事務室からのつぶやき

日々の活動の中で感じたことや考えたことを不定期で更新していくブログです。
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交通事故被害者は3度泣く(2)

引き続き交通事故についてです。

被害者にとって,治療費打ち切りの話は本当に突然に来ます。

本来,被害者からすれば相手がろくな運転をしないせいでケガを負わされたわけです。ですから,当人にとっては自分のケガが完治するまで加害者や加害者が加入している保険会社に治療費の面倒をみてもらいたいと考えます。当然のことだと思います。

しかし,事故の内容によっては,何ヶ月も病院に行っているけれどもこれ以上はどうもケガが良くなりそうにないと判断されてしまうことがあります。これがいわゆる「症状固定」といわれるものです。

一般的に,この「症状固定」までの期間は交通事故でのケガの大きさに比例して長くなります(例えば,同じ骨折といっても骨折のケースと複雑骨折のケースとでは回復までにかかる時間にも差が生じますし,後遺症が残る可能性にも違いがあります。また,その後遺症についても,どのくらい大きなものが残ってしまうかについては時間をかけて判断する必要があります。)。

そして,「症状固定」までの期間が長くなれば長くなるほど,被害者は受けたくもない治療を余儀なくされたり,仕事を休まされたりすることになります。

このことから,「症状固定」までの期間が長くなるにしたがって慰謝料や休業損害といった賠償額が大きくなるという関係があります(単純に両者が比例するわけではありません)。

繰り返しますが,ほとんどの被害者の方々は理不尽な交通事故のせいで長期間の治療を余儀なくされているわけですから,その期間や残った後遺症に見合った賠償を受けられる必要があります。

しかし,本当にごく一部ですが,治療期間が長くなるほど賠償額が大きくなると考え,不必要な治療を受け続けるケースがあることは否定できません。

そして保険会社は,このような「モラル・ハザード」のケースをことのほか警戒し,できる限り早く治療を切り上げさせ,「症状固定」の時期を早めようと圧力をかけます。

また,保険会社にとっては,「症状固定」の時期が早まれば,その分支払わなければならない賠償金・保険金が安く上がるということになり,保険会社のトクということにもなります。

ここで,できるだけきちんと治療を続けたい被害者側と,さっさと治療を打ち切って賠償金・保険金を節約したいと考える保険会社の利害が対立することになります。そのとばっちりとして,本当に真面目に治療を受けていた被害者がある日いきなり保険会社から治療費の打ち切りを宣告されるという苦杯を飲まされることになるということは,前回書いたとおりです。

次回は,被害者が流す3度目の涙として,「症状固定」までの期間の違いが慰謝料や休業損害にどのような影響を与えるか,また,いかに多くの被害者が理不尽な内容の示談案を押しつけられているかについて,専業主婦の方のケースを参考にしつつお話ししたいと思います。

交通事故被害者は3度泣く(1)

今回からは複数回に分けて交通事故に関して当事務所によく寄せられる不安や相談の内容についてお話しします。タイトルにあるとおり,交通事故の被害者は3度―事故にあったとき,治療をしているとき,損害賠償額を決めるとき―泣かされるというお話です。

最初の1回目についてはイメージしやすいことだと思いますが,交通事故の被害にあうと,それまで何でもなかった日常とうってかわって,怪我で身体は痛い,仕事ができなくて収入が入らない,これからどうなるんだろうと考えるなどして肉体的にも身体的にも大きなストレスを抱えることになります。

そのような中,被害者としてはまずは治療に専念して少しでも体調を良くすることを優先することになります。この場合,交通事故の相手方が任意保険に加入していて「一括払い」というサービスを利用することができる場合,被害者は窓口で医療費を支払うことなく治療を受けることができます。

この「一括払い」とは,任意保険会社が,被害者に対し,自賠責保険会社が負担すべき分も含めて被害者に交通事故で生じた損害の賠償金を支払い,その後,任意保険会社から自賠責保険会社に立替分の清算を求めるという前提で成り立っているサービスです。

そのため,被害者側は医療費の支払は相手方の保険会社に任せて自分は安心して治療に専念してゆっくり体調を回復させていけば良いということになるわけです・・・で終われば誰にとっても良い制度なのですが,実はこの段階で相手方の保険会社との間でトラブル―治療費の打ち切り問題―が起き,それで被害者側が泣かされるということがかなり多いのです。

このトラブルは次のことが原因となって起こります。つまり,傷害の場合における自賠責保険の保険金上限額は120万円であるところ,この金額を超えて被害者に損害が生じた場合,その部分は任意保険会社が負担しなければならなくなります。そのため,任意保険会社は自賠責会社から回収できる部分については割とすんなり治療費の支払を認めるものの,治療期間が長引いて自社からの手出しが見込まれるようになると途端に治療費の負担を渋るようになるのです。

被害者側からすれば,自分の治療がどのくらい続くのか,自分の体調は本当に良くなるのだろうかと不安が尽きない中でいきなり治療費の打ち切りを通知されるわけですから,大きく動揺してしまいます。そこで,治療費の打ち切りをめぐってはトラブルが生じやすいのです。

この点について,被害者の治療にどれくらいの時間がかかるかということは,医師が症状や治療経過を見極めてからでなければ判断することはできません。そのため,被害者としては医師から必要だと判断された治療は継続しても良いし,体調回復のためにはむしろ治療を継続すべきなのです。

それにもかかわらず保険会社から被害者に対して治療やめろオーラの圧力がかかるのは,自社の負担すべき損害賠償額を「適正」な範囲に抑えたいという任意保険会社側の意図があるからです。被害者が治療を継続することで,治療費以外の面でも保険会社の負担が増えるので,それを避けたいという心理があるからなのです。

確かに,必要もない治療のために漫然と治療費を負担し続けるということは,モラル・ハザードを招くものであって許されることではありません。

しかし,他方で正直な被害者が必要な治療も本来なら得られるはずの損害の賠償も受けられないというのであればそちらの方が余程大きな問題であると思います。そして,実際にそのような正直者の被害者の数は少なくないのです。

次回以降では,この治療費支払の打ち切り問題について,被害者の苦しみと本当に適正な損害賠償とは何かについて書いていきたいと思います。

労働事件の相談先は?(2)

前回に引き続き,労働事件に関して思うところを書かせていただきます。

当事務所では解雇や残業代などの問題を精力的に取り扱っています。その理由は,人々が安心して一日一日を過ごすためには,安定して仕事があり,安定して収入を得られる状態にあることが必要不可欠であるからと考えているからです。また,きちんと働いたことについてきちんとした給料で報いることは,単に労働者の生活を保障するだけにとどまらず,その人の人間性を評価し,自信をもたせ,結果として社会全体の生産性が高まるとも考えています。

しかし,鹿児島県は霧島市という地方の小さな法律事務所の弁護士として活動をしていると,これとは真逆の状態が平気でまかり通っています。その状態をまとめると,「毎日休日返上でサービス残業。ノルマを達成できなくて減給。パワハラセクハラは当たり前。不平を言えば即クビ。当然解雇予告手当は支払われない。社宅も追い出された。ハローワークに相談したら雇用保険は未加入だと言われた。預貯金はほとんどない。・・・明日からどうしよう。」というものです。

今の日本において,一般の方々にはそのような絵に描いたような「ブラック企業」は縁がない,例外的な存在だと思われているようです。これは政府レベルでも同様みたいで,政府や国会では多様な働き方を希望する人がいるという名目で派遣法を改正し,また,今後さらに労基法を改正して高度専門職制度というものを設けようとしています。この制度が成り立つためには「自分の仕事がみんなの役に立っている!時間に縛られないで一生懸命働いてたくさんの人にの役に立ちたい!それが自分の幸せなんだ!」と考えられるだけの自信と能力が必要になるはずだと思いますが,それほどの自信家が今の日本のサラリーマンの中にどれほどいるのだろう?と純粋に疑問に感じます。少なくとも私が見聞するのほとんどの事例は,ブラック企業で酷使された結果,自分に自信を失って後一歩で何かが壊れてしまいそうになっている人が登場します。

「ブラック企業」がもたらす悪影響は,今後ひたひたと国民全体の問題として迫ってくるでしょう。とうよりも,その問題はもう目の前に迫っています。

近時では子育て世代の貧困が徐々にクローズアップされていますが,この問題も子育て世代(特にシングル・マザー)が安定した身分で安定した給料を得られる仕事が非常に少ないという点が問題を大きくしています。正規雇用のアミから外れたこれらの人々には,「ブラック企業」であることを承知で仕事をし続けるという選択肢しか与えられません。その意味で,ブラック企業問題と子育て世代の貧困問題は密接にリンクしています。日本での終身雇用・年功序列賃金がもはや神話となった現在,これを抜本的に変更して,できるだけ多くの人々が安心して安定した収入を得て人間らしい生活ができる制度を作ることは極めて困難でしょう。

話が大分それましたが,私は政治家ではありません。そのため,私はこれらの問題についてどのようにすれば解決できるかという答えは持ち合わせていません。

私ができることは,当事務所に相談に来られた方々の悩みを聴き取るとともに,皆様に代わり,弁護士として堂々と法令上認められた権利を主張するだけです。しかし,それは非常に集中力を要する作業です。

労働法の保護から外された人々は生きるか死ぬかの問題を抱えます。そして徐々に自分に対する自信を失い,将来を考えることができなくなります。そのような中で,弁護士が辛抱強く,丁寧に相談者様の労働者として認められている権利の内容とその由来を説明します。最初は恐怖や不安で私の説明など理解することはできません。それでも,時間をかけて相談を重ねることでゆっくりと自分の意志を取り戻します。最後には,自分の労働者としての意見―自分は会社に残るにふさわしい,残業代をもらうだけの貢献をしている―をもつようになり,ようやく勤務先に対して法的請求を行えるようになります。

このような,本来あるべき法的請求をすることで,労働者はようやく自分が人間であることを思いだし,人生を再出発することに展望をもつことができるようになります。

以上のとおり,弁護士は社会のミクロの部分で解雇や残業代などの労働紛争を通じ,労働者の人格を回復させることができる唯一無二の資格であると考えています。一地方事務所の一弁護士でしかない私ができることは非常に限られています。しかし,個々の弁護士が労働者の一人一人に法的な救済を充てること,そして,その事例を集積させていくことが,本当に必要な労働法制の策定と,それによる社会内の生産力の増強をもたらすものであると信じています。

そのため,解雇・残業代その他労働に関する悩みをおもちのかたは,まずは当事務所まで御連絡いただければと思います。

最後に,ブラック企業の話ばかりしましたが,時折びっくりするほどホワイトな企業における事例を見聞することがあります。折を見てそのような事例が人々や社会にもたらす影響についても記載したいと思います。

労働事件の相談先は?

当地で事務所を始めて以来,特に労働者側の立場で労働関係の相談を受けることが増えました。

また,弁護士ドットコムの「みんなの法律相談」においても,労働関係の相談は多く寄せられています。

その中で,私が特徴的だなと思った点が2つあります。

1つは,大抵の相談者が,弁護士事務所に来られる前に労働基準監督署へ相談に行っているという点です。

2つ目は,相談者の期待に反して労基署があまり熱心に活動してくれないという点に不満をもたれる方が多いという点です。

このことは,以下の2つの理由から生じる現象と思われます。

まず第1に,労基署は行政の機関であって,私人間の個別の紛争を処理する役割はないということをほとんどの方が知らないという理由です。

労基署は,労働基準法その他の法令違反があった場合には警察と同様に強制的な捜査ができる権限をもっています。しかし,そのような権限は飽くまで犯罪の検挙し,公益を守るために行われるものです。基本的に労基署は相談者個人のために企業と闘って未払賃料を請求したり解雇無効を主張したりできる立場にはありません。警察の「民事不介入」の考え方が労基署にも当てはまるわけです。

これは,労基署に求められる役割からすれば当然であり,やむを得ないところです。ただ,相談者にとっては労基署は労働者の味方だと思って相談に行かれるわけで,そこで知る労基署の能力の限界には大きく落胆をさせられます。

ここで,第2の問題として,それでは相談者はどこに相談に行けばいいのか?という点です。この問題は第1のそれよりもはるかに大きな問題です。

本来であれば,ここで「弁護士事務所です!」と自信満々に言えればいいわけですが,現実はそうはいきません。

なぜなら,相談者には弁護士に相談をするという発想が抱けないからです。

相談者の皆様は,大抵,まずは会社と直接交渉→労基署に相談→弁護士に相談,というプロセスを経られて法律事務所にたどり着かれます。そして,弁護士に相談に来られるまで,相談者はひとりで会社の勝手な言い分と闘わなければなりません。悩んだ末にたどり着いた労基署でも問題が解決できないとなって,それでも納得できないと気力を奮い立たせて,ようやく「弁護士に相談しよう!」という発想となるわけです。

逆に言えば,この過程で気力が尽きて諦めてしまうという方々もいらっしゃいます。そして,その数は弁護士に相談に来られる方よりもはるかに多いはずです。

こうして,「ブラック企業」は今日も元気に活動し,その裏で多くの労働者が涙を飲まされるという状況が許されてしまっています。

では,なぜ「弁護士に相談する」という発想を抱けないのか?

やはり弁護士側から国民に向けてのアピールが全般的に弱いからだと思われます。

ではどうすれば国民全体へのアピールができるのか?

残念ながら今の私の頭では画期的なアイディアは思い浮かびません。

弁護士による広告規制が緩和されてから大分経ちますが,テレビやラジオで労働事件をCMするというのは聞いたことがありません。一時は未払賃金事件が過払い金事件に取って代わるという話がありましたが,現在のところはそうはなっていません。

広告で宣伝されるのは,今でも過払い案件か,せいぜい交通事故案件くらいでしょう。労働事件はどうしても定型的に処理できない部分があるため,コストに見合った利益が出せないのだと思います。

弁護士会などは時折市民向けに無料法律相談会などを開きますが,国民への訴求力は大きくありません。

ワタミの過労死事件のように,大きな事件であればインパクトも大きいですが,あれは極端な事例だからニュースになったのであって,どれほどの方が現実感をもってあの事件を受け取ったかは分からないところがあります。

結局,現時点では個別の弁護士の正義感に期待してアピールするということくらいしか方法はないということでしょうか。

現在は,弁護士が大きく増えている時代ですので,あるいはこうしたアピールの数も多くなるかも知れません。

弁護士全体としては,パイが限られている事件の取り合いで疲弊していくのは苦しいところです。しかし,それで新しく事件が発掘できれば最終的には国民全体の利益にもかなうのかもしれません。

地方の一弁護士でしかない私には,いずれそうなることを期待しながら,依頼を受けた一件一件を適切に処理していくことで,依頼者と市民の信頼を獲得していくことしかできません。

ただ,そのことを通じて少しでも国民の一人一人が「弁護士に相談する」という発想をもっていただければありがたいと思っています。

大晦日を迎えて

ここしばらくさっぱり更新ができなくて申し訳ありませんでした。

おかげさまで,当事務所は開所1年を何とかクリアできそうでホッとしています。

 

こうして無事に新年を間近にして思い返すと,今年は本当にあっという間にすぎた1年でした。

私個人としては大変忙しいでしたが,依頼者の皆様から直接お話を伺うことができたことは実に貴重な1年でした。

それと同時に,弁護士とは目の前の現実に悩む人々の声を聞き,顔を見て,少しだけでも希望をかなえることができるという仕事なのだと実感した1年でした。

これもひとえに私を信頼してくださった皆様のおかげであったと感謝しております。

来年も弁護士として何ができるかを自問自答しながら皆様の基本的人権を保障するために邁進していきたいと思います。

 

特に,今月は生活保護基準引き下げの違憲訴訟に原告訴訟代理人の一員として参加させていただくことができ,今後の弁護士人生にとっての貴重な一里塚になりました。私の故郷である鹿児島で,このような国民一人一人の生活に直結する訴訟に関与することができるのは,私の人生にとって無上の喜びです。

この訴訟については,頭の裁判所を説得する意味でも,国民の皆様に訴訟の意義を理解していただく意味でも,非常に長く険しい道のりとなりますが,貧困というそこにある現実で苦しむ方々の生々しい現実を理解していただくべく努力して参りたいと思います。

 

また,本年はいわゆる「ブラック企業」とは何かを垣間見ることができた年でした。

私とほぼ同じ年代の方々が「ブラック企業」に就職し,そこで良いように使い倒され,最後には人生で一番大切な時間をつぶされた,そのような不条理に憤った1年であり,それと同時に,そのような方々がなかなか弁護士に相談に来ることができないという現実に非常にもどかしさを感じた1年でした。

 

来年は,私自身もより法律専門家としての自覚をもって知識とスキルを習得していくとともに,一国民として皆様の抱える悩みに真摯に耳を傾けて参りたいと考えております。それと同時に,悩みを持たれる方々により身近に弁護士という存在を知っていただくために何ができるのかということを問い続けて参りたいと思います。

 

このように色々とご託を並べて参りましたが,来年も自分にできることを精一杯やり遂げて参りたいと思いますので,皆々様におかれても何卒御協力のほどよろしくお願い申し上げます。