の石として、慎重に配転を行なってほしいところです。

 今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。

その退職意思、本当に真意?

これまで当ブログでは、何回かにわたり「解雇は難しいよ」という話をさせていただきました。使用者の方々にとっては非常に耳が痛い話だと思います。
 ところで、こうも解雇が難しいと、「だったら自主退職させればいいじゃん!」というアイディア(?)が浮かぶかもしれません。
 今回は、それもダメですよという話をさせていただきます。

労働契約の終了についての整理

 最初に、労働契約の終了をめぐる法律関係を考えるに当たっては、いくつかの概念を整理しておく必要があります。
 無期雇用を前提にお話をすると、使用者側から契約を解除する場合を「解雇」、労働者側から契約を解除する場合を「辞職」、労使双方の合意で契約を終了する場合を「合意退職」と整理することが多いです。
 このうち、解雇については労働者側の意向を無視して行われる契約解除であることから、解雇権濫用法理(労働契約法16条)による厳しい規制が明文で設けられています。

労働者側からの解約については明文上の規制がない

 これに対して、辞職と合意退職については、労働者自身の意思で行われる契約解除であることから、そのような厳しい規制はありません。
 それどころか、辞職については、労働者の職業選択の自由を保障する観点から、退職の自由を広く認めるべきであるというのが法制度上の建前です。
例えば、労働者側からの随意の解約申入れ(民法627条1項)や事前提示された労働条件の差異を場合の即時解約権(労働基準法15条2項)は、労働者側における退職の自由の尊重の表れといえます。
 しかし、労働契約の終了原因を解雇とそれ以外とに分け、前者にだけ厳しい規制をかけるという方法は、労働問題を取り扱っている弁護士としては強い違和感を覚えます。
 というのも、冒頭でも述べたような、「解雇が無理だから自主的に退職させよう」という使用者が少なからず存在するからです。そして、使用者側から退職勧奨された場合、労働者側も唯々諾々と退職届を提出してしまうということも少なくありません。
 このような場合に、辞職、あるいは合意退職だから何の規制もかけられないよね、ということになると解雇規制の抜け道に使われることは必定です。
 そこで、最近では労働者側からの辞職や合意退職の申込みに対しても、その有効性を制限的に考える裁判例が登場するようになっています。

「明確な意思」の要求

 最近の有名裁判例では、博報堂事件(福岡地判令和2年3月17日)がこの点についての判断を行っています。
 この事件は、1年の有期雇用を29回にわたって更新してきた後に雇止めがされたため、「雇止め法理」に基づきその雇止めの無効を争った裁判です。結論としては労働者側の勝訴で終わっています。
 ところで、この事件では、労働者側から使用者側に対して、「平成30年3月31日以降は契約を更新しない」ことが明記された労働契約書が差し入れられていました。しかも、判決では、労働者側はこの契約書の内容を十分に理解した上で署名押印したことが認定されています。
 それでも、判決は労働者側が労働契約を終了させることについて「明確な意思」がないと判断しました。判決は、その理由として「雇用契約を終了させることは、その生活面のみならず、社会的な立場等にも大きな変化をもたらすものであり、その負担も少なくないものと考えられる」ため、「雇用契約を終了させる合意を認定するには慎重を期す必要があり、これを肯定するには、原告の明確な意思が認められなければならない」というものを挙げています。
 要するに、労働者側から会社を辞めることへの同意を書面で得たとしても、それが労働者側の本心から出たものと認められなければダメというものです。

「合理性」と「客観性」の要求

 では、この「明確な意思」とは、どのような基準で判断されるものでしょうか。この点については、山梨県民信用組合事件最高裁判決(最小2判平成28年2月19日)が参考になると思われます。
 この事件では、賃金・賞与額を減額する改定を行った就業規則の有効性が争われましたところ、対象労働者たちは当該変更内容を承知の上でその変更に同意する旨の書面を差し入れたという事情がありました。
 しかし、最高裁は結論として当該同意の効力を否定しました。
 その際、最高裁が用いたロジックは、「労働者側は労使のパワーバランスで不利益な労働条件変更も受け入れてしまいがちである、なので、その有効性については同意の内容や同意書が作成されるまでの経過、事前の情報提供の有無といった外部状況から判断して「合理的」と「客観的」に認められるかで判断する」というものでした。
 先にも書きましたとおり、この山梨県民信用組合事件は、労働契約の終了場面について述べた事例ではないため、その論理を直ちに辞職や合意退職に当てはめられるとは限りません。しかし、労働契約の終了とは、労働者にとっては収入の途が閉ざされることを意味することからすれば、なお一層最高裁の考えが妥当するということもできます。
 そして、近時の裁判例は、単に退職届や退職合意書が提出されればOKとするのではなく、当該書面が提出されるに至った経緯といった外部状況を重視する(その上で、退職する真意はなかったと判断する)傾向が強くなっています。先の博報堂事件も、その流れのひとつと言えます。

使用者側が注意しておくべきポイント

 以上のとおり、現在では「労働者から退職届などが提出されたからもう大丈夫」という時代ではなくなりました。「あれは無理矢理書かされたものだから無効だ」と言われた場合、使用者側は敗訴する可能性を現実に覚悟の上で訴訟対応する必要があります。
 では、使用者側が注意しておくべきポイントとは何でしょうか。
 結論としては、労働者を解雇する場合と同様です。
 経営悪化で人件費を削減する必要がある場合には、会社の収支や人件費意外の経費節減策について十分に説明し、代償措置も講じた上で退職に納得をしてもらうということが必要でしょう。
 また、業務遂行や対人関係に問題があり職場環境を乱している労働者に対しては、逐次問題となる行動内容を記録化し、タイムリーに改善指導を行う、その上で、改善が見られない場合に初めて退職勧奨を行うといったことが最低限必要と思われます。
 結局のところ、簡単に人を辞めさせる方法はないということを受け入れた上で、きめ細かい社内体制を作っていくしかないわけです。

 結局、いつもと同じ結論となってしまいましたが、改めて人を辞めさせるということの重大性をこの記事から理解いただければと思います。

 今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。

【重要】法テラスの利用について

 平素より当事務所をご愛顧くださりまことにありがとうございます。
 掲記の件につきまして、今般、当事務所は、諸般の事情から法テラスに対し民事法律扶助契約の解約を申し入れました。
 つきましては、今後、当事務所では法テラスを利用した法律相談・事件依頼はお請けいたしかねますので、その旨ご報告申し上げます。
 多くの方々へご不便をおかけして恐縮ではございますが、ご容赦のほどよろしくお願い申し上げます。

【労働判例】固定残業代:ポスト「明確区分性」を目指す(大阪地裁令和2年11月27日)

今回は労働判例1248号76頁よりKAZ事件(大阪地裁令和2年11月27日)を検討します(今回の記事はある程度労働法を学習していることを前提とした内容となっています。予めご容赦ください。)。

事件の概要

 この事件は、基本給月額18万円とは別に支払われた月額5万5000円から8万3500円の「調整手当」が固定残業代として有効となるかが争われた事件です。
 被告は、「調整手当」は1日当たり10時間労働となるシフトにつき2時間分の残業代として支払ったものであると主張し、固定残業代として有効だと主張しました。
 これに対し原告は、「入社時に賃金月27万円が支払われるとしか説明されなかった」として固定残業代としての有効性を争いました。

裁判所の判断

 裁判所は、高知県観光事件(最小2判平成6年6月13日)とテックジャパン事件(最小1判平成24年3月8日)を引用し、固定残業代制として有効となるためには基本給部分と残業代部分とが「明確に区分され、かつ当該手当が割増賃金支払に変わる手当としての性格を有していることが必要」としました。
 その上で、裁判所は、原告に対する「調整手当」の説明を行なっていないこと、「調整手当」という名称が残業代を意味するとは理解しにくいことなどを理由に固定残業代制としては無効と判断しました。

判決の特徴と検討

 今回の裁判所は「明確区分性」という考え方に基づいて固定残業代の有効性を否定しています。この「明確区分性」は論者により意味するところが異なりますが、「基本給と残業代部分が計算上分かれていれば固定残業代制としてOK」というニュアンスが多分に含まれています。特に使用者側から出てくる主張です。
 裁判所が「明確区分性」の考え方を採用していることは、高知県観光事件とテックジャパン事件の判例だけを引用していること、「明確に区分」というフレーズを用いていることから把握できます。
 私個人としては、裁判所の結論には賛成ですが論理構成には問題があるように映ります。
 すなわち、最近の最高裁は固定残業代の有効性につき「明確区分性」の前段階として「対価性」の有無を検討することを求めています。その代表格は日本ケミカル事件(最小1判平成30年7月19日)です。
 同判決は、ある手当が残業への対価として支払われているか否かは「雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべき」としています。
 このように、最高裁は、固定残業代の有効性を検討するに当たり、①ある手当に残業への対価としての実態があるかを検討する(対価性)、②手当に対価としての性質が含まれている場合には、基本給と対価部分を判別できるかを検討する(「明確区分性」または「判別可能性」)、という二段構えの手法を用いています(この点については私の別記事でも記載しました。)。
 これに対し、今回の裁判所の判断ではこの「対価性」の要件は検討されていません。「調整手当」に関する説明が労働者になされていないことは「明確区分性」を否定する根拠として用いられています。
 しかし、日本ケミカル事件最高裁判決によれば、労働者に対する契約内容の説明の有無は「対価性」要件のなかで検討されるべきだと考えられます。
 また、「対価性」を突き詰めると、使用者が当たり前のように1日10時間のシフトを組んでいた点も気になります。
 というのも、使用者としては1日8時間労働の規制を免れる脱法手段として「調整手当」を用いたと考えることができるからです。そう考える場合、「調整手当」は本来基本給として支給されるべきものが固定残業代として付け替えられただけに過ぎないことになり、「対価性」から固定残業代としての有効性が否定されます。
 このように、「対価性」の要件を検討すると、固定残業代の有効性に対して深い検討ができるようになるのですが、今回の裁判例ではそこへの検討がなされなかったことに疑問があります。
 また、この裁判例では医療法人社団康心会事件(最小2判平成29年7月7日)が引用されていない点も気になります。康心会事件は「明確区分性」または「判別可能性」について議論する際には引用必須の判例です。それが引用されていないのは、固定残業代制に対する理解が古いからなのかなと疑ってしまいます。

「明確区分性」の問題

 私が、今回の記事を投稿したのは、裁判所が未だに「明確区分性」にこだわることへの危機感があるからです。
 冒頭でも述べたとおり、「明確区分性」というフレーズには「基本給と残業代が計算上分かれていればOK」とするニュアンスが含まれています。
 そのため、このフレーズに引きずられると、ある賃金が残業代としての実質を有しているかという「対価性」への検討がおざなりになってしまう傾向が生じます。
 今回の事例でも、形式的には基本給と「調整手当」は区別されていると言えなくもないので、「明確区分性」を重視する立場からは固定残業代として有効となる可能性も考えられます。
 そのため、労働者側の弁護士は、日本ケミカル事件を引用して「明確区分性」の前段階である「対価性」こそが主戦場なのだ、「対価性」を検討することなく「明確区分性」または「判別可能性」を検討することはできないのだ、としつこく論証する必要があります。
 私自身、改めて粘り強く裁判所を説得しなければならないと思い直した次第です。

 以上、今回の記事は非常に難しいものとなってしまいましたが、固定残業代制に対する理解を再確認する上で有用だと考えたので、敢えて取り上げてみました。

 今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

「無期転換権」行使のおすすめ

 先般、8月22日付のヤフーニュースで「なぜ有期雇用労働者は「無期転換」を望まないのか? 「希望する」は3割弱、厚労省調査の読み方」という記事が掲載されていました。
 労働契約法18条1項は、同じ勤務先で通算5年を超えて働くことになる有期雇用契約者に対し、使用者への無期雇用契約の申込権を与えています。
 しかし、この記事によれば、無期転換権を取得した労働者のうち、実際にその権利を行使したのは27.8%に止まっているとのことです。
 また、同記事では、弁護士が無期転換権が行使されない理由を分析しています。
 その内容を引用しますと、①「有期契約者の年齢が比較的高い」、②「無期転換権が行使できるほどの通算勤務年数がない(上限が定められている)」、③「無期転換ルールを知らない人が多いのではないか」、④「無期転換後の労働条件がわからない(企業内で無期転換後の労働条件=就業規則が整備されていない)」、⑤「無期転換後も労働条件が変わらないため、無期転換権を行使するメリットがない」、⑥「無期転換してしまうと、有期契約労働者に適用される法律(旧労働契約法20条、現行パート有期法)が適用されなくなってしまう。無期契約労働者と比較して不合理な労働条件の相違や差別的取扱いを禁止した、有期契約労働者の権利を保障する制度が使えないと考えられている」というものが挙げられています。
 確かに、これらの理由が権利行使の障害になっているのは間違いないでしょう。補足すると、無期転換権を知っていても、行使すると使用者から嫌がらせを受けるのが怖くて行使できないというパターンも相当な数であるのではないかなと思われます。
 さらに、同記事では、このような無期転換権が行使されない現状に鑑みると、制度自体の見直しが必要であるとの提言も行っています。私も同感です。
 ただ、本記事では現状の法制度を前提とした無期転換権行使のための法的主張方法について考えてみたいと思います。

雇用期間の上限が定められている場合→運用面を争う

 まず、②の「無期転換権が行使できるほどの通算勤務年数がない(上限が定められている)」という点ですが、確かに雇用契約書で更新期間の上限が定められている場合、5年を経過する前に雇止めされてしまうため無期転換権を行使することは簡単ではないと思われます。
 ただ、実際には採用時に更新上限がないと説明していたり、あるいは他の有期契約労働者が5年を超えて契約を更新されていたりするなど、制度が形骸化しているケースも見受けられます。
 そういうケースであれば、「更新上限規定は黙示の合意で廃止された」、あるいは、「形骸的な運用の結果、労働者には更新の期待が生じた」などと主張して雇止めの有効性を争い、同時に無期転換権を行使するという余地があると思われます。

無期転換後の労働条件がわからない→正社員就業規則の適用を求める

 次に、④の「無期転換後の労働条件がわからない(企業内で無期転換後の労働条件=就業規則が整備されていない)」については、むしろ積極的に権利行使をする材料にもできそうです。
 というのも、労務管理に無頓着な企業ですと、正社員用の就業規則の適用範囲を単に「期限の定めのない労働者」程度にしか定めていない所が多いと推察されるからです。
 この場合ですと、無期転換権を行使することで「期限の定めのない労働者」となる結果、正社員用の就業規則の適用対象となり、労働条件が向上する可能性があります。
 労働契約法18条1項によれば、「別段の定め」がない限り無期転換後の労働条件に変更はないのが本来なのですが、正社員用の就業規則が「別段の定め」に該当すると主張するわけです。
 このように、無期転換後の労働条件が定められていないというケースでは、むしろ労働条件が有利になることも考えられます。

旧労働契約法20条、現行パート有期法が適用されなくなってしまう→就業規則の合理性を争う

 さらに、⑥「無期転換してしまうと、有期契約労働者に適用される法律(旧労働契約法20条、現行パート有期法)が適用されなくなってしまう。」という点については、「パート有期法で不合理とされている待遇差を無期転換社員に認めるのは不合理」として労働契約法7条などを根拠に無期転換社員用の就業規則の規定を無効にするという主張が考えられます。
 このような判断手法は井関松山製造所事件(高松高裁令和元年7月8日判決)でも行われているところなので、今後同種案件があればその推移を注視したいところです。

最後に

 以上、法的に理屈を詰めていくと無期転換権は労働者側にとってかなり有利な権利であるといえそうです。
 ただ、理屈ではそう言っても実際問題として権利行使するとなれば、やはり使用者側からの嫌がらせ、特に無期転換逃れの雇止めが最大の不安材料になるでしょう。
 そこで、弁護士としては、契約期間が満了する前の段階から労働者の代理人として無期転換権を行使した上で、権利行使後の雇止めが労働契約法19条に違反して無効になることを表明しておくことが求められます。
 もし、無期転換権の対象になる人で、権利行使を迷っている場合には、一度弁護士に相談をされてみてください。
 せっかくの権利です。是非とも勇気を出して使ってみてほしいと思います。

 今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。

SNS炎上、どう対応するか

 最近、SNS上でホビージャパン社の従業員が転売行為を是認する投稿をして大炎上を起こしました。
 これに対し、ホビージャパン社は対象の従業員を「退職処分」としたようです。
 この「退職処分」とは要するに解雇だと思われますが、そうだとするとその有効性については労働弁護士的にはかなり疑問が残ります。
 また、この件に限らず、過去には飲食店店員等が不衛生な行動をとって炎上し、後に解雇されるという「バイトテロ案件」が複数回見られるところです。
 そこで、これを機に労働法的に見た場合にこれらの処分が有効なのかについて、私の見解をお話したいと思います。

いきなり解雇は疑問

 私が知る限り、「バイトテロ」案件では炎上騒動を知った企業が直ちに謝罪文をプレスリリースし、少し間をおいて対象従業員を(懲戒)解雇するという流れが多いようです。また、そのような処分を行った後で解雇無効を訴えが生じたという話は聞きません。
 ただ、実際問題いきなり解雇というのは法的にはかなりグレーかなという印象をもっています。

 前提として、ここでいう「解雇」には普通解雇と懲戒解雇の2つの種類があります。両者は労働者の地位を剥奪するという効果自体では同じですが、前者が労働者の適性・能力不足といった人事上の理由で行うのに対し、後者が社内における懲罰として行うという点ではっきりとした性質の違いがあります。
 そのため、一言で「解雇」という場合でも、まずはその解雇が普通解雇と懲戒解雇のどちらを指しているのかを特定する必要があります。この点が曖昧ですと、そもそも処分に対する検討が雑ということで解雇の効力が否定される可能性が強まります。

 その上で、このような場合の解雇は会社に対する社会的・経済的損害を生じさせたことに対する制裁として行われるものと考えられます。そのため、解雇の性質が明らかにならない場合、その解雇は基本的に懲戒処分としての解雇と判断されるのではないかと思われます。
 しかし、懲戒処分は、いわば「社内における犯罪者」としての烙印を押す行為です。そのため、労働契約法15条は、懲戒処分が有効となる場合を①使用者が労働者を懲戒することができる場合で、②当該懲戒に客観的合理性があり、かつ、③その懲戒処分が社会通念上も相当である場合に限っています。
 そのため、①そもそも懲戒処分ができるような社内ルールがない場合、②懲戒処分とするような根拠となる事実がない場合、③懲戒処分が重すぎる場合では、その懲戒処分は無効となります。また、懲戒処分は社内における懲罰という性質から、その処分を行うに際しては刑事訴訟手続に準じた手続の保障(例えば処分前に労働者の言い分を聞く「弁明の機会の付与」などの権利)を労働者に認めておく必要があります。
 そういった観点で従来の炎上案件を見てみると、処分までのスピードが早すぎるため、本当に「弁明の機会の付与」などが適切に行われたのか疑問を感じさせられることがあります。
 また、処分としての相当性について、確かに「バイトテロ」案件では原材料の大量廃棄・店内の一斉清掃・休業による営業損失といった多大な損害が発生します。そのため、懲戒処分の内容がかなり重いものになること自体は当然です。
 しかし他方で、例えば事前に十分な社内研修を行っていなかったというケースであれば使用者側にも相応の落ち度があります。特に、対象労働者が未熟な学生アルバイトであれば、一層事前教育の必要があると判断される可能性があります。それを、解雇という形で労働者のみに責任を押しつける方法をとることは使用者側に不利な事情のひとつと評価されてもやむを得ないように思われます。
 そのため、私自身の見解としては、「バイトテロ」案件であっても、対象労働者が学生アルバイトで、事前の社内教育もないまま初めて炎上案件を発生させてしまったという場合には、直ちに懲戒解雇とすることは無効となる可能性が十分にあると考えています。
 また、普通解雇の場合でも、その解雇に①客観的合理性と②社会的相当性があって初めて有効となる点では懲戒解雇に近いものがあります。そのため、普通解雇の方が懲戒解雇よりも若干緩いといっても、実際には解雇の難易度に大差はありません。
 普通解雇の場合には、解雇の理由は業務上の適性・能力に欠けるという点が中心になるのでしょうが、対象労働者が学生アルバイトという場合、初期の業務遂行能力はそれほど高いものが求められていない上に、社内教育により行状が改善する見込みも大きいと判断されると思われるので、いきなり解雇は少なくとも解雇の社会的相当性を欠くように感じられます。
 そのため、普通解雇の場合でも、やはり上記のようなケースでは解雇が無効になる可能性は十分にあると考えます。

それならどういう処分をしたらいいのか?

 ただし、「バイトテロ」が企業に対し社会的・経済的に大損害を与える行為であることに間違いはありません。そのため、対象労働者にはかなり重い社内処分を行うことはむしろ当然であると考えます。ただし、その場合でも、対象労働者には十分な手続保障をする必要があります。
 そこで、仮に私が事前に会社側から相談を受けたとしたら、まずは懲戒の対象となる行為の日時・場所・行為・損害の内容を特定したうえで、本人たちから事情聴取を行い、候補となる処分内容を決めた上で、再度本人たちに懲戒の対象となる事実を告げ、本人たちの言い分を聴き取り、最終処分を判断するよう助言するでしょう。また、懲戒処分の種類については会社の損害の程度や事前の教育機会の有無やその内容などを考慮し、出勤停止処分を上限に選択するよう指導すると思われます。
 その上で、対象労働者が性懲りもなくさらに別の問題を生じさせたら、いよいよ解雇を検討するというプロセスをたどることになります。

なぜ解雇無効の問題が起きないのか

 このように、炎上案件の解雇の有効性には疑問が感じられることが少なくありません。しかし、実際問題として、この手の案件で解雇無効の紛争が起きたという話は聞かないです。
 その理由は、①やっている行為と結果自体は悪質で重大であるため、対象労働者も神妙になっていること、②この手の事案では多くの対象労働者が学生アルバイトであるため、退職に特に抵抗を感じないことにあるのではないかと推察しています。
 そのため、同種案件で他社がやっているからということで横並びに(懲戒)解雇を基本方針に据えることは労務管理上のリスクが大きいように思われます。

ホビージャパンのケースはどう考えるか

 翻って、今回のホビージャパン案件の退職処分についてはどう考えればよいでしょうか。
 今回、問題を起こした社員は正社員で勤務歴もある程度あるものと推察されます。そうであれば、SNS上で拡散してよいメッセージか否かは社会人の常識に照らし自分で判断可能だったとはいえるでしょう。
 他方で、仮に正社員で勤務歴も長いということになれば、会社から得られる給与で一家の生活を成り立たせているということであり、その地位をいきなり剥奪する不利益は極めて大きいものがあります。そのため、ホビージャパンのケースでは少なくとも解雇の相当性を逸脱しているように思われます。
 しかも、ホビージャパンの案件は現時点で会社に明らかな経済的損害が発生したともいえず、「バイトテロ」案件よりも悪質性が数段劣っています。
 そのため、ホビージャパンのケースでは、今回の退職処分(という名の解雇)の有効性が争われた場合、かなり会社側に分が悪いように思われます。
 使用者にとっては素早い判断で断固たる処分が必要だとは十分承知しているところですが、「バイトテロ」案件の「一般的な」処理方法を鵜呑みにするのではなく、まずは事前に弁護士に相談してほしいと願うところです。

 今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

契約社員は意外とクビにできない

 前回の「試用期間」に引き続き、労働契約の終了場面の問題として「契約社員」について取り上げます。
 なお、「契約社員」とは一般的に雇用期間の定めがある労働者のことを指します。法律用語ではないのですが、この言葉の方が聞き慣れているということの方が多いと思いますので、「契約社員」という言葉で統一します。 
 今回は、「契約社員の解雇・雇止めは結構難しいですよ」という話です。
 使用者側からすると、この話は意外かもしれません。なぜなら、使用者側からすれば「いつでも好きなときに労働契約を終結できる」という点が雇用の調整弁として魅力的に映るからこそ、有期雇用を選択しているはずだからです。
 確かに、正社員が世帯収入のほとんどを担い、契約社員は家計補助的立場に過ぎないという時代であればそのような考え方でも通用したかもしれません。
 しかし、現在は契約社員が世帯収入の中心を担うということは珍しくありません。
 そのような中、その労働契約を簡単に終了させられるとなると、労働者側の生活は大変に不安定なものとなってしまいます。
 そこで、法律や判例は契約社員の地位をある程度にしても強く保障するようになっています。
 以下では、法律や判例の考え方を簡単に説明します。

契約期間中の解雇は正社員よりも難しい

 まず、契約期間中に限って言えば、契約社員の解雇は正社員よりも難しいです。
 すなわち、正社員の場合の解雇については「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と定められています(労働契約法16条)。
 他方、契約期間中の契約社員については「やむを得ない事由」がなければ解雇できないと定められています(労働契約法17条)。
 そして、この「やむを得ない事由」とは、「客観的に合理的」で「社会通念上相当である」という場合よりもさらに厳格に解釈すべきとされ、期間満了を待たずに直ちに契約を終了させざるを得ないような重大な事由でなければならないと考えられています。
 そのため、契約期間中の解雇に関しては契約社員は正社員よりも難しくなるのです。

契約期間満了後も「雇止め法理」が適用される

 次に、約束上の労働契約期間が満了したとしても、ケースによっては「雇止め法理」により契約の終了が認められない場合があります。
 本来、契約期間が定められた労働契約は、その契約期間が満了した時点で終了するのが基本です。使用者側が改めてその労働者と労働契約を締結するのはもちろん自由ですが、それを拒絶することも原則として自由です(この契約更新の拒絶を一般に「雇止め」といいます。)。
 しかし、この原則を貫徹すると、生活が非常に不安定となる労働者が発生します。また、使用者側としても名目は有期雇用としつつ、実質的には長期にわたって雇用をし続けているという場合も少なくありません。
 そこで、労働契約法19条は2つのパターンに分けて「雇止め」を制限するための「雇止め法理」を定めています。この「雇止め法理」が認められた場合、使用者側は労働者側からの労働契約の申込みを承諾する義務が生じます。
 結果、使用者側は引き続き労働者に対して賃金を支払い続けなければなりません。

 この「雇止め法理」の1つ目のパターンは、労働契約が反復継続して更新していたケースで、その雇止めが実質的に正社員への解雇と同視できる場合です。ただ、こちらのパターンは裁判例で認められることは多くありません。
 2つ目のパターンは、契約期間満了時に契約社員がその労働契約が更新されると期待することに「合理的な期待」があるという場合です。
 たとえば、使用者側が何度も労働契約を更新していた場合や、契約開始時に契約更新を前提とした労働契約書が作成されていた場合などです。
 このようなことは特に中小企業だと結構あてはまるケースが多いです。そのため、裁判所は結構な割合で「合理的な期待」を認めます。
 そして、この「合理的な期待」が認められる場合、使用者側は、その雇止めが「客観的に合理的」で「社会通念上相当」なものでない限り、その契約社員との間で新たな労働契約を締結する義務を負います。すなわち、「合理的な期待」が認められる場合、契約社員は正社員に匹敵した強い地位が保障されます
 そのため、使用者側は契約期間が満了したからといって簡単には契約社員との労働契約を終了させることはできないのです。

最後に

 以上、契約社員を解雇するのは意外と難しいという話をしました。
 使用者側としては、人件費は固定費のなかで最も大きな支出のひとつであるため、経営状況が悪化すると真っ先にこれを削減したいという誘惑にかられます。
 しかし、いつも述べていることですが、労働者は使用者から得る賃金を糧に日々の生活を維持しています。そのため、労働者にとって職を失うということは文字どおりの死活問題になります。だからこそ裁判所も、いざ問題が生じた場合には労働者側に有利な判決を出す傾向があるのだと理解しなければなりません。
 苦しいときこそ手順を間違えないこと、少しでもトラブルになりそうな気配があればすぐに専門家に相談すること、いずれも難しいことですが是非実践していただきたいと思います。
 
 今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

試用期間は「お試し期間」ではありません

 

 昨今の厳しい経済情勢のせいか、新規雇用をめぐるトラブルをチラホラ聞くようになりました。そこで、今回は新規雇用のトラブルの代表格である「試用期間」をテーマにお話をしたいと思います。

 ところで、そもそも「試用期間」とは何なのでしょうか?

 この質問をすると、結構な割合で「お試しの雇用期間」という回答が返ってきます。「お試し」なので、何となく態度が気に入らないとか、社内での協調性に欠けるといった理由で本採用を拒否できると考えているのです。
 しかし、これは大きな誤解です。

 というのも、「試用期間」とは、一般的にはいったん正規従業員として採用しつつ、一定の期間、素行・健康・勤怠などをチェックした結果、従業員としての適格性を欠く場合に、例外的に本採用を拒否できる制度を意味することが多いからです。

 このうち、この「いったん正規従業員として採用している」という点がポイントです。
 なぜなら、いったん労働者との間で無期の労働契約を締結している以上、本採用を拒否するためには解雇の要件(労働契約法16条)を満たす必要があるからです。
 その結果、本採用拒否は例外的な場合にしかできないという結論になります。
 具体的には、「採用決定後における調査の結果により、または試用中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合」で、労働契約を続けることが適当でないといえる場合でなければ本採用を拒否できません。

 そのため、例えば対人コミュニケーション能力が多少不足している程度では本採用を拒否することはできません。そのような能力の有無は面接段階で審査できるからです。
 また、業務遂行能力についても、「他の従業員よりも物覚えが悪い」という程度で本採用を拒否するのはNGです。その程度であれば本採用後に教育を施せばよいからです。

 このように、「試用期間」については、使用者側の理解と法律論との間に大きなギャップがあります。
 その結果、使用者側が「試用期間」の意味を誤解したまま安易に本採用を拒否してしまい、その後に解雇無効訴訟をされてしまうというケースが多く見られます。その場合、使用者側は非常に厳しい対応を強いられることを覚悟しなければなりません。
 なぜなら、使用者敗訴の場合には労働者の復職と復職までの間の賃金支払を義務づけられることになりますし、和解をする場合でも数百万円単位の支払が必要となることも十分あり得るからです。

 このような結果にならないために使用者側が注意すべきことは1つです。
 それは、いったん入社を許した以上、簡単に労働者を解雇してはならないという基本を理解しておくことです。

 現在の厳しい状況下、多くの経営者が自身の経営を何とか維持しようと四苦八苦されているとお察しします。
 しかし、労働者側も、勤務先を1箇所に固めた以上、簡単に本採用を拒否されては生活が立ち行かなくなってしまいます。現在の情勢であれば、再就職は一層困難でしょう。
 使用者側は、本採用拒否された場合の労働者の生活状況にも想像力を働かせておく必要があります。
 今回の記事を通じて、労働者の地位を剥奪することの重さと難しさを理解していただければと思います。

 今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

国際自動車事件(第2次上告審)判決を読み直してみる

 このたび、思うところがあって国際自動車事件(第2次上告審)判決(令和2年3月30日)を読み直してみました。
 いわゆる「固定残業代」の有効性について、色々な文献を読んで混乱するところがあったので、原典に立ち返る必要があると思ったからです。

 この事件は非常に有名なので様々なところで解説がされています。ごく簡単に言いますと、この事件ではタクシー乗務員の給与を算出するに当たり

 給与額=基本給+(売上高×一定率-割増賃金分)+割増賃金

 という計算式を使っていました。しかし、この式を使うと実質的に割増賃金がプラスマイナスでゼロになってしまいます。そこで、乗務員が会社に割増賃金の支払を求めたのがこの事件でした。
 最高裁は紆余曲折の上で、乗務員の主張を認めました。

 この判決では、最高裁が「固定残業代」の有効性を検討するプロセスが述べられています。
 それは、「使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、その前提として、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である(中略)。そして、使用者が、労働契約に基づく特定の手当を支払うことにより労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったと主張している場合において、上記の判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要する」と述べる部分です。

 一見すると極めて読みにくいですが、「固定残業代」が有効となるためには、①「基本給部分と残業代部分が判別できること」、②「問題となる手当が残業代として支払われたもの」ということが必要としています。ただ、そのこと自体は従来からも同様に理解されていました。
 もっとも、その有効性の判断は①→②の手順で行うものと理解される傾向がありました(私もそう理解していました。)。
 しかし、最高裁の判決は②→①の手順で有効性を判断しろと言っています。つまり、①の判別ができるためには、その前提として基本給と残業代を区別できる必要があり、両者の区別のさらなる前提として、問題となる手当が残業代として支払われたと評価できる必要があるとしています。

 先ほども書きましたが、従来の裁判例は①「基本給部分と残業代部分を判別できるか」を判断し、その後に②「問題となる手当が残業代として支払われたか」を判断する傾向がありました。そして、①の判別ができていれば②の部分をあまり深く検討することなく「固定残業代」として有効と判断する傾向がありました。
 実質的に①の部分だけで有効性を判断する流れがあったのです。

 これに対し、最高裁は②→①の順序で検討をせよとしました。これは、②の部分への評価が甘くなっていたことへの警鐘を鳴らす意図があったのだと考えています。裁判所は「判別があればOK」と安易に考えることはできなくなりました。
 裁判所としては、問題となる手当が残業代の意味をもっているのかを、契約書や就業規則、労働者への説明内容、実際の労働時間などを通じてきちんと検討する必要があるということになります。
 また、これがOKだったとしても、基本給と残業代部分が判別できていなければNGとなります。
 結果として、「固定残業代」が有効と認められるハードルは再び高くなったといえそうです。

 この点について、使用者側の立場からはこの判決の射程を狭く捉えようという傾向があります。
 しかし、上記の最高裁の判決理由部分は「固定残業代」の有効性一般について述べておりますので、「固定残業代」が問題となる事例では幅広く使える判決理由だと思われます。
 最高裁は、労働基準法が割増賃金を定める理由について、長時間労働の抑止という点を繰り返し強調しています。その理由は、長時間労働が労働者の健康や生活を犯すからに他なりません。
 営業の自由に目配りしつつも、「固定残業代」による労働基準法の骨抜きは許さないという最高裁の姿勢が感じられます。

 行き詰まったら原典に立ち返ってみる。当然のことですが改めて大切なことだと実感した次第でした。

週休4日制は多様な働き方を実現するか?

 先般、みずほフィナンシャルグループが週休4日制を採用するとの報道がありました。
 報道ベースによると、基本給は週休3日で従来の80%程度、週休4日で60%程度になるという制度のようです。
昨今の「働き方改革」や新型コロナによるリモートワークの広まりを受けて、今後週休3日制ないし4日制を採用するという企業が増えてくるかもしれません。
 ただ、週休制の多様化は労働者の多様な働き方を実現するのでしょうか?
 この記事では、私なりに気になった点をピックアップしたいと思います。

制度導入は現実的か

 今回発表された制度は、週休3日制の場合には基本給が従来の80%に、守旧4日制の場合には基本給が従来の60%になるとされています。
 つまり、労働者にとっては賃金という最も大事な労働条件が、不利益に変更されるという側面があることは否定できません。
 そうすると、今回と同様の新制度を導入する場合、多くの企業では既存の就業規則の変更が求められることになるでしょう(なお、今回のケースでは労働組合との協議に基づいて新制度を導入するとのことなのでこの点は問題にならないと思われます。)。
 この場合、新しい就業規則が有効となるためには労働契約法10条が求める要件(労働者への周知と変更内容の合理性)を満たす必要があります。
 そして、先行判例は、就業規則の内容のうちでも賃金といった重要な労働条件を不利益に変更する場合には、特に高度の必要性・合理性が必要であるとしています(最2小判平成9年2月28日・第四銀行事件、最2小判平成9月7日・みちのく銀行事件)。
 そのため、後で新制度への変更が無効とされないためには、その制度を利用できる場合を労働者の申出や合意がある場合に限るといった内容にするのが無難でしょう(ただし、このような制度設計をした場合でも後に合意の真意性が問題となる可能性があります。)。
 このように、賃金減額を伴う新週休制度への変更は、事務手続的に煩わしい上、労働者側の理解と協力も不可欠となることから、多くの企業、特に日本で大多数を占める中小企業ではあまり現実的ではないように思われます。

パワハラの方便に使われないか

 先にも触れましたとおり、賃金減額を伴う新週休制度は、労働者の申出や合意を得た場合のみに適用するといった手当をすることが必要に思われます。
 しかし、実際に新しい週休制度を導入する企業では、使用者側の命令で制度の対象となる労働者を選択できるといった規則になる可能性は大きいでしょう。
 そして、ガバナンスが効いていない企業の場合、新制度を違法な退職勧奨の一手段として悪用することが懸念されます。
 すなわち、企業にとって不都合な労働者を新制度の対象者とすることで、新制度による減給を受け入れるか、それとも自主退職をするかの二者択一を迫るというケースが出ないかが危惧されるのです。
 また、このような運用がなされる場合、新制度の対象とすること自体が一種の劣等社員としてのレッテルを貼ることになるので、「過小な要求」や「人間関係からの切り離し」といった類型のパワハラ紛争を招くことも懸念されます。
 そのような場合、労働者側としては、新しい就業規則の無効を主張して従前の賃金との差額支払を請求したり、ハラスメントに対する慰謝料等の請求をしたりすることになるでしょう。多様な働き方・生産性向上どころか、労使ともに不毛な消耗戦を強いられることになりかねません。

最後に

 以上のように、今回みずほフィナンシャルグループが導入するとした新週休制度は法律的に考えて難しい課題があり、特に中小企業で安易に導入することは控えた方が良いように思われます。
 それでも導入を検討される場合には、制度を導入することで目指す効果は何なのか、将来的に労使間の軋轢を生じさせないかといった点を十分に顧みていただきたいと感じた次第でした。
 今回も最後までお読みいただきありがとうございました。