事務室からのつぶやき

日々の活動の中で感じたことや考えたことを不定期で更新していくコラムです。 是非立ち寄ってご覧ください。

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【判例紹介】有期雇用について定めた労働条件通知書の効力を否定し解雇無効を認めた事例

 当事務所では労働事件を主要な業務の1つとしております。
 このたびは皆様に当事務所の存在を知っていただくとともに,私自身もより法律への理解を深めていきたいと考えたことから,この場を借りて興味深い判例を紹介することにしました。
 内容的に難しい部分もあるかもしれませんが,徐々に慣れていきたいと思いますのでお目通しいただければと思います。
 今回紹介するのは社会福祉法人佳徳会事件(熊本地裁平成30年2月22日判決・労働判例1193号52ページ)です。

 案件の内容を簡潔に言いますと,あるNPO法人の運営していた保育園が存続の危機に陥ったため別の社会福祉法人にその事業を引き継いだところ,その新法人が従前より勤務していた保育士を解雇したため,保育士側がその解雇の無効などを主張したという事案です。
 この裁判では結論として解雇が無効とされましたが,その論理構成が面白く今後の業務にも参考になると考えたので紹介させていただきます。

 この事例では,主な争点として①NPO法人が保育士と締結していた労働契約(雇用期間の定めなし)の内容がそのまま新法人にも引き継がれるか。②仮に労働契約がそのまま引き継がれないとした場合,保育士と新法人との間では無期雇用が成立したか,それとも有期雇用が成立したに止まるか。③保育士に対する解雇の理由はあるのか。といったことが問題となりました。

 ここで,どうしてこれらの点が争点になったのかというと,保育士と新法人との間の労働契約に雇用期間の定めがない場合,新法人側は法律が定める解雇理由がない限り保育士との労働契約を終了させられず,したがって保育士に給与を支払い続ける必要が生じるからです。
 これに対し,労働契約の内容として雇用期間が定まっている場合,原則としてその期間の終了をもって労働契約は終了となるため,法人側は保育士に給与を支払う必要はなくなります。
 そして,今回の場合保育士は社会福祉法人との間で有期雇用を許す雇用条件通知書にサインをしてしまっていたという事情がありました。そこで,保育士側が無期雇用の成立を主張するために上記①と②の点を争点にする必要があったのです。

 これに対しての裁判所の判断ですが,①については新法人への労働契約の引き継ぎは認めませんでした。その上で,②については雇用条件通知書の記載にもかかわらず無期雇用の成立を認め,その上で雇用条件通知書は労働条件の不利益変更であり,労働者側の自由な意思による同意がないため無効であるとし,最後に③保育士側には解雇理由がないので解雇は無効と判断しました。

 この事件で論理構成が面白いのは②の点についてです。
 先にも書きましたように,この事例では有期雇用を認める雇用条件通知書にサインをしていたため,一見すると雇用期間のある労働契約が成立しているように見えます。
 しかし,裁判所はこの点につき,新法人側が雇用期間の有無について事前に保育士側に説明していなかったこと,保育士はNPO法人時代には無期雇用で勤務しており,新法人引継後も同様の雇用条件で勤務することを希望していたことなどを理由に新法人と保育士の間の労働契約は無期雇用であるとしました。

 そうすると,雇用条件通知書へのサインは,いったん成立した無期雇用を有期雇用に変更するものとなります。
 ここで,労働契約法8条は当事者が同意をすれば労働条件を変更することができるとしています。しかし,労働条件の不利益変更に関しては,労働者側が自由な意思に基づき当該条件変更を受け入れたと客観的に認められる場合にだけ同意の効力を認めるという慎重な姿勢がとられています(最小第2・平成28年2月19日判決・山梨県民信用組合事件を参照)。
 その上で,本事件では一般に有期雇用は無期雇用よりも不利な内容の労働契約とされていることから,保育士側が自由な意思で有期雇用への変更を受け入れたかどうかが問題になると扱い,最終的に有期雇用への変更を認めませんでした。

 以上のように,本事件は雇用条件通知書へのサインという保育士側にとっては非常に不利な事情があったにもかかわらず,新法人への勤務が開始するまでに至った経緯を詳細に認定することで無期雇用の成立を認め,その上で有期雇用という労働条件の不利益変更が認められるかという論理を組み立てた点に恣意的な解雇の抑止に対する強い姿勢を見ることができます。
 そして,本事件のような雇用条件通知書を作成する前の経緯を重視するという考え方は,求人情報と実際の雇用条件が違うという「求人詐欺」にも応用ができるものと考えられます。
 このように,雇用条件通知書や雇用契約書にサインを迫られた場合でも,場合によっては不利な状況を覆せることもありますので,雇用条件に疑問がある場合は弁護士に相談されることをお勧めいたします。

 以上のような形で,今後は不定期に判例や弁護士業務の内容などについて配信してまいりたいと思いますので,皆様におかれましてはよろしくお願い申し上げます。

医療従事者と残業代

本当に早いもので,今年もあと数時間でおしまいです。

今年も日々の業務に追われるばかりでなかなか記事の更新ができませんでした。

 

そんな中,今年は7月7日に最高裁で医師の残業代に関する重要な判例が出るなど医療従事者の労働問題については結構重要な1年になったのではないかと思います。

来年は,医療従事者の労働環境が健康保険制度を巻き込んで様々な議論を呼び起こすかもしれません。

今回は,この点について思ったことを書きたいと思います。

 

まず,先に挙げた7月7日の最高裁判決の内容について説明しますと,この事例では高額年俸(年俸1,700万円)が保障されている医師が残業代を請求できるかという点が問題となりました。

 

この点,1審と2審は,「残業代は年俸1,700万円の中に織り込み済み」という考えで医師側の請求を認めませんでした。

 

しかし,最高裁は「〔年俸1700万円の内訳について〕時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされていなかった」ことから,「年俸について,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することはできない」ため,年俸の中に残業代は含まれてはいない。そうである以上,病院側は残業代を支払わなければならないとしました。

 

この「基本給と残業代の部分を明確に区別できない場合には固定残業代制は無効」という考えは,実は以前から固定残業代制の有効性を判断する際に用いられている判例上の基準でした。7月7日の最高裁判例は,この基準は高額年俸が保障されている医師の場合にも同様に適用されると判断した点で重要な意味がありました。

 

この最高裁の判決により,医師は広く残業代が請求できるようになる一方で,病院側としては医師に支払う残業代が青天井になるリスクが大きくなったといえます。その理由は次のとおりです。

 

まず,①当直勤務がある医師の場合,その当直時間の全てが残業時間とされ,その時間に対応した残業代を支払わなければならなくなる可能性があります。

なぜなら,医師の当直とは頻繁に誰かしらから呼び出しがあるものであり,その場合にはいつでも患者の元に駆けつけなければならない立場にあるからです。

このような場合,医師の当直時間は,仮にその医師が実際には仕事をしていなくても労働時間として扱われることになります(これを休憩時間と分けて「手待ち時間」といいます。)。

その結果,病院側は医師の当直時間について各種の割増賃金を支払わなければならないことになります(なお,当直制勤務については労働基準法41条3号という例外がありますが,これも簡単には適用できないため結局残業代の支払い義務を免れないケースが見受けられます。)。

 

また,②医師の場合,そもそもの基本給が高いため,割増率を乗じると一層残業代が高額化します。

 

さらに,③病院側で電子カルテが導入している場合,医師がカルテに書き込みを行った時間を改ざんすることは簡単ではありません。このような場合,医師側は労働時間を証明しやすいという特徴があります。

 

加えて,④病院が残業代訴訟で敗訴した場合,医師側は診療報酬請求権を差し押さえて残業代を回収することが可能です。この場合,病院側は単に残業代の支払わされるだけではなく,社会的にも大きく信用を失うことになります。

結果,病院側としては裁判で認められた残業代を実際に支払わざるを得ません。

 

以上のように,医師側から残業代を請求された場合,病院側は非常に大きな経済的負担と社会的制裁を強いられることになります。

 

ところで,残業代が問題になるのは何も医師だけではありません。看護師,薬剤師,理学療法士,作業療法士などの各種の医療従事者たちも,1日8時間,週40時間労働(一部小規模の医療機関だと週44時間)を超えれば残業代を請求できるのが基本です。

そのため,病院側はもし1件でも残業代トラブルを起こすと,次から次へと残業代の支払いに応じなければならないということになります。

 

したがって,医療従事者の残業代請求は,実は弁護士にとって結構な「鉱脈」になるのかなと考えています。

 

ただ,もし日本における全ての医療従事者たちの人件費を労働基準法の規定どおりに算出したとしたら,果たして日本の健康保険制度は維持できるのだろうか,という懸念は感じます。

なぜなら,現状,日本の医療従事者の方々が残業代を問題化しない理由は,他の職業に比べてまだしも安定した雇用が保障されているからに過ぎないと考えるからです。

 

そのため,今後日本の経済事情が暗転し,医療従事者たちの雇用の安定が脅かされた場合,その人たちは日々の生活の糧を確保するため,自らの切り札としての権利を行使する可能性は大いにあると考えます。この場合,残業代を求める医療従事者側と,その費用を健康保険料として負担する国民側との間では葛藤が生じることは免れません。

 

このような次第で,医療従事者の残業代問題は,健康保険制度全体をも揺るがす大問題になる可能性を秘めていると思います。しかも,その問題の火種は来年にも爆発するのではないかと考えたりするのです。

 

そんなときに,自分は何をできるのだろうか,そんなことを考えている年の瀬でした。

 

年末に物騒なことを書きましたが,次の一年も平和な時間になることを願うばかりです。

 

来年も当事務所をよろしくお願い申し上げます。

証拠の「強さ」と「固さ」

何と言っても裁判では出せる証拠で勝負が決まります。

もちろん相性のいい裁判官に巡り会うとか、弁護士の弁論能力が高いとかの要素も多少は裁判の行方を左右します。

しかし、証拠がなければ議論の土台すら作れません。

というのも、裁判官は

証拠で何が分かるか→分かった事実でどのような法律が適用できるか→法律を適用した結果どのような請求が認められるか

という思考で結論を出すからです。

 

日本の裁判では証拠は当事者が用意するのがルールとなっています。

裁判官が一方当事者だけに肩入れをすることは不公平になるからです。

そうなると当たり前ですが、「で、どういう証拠があればいいんですか?」という話になります。

 

それが分かれば誰も苦労しませんが、私自身が意識しているのは証拠の「強さ」と「固さ」です。

 

「強さ」とは、「その証拠で何を証明できるのか?」という視点です。

 

不貞慰謝料を例として、不貞相手が「私は●月●日にどこそこのホテル肉体関係をもちました。」と自白している場合を想定します。

この場合、不貞相手の自白が真実である限り、不貞関係があったということができます。

その意味で、この自白はそれだけで肉体関係の存在を証明できる「強い」証拠ということができます。

 

他方、夫が女性とラインで下ネタトークを繰り広げているという場合、そのラインのやり取りだけで直ちに肉体関係の存在を証明できるわけではありません。

この場合には、そのラインのやり取りが非常に頻繁であるとか、休日には必ずデートに行っているとか、キスをしている現場を目撃したなどの事情の兼ね合いがあって初めて肉体関係が認められます。

その意味でこのラインデータは不貞相手の自白に比べれば「弱い」証拠となります。

 

次に、証拠の「固さ」とは、その証拠の内容が時系列で役に立たなくなる可能性の大小の問題です。

 

先ほどの不貞慰謝料の例だと、確かに「私は●月●日にホテルどこそこで肉体関係をもちました。」という自白は、それが正しければ不貞は間違いなしということになります。

しかし、この自白は人間の言葉が情報源となっています。そして、人間の発言とは、いろいろな事情で内容がコロコロ変わるものです。

 

例えば、先の自白の場合、「いや、私はそんなことを言った記憶はない。」とか、「確かに不倫を認める発言をしたけれど、あれは奥さんから無理矢理言わされたんだ。」などの弁解が出てくることがあります。

この場合には、どのような経緯で自白をするに至ったかという経緯や、周囲の状況が問題となります。長時間にわたって問い詰めたり、自白しないと周囲に言いふらすといったような脅迫がある場合、その自白は記憶のとおりの発言なのかが怪しくなり、果たしてすぐに信用して良いだろうかということになります。

この意味で、この自白は「強い」けれども、固さでは「もろい」証拠となります。

 

他方、ラインデータの場合、そのデータは確かにその時間、そのような文言のやりとりがあったことはほぼ間違いないと言えます。

その意味で、このラインデータは自白に比べれば「弱い」けれども「固い」証拠だということができます。

 

このように、証拠は「強さ」と「固さ」の視点をもつと、その証拠がもつ価値の大きさが大体にしても分かってきます。

 

最近では、誰でもスマートフォンをもっているため、録音アプリで会話内容を保存することが簡単になっています。

そのため、今の時代「固い」証拠を残すことは、それほど難しいことではありません。

ですから、後は根気強く「強い」証拠が入手できるときを待てば良いということになります。

 

なお、録音データについては「そんな卑怯なものは証拠にするな」と反論されることがあります。

しかし、現在の世の中、自分からした会話の内容が録音されている可能性があることは、どこかの国会議員の「このハゲーーー」から始まるやり取りからも明らかです。

裁判所も、録音データに関して証拠から除外することはほとんどありません。

 

そういうわけで、このサイトをご覧になる方は、泣き寝入りをするくらいなら、じゃんじゃん証拠を残しておいてほしいと思います。

 

パワハラ案件で思うこと

早くも1年の4分の1が過ぎました。

ニュースでは入社式の話題が沢山でています。皆の若さがうらやましくなってきた今日この頃です。
そんな話題に水を差すわけではないですが、ここしばらくポツポツとパワハラの案件を扱うことが多いなあと感じています。

皆さま、パワハラと聞くとどういうことを思い浮かべるでしょうか?
最近だと電通が起こしてしまった痛ましい事件はパワハラの例の一つですね。

実はパワハラと言っても色々なパターンがあります。
電通の事件を例に出すと、
・長時間労働を強いる
・無理難題を強いる
・ミスを過剰に叱責する
・能力や人格を否定する
・企業単位での仲間外しや無視
なんかが典型例に当たります。

電通の事件は、パワハラ事件の一つの象徴ですが、世の中にはもっとスゴい企業もあります。
そのようなところは、これに加えて
・殴る蹴るの暴力を加える
・ミスに対して給料を減額する。罰金を科す
・明日から会社に来るなという。すぐにクビにする
・クビだとまずいので自主退職を迫る。
などの現象が起こります。
給与減額や罰金はセブンイレブンの件が記憶に新しいですね。

一番驚くのは、経営者が何の罪悪感もなくこういうことをしているということです。
というか、「労働者側が全部悪い!」という姿勢が圧倒的多数です。

もちろん、労働者側にもミスがあったり能力を十分に発揮できない場合もあります。
しかし、業務過程で一般的に生じがちなミス程度では懲戒も解雇もできません。
ところが、パワハラが横行している企業はそんなことはお構いなし。鼻紙を捨てるかのように簡単に労働者を捨てます。

そして、重要なのは、このような意識の希薄さが経営者自身に対して重大なリスクを伴っているということです。

つまり、労働者は労働基準法その他の法律でその地位や労働条件が保障されています。
それらの法律は、労働者が人間らしい生活を送る上で最低限必要な内容を定めたものです。
そのため、その違反については時に刑事罰という強烈な制裁を伴っています。

また、平時から企業側が労働法を守っているかは民事裁判の場合でも強い影響を与えます。

企業側は従業員を解雇したり、給与減額したりした理由についてあれこれ述べます。
しかし、解雇や給与減額は法律や判例上そんなに簡単にはできないことになっています。
そのため、コンプライアンスがちゃんとしている企業では、キチンと時間をかけて従業者の適性を見極め、
社内手続も慎重に行い、その上で初めてそのような不利益処分を下します。
そのような場合でも、いざ裁判になると「解雇はやりすぎ」となることは少なくありません。

逆に言うと、そういう社内手続がなかったり、当然用意できるはずの資料(就業規則や労働条件通知書、退職理由証明書など)がなかったりとなれば
それだけで裁判官からスジ悪と見られ、厳しい裁判の追行を強いられます。
裁判に負けた場合、企業側はその従業員の復職はもちろん、それまで未払となっている給料の支払も甘受しなければなりません。
「働いていないから払わない。」は通用しません。企業側都合で勤務させなかったのだから、企業側は給料の支払い義務を負います。

その金額は、数百万円にも上ることもあります。企業にとってはムダでしかないコストです。

経営者側は、裁判前だと「ウチにも顧問弁護士がいるんだゾ。」と強がってくることが多く、
労働者側はそのことに気を揉むことが多いのですが、実はそういうケースだと裁判所は経営者側に冷たいです。
逆に、労働者側の証拠が少ない場合でも、裁判所側で手心を加えてくれることも少なくありません。
(もちろん私の方で手を抜くわけではないですが。)
だから、こういう発言をするような経営者がいる事件を受けると、こっちの方が相手方弁護士に同情してしまいます。
顧問弁護士側からすれば、どうしてこうなるまで相談しなかったんだという気持ちなんじゃないでしょうか。

話を戻しますと、パワハラが問題になる事案では、大抵企業側が法律なんぞ知ったこっちゃねえとばかりに労働者に強烈なストレスを与えています。
結果、労働者は大抵、非常に情緒不安定になっており、強い不安と恐怖をもっています。
また、自己評価も低くなっているので、本当に自分の言い分が正しいのか、自分が悪いのではないかと逡巡されます。
このようなとき、どうエンパワーするか、ということはなかなか難しいです。

法律問題を超えたカウンセリング能力が求められます。
精神科医などによる診断と治療を強く勧めなければならないこともあります。

それでも時間をかければ、気力体力が戻ってきて、最後は自分の主張をきちんと示すことができるようになります。
もちろん、私も必要なアドバイスと見通しを説明しますが、やはり依頼者が自己決定できるというのは、
紛争を解決するに当たって非常に大事なことだと思っています。

パワハラの案件事件では企業側から一方的な主張を押しつけられて思い悩んでいる労働者が多いです。
なので、ご家族や友人の方は、もし少しでも様子がおかしかったら、声をかけていただければと思います。
できれば、医師や弁護士などの専門機関に行くよう勧めてください。

それで救われる人は多いですし、そういう草の根の活動によってブラック企業問題はより大きな社会的問題として共有されていきます。
そのことが、社会全体の活力を上げ、生産性を高めていくのだと思います。

DV被害をめぐる葛藤

早くも年末です。結局今年もあんまり更新できませんでした。

今年は昨年にもまして多くの相談をいただきました。地方の法曹需要を改めて体感しています。

本当はもっとスピーディに事件処理をしてより多くの相談を受けたいと思っておりますが、残念ながらなかなかキャパシティの問題は解決しません。

この点はもっと改善する方法を探さなければなりません。

 

話は変わりますが、私も弁護士である以上DVやモラハラの事案を取り扱うことが少なくありません。

というよりも、私が受ける離婚相談の半分くらいは程度の差はあれDVやモラハラが絡んでいます。

実はこの問題、深刻なケースがものすごく多い割に、できることが案外少なくてものすごく歯がゆく、腹立たしい思いをしています。

その問題にはいろいろなものがあります。

 

まず、被害者が自分のDVやモラハラの被害をさっぱり認識していないところから問題がスタートします。

第三者から見ればパートナーの言い分はめちゃくちゃで被害者はもっと怒っていいはずなのに、そうしない。

逆にパートナーからあれこれ言いくるめらてパートナーを許してしまうということが毎度のことのようにあります。

例えばこういうケースです。

その女性は10年くらい夫からのDVや暴言に耐えてきたけれど、とうとう我慢できなくなって家を出ることにした。

しかし夫からは「先にきちんと話合いをすべきだ。」とか、「俺がこんなに反省しているのに何が不満なのか。」と言われた。

女性は私に「家を飛び出してきた自分から離婚をしていいのでしょうか、夫から慰謝料を請求されませんか。」と相談した。

これに対して私は女性に対し、「そのお話が本当であれば離婚も慰謝料も請求できますよ。」とアドバイスする。

ところが女性は「いや、自分にも至らない点があった。」とか、「夫もたまには優しいことがある。」とパートナーをかばうことを言い出す。

私の方は「それはDV加害者やモラ男の典型的な手口ですよ。ご主人はそうやってあなたが自分から離れないようにしてるんです。」と説明する。

1時間も説得すれば、たいていの方は少し落ち着くけれども、中には頑として「自分が悪い。」と言って譲らない人もいる。

結局、その人は離婚の相談に来たのに最後には「一度夫と相談する。」と言って帰ってしまう。

こんなことが結構あります。

 

私としては、アメリカの心理カウンセラーや日本の臨床心理士の文献を紹介したり、類似のケースの取り上げるなどの工夫をしています。

特にアメリカの議論は非常に先進的で(日本が遅れてるだけですが)、これを引用紹介するだけでも相談者のDVへの理解や不安緩和に役立つことが多いです。

それでも、何割かの相談者はその場では離婚などは決めきらない、パートナーともう一度話し合うと言って帰ってしまいます。

私自身の力の限界とともに、DV事案における束縛の強さを思い知らされます。

 

次の問題としてはDVから逃げるための社会資源がさっぱり役に立たないという点です。

まずもって警察は役に立ちません。DVやモラハラ問題は密行性が高く犯罪性を現認できるケースは非常に少ない。そもそも被害認識が乏しい被害者自身がパートナーをかばってしまう。

そのような状況では警察が私生活に介入するということは現実問題として期待できません。

次に女性相談センターも役に立たない。霧島市からだと鹿児島にある女性相談センターはアクセスが悪すぎて緊急時に頼るには不便すぎます。

弁護士は相談はDV被害者への居住先を提供できないのでやはり役に立たない。

結局、被害者は逃げ場がないため、あきらめの境地で被害を甘受するという事態があります。

これは私の感覚としてもそうですが、内閣府の調査でも被害者の半数は相談せず、相談者のうち警察や相談センター、弁護士に相談するのは被害者の4パーセントしかいないそうです。

 

さらに、本当に情けないことですが、法律家という人種自体がDV問題に対して幼稚な認識しかもっていないという問題もあります。

まずもって被害者心理を分かっていない。「そんなに嫌ならどうして逃げないのか。」、「怒らせるようなことをするからそんなことになる。」、「夫(妻)側にも言い分がある。」などの言葉を平気で言います。

また、暴力を伴わないハラスメントに関しては「そんなに怖がる必要はない。」だとか、「あなたの気にしすぎが」などと言う。

素人なら単なる放言で許されるかもしれませんが、法律家にそんなことではいけない。

そんなことでは被害者は一層望みを薄くして相談に来なくなる。そうなれば加害者は一層図に乗ることにもなる。

だから法律家はまず何よりも被害者への受容と共感が必要なのです。

しかし、現実にはそれができていない。その最大の理由は、常識や法律家の直感とやらを信奉して被害者心理というものを体系的・学術的に勉強しようとしないからだと思います。

 

ハラスメントをとりまく加害者と被害者の心理は常識では計ることができません。

どうして被害者は逃げないのかと言うと、逃げられないからです。それは環境的に逃げることができないというものもありますし、加害者による被害者への心理的な束縛が見事だからというものもあります。

このあたりはアメリカの心理学者が書いた本なんかには新書や文庫レベルでも相当深い理解ができるものが多数あります。

そのため、ほんの少し、人間のパーソナリティに興味をもって本屋で新書なり文庫なりで知識を仕入れれば、DVをめぐる人間の心理や思考が常識と全然違うことなんて簡単に理解できます。

ところが現実は、法律家ほどアナクロニズムに満ちた人間観をもった職業はない。弁護士は当然だが裁判所もそうだったときは本当にがっかりします。法律は分かっても人間の心理は分からないのかと。それでよく事実認定できるものだと腹立たしくなります。

法律家という人間は温室育ちなので気が休まらない環境に何年も曝されることがもたらす負の影響というものが分からない。それは仕方ないにしても、そのことを本などを通じて勉強しようともしない。

自分は古くさい人間観しかないくせにそれを自覚せず他人には説教をするという人種が実に多い。

それではどうしてそういった知識を得ようとしないのかというと、一つには日本の心理学に全然権威がないからだと考えます。

 

心理学とは実はデータを重要視する優れて客観的な学問であり、少し入門書を読むだけでもいかに常識や直感というものが当てにならないのかを思い知らされ、本当に勉強になります。

だから本当は法律家は心理学の基礎くらいは勉強して客観的・科学的に人間の心理を捉える訓練をすることが望ましいのです。

しかし、万人が心理学やそれに類似する勉強をするわけではありません。特に日本という国は客観的なデータを軽んずる傾向が強い。

だからどうしてもプラグマティズムを大事にするアメリカに比べて心理学が浸透せず、直感に頼る古くさい人間観から脱却できないのです。

その結果、不利益を被るのは誰か。罪悪感を増幅させられ被害申告を躊躇する被害者です。

利益を受けるのは誰か。いつまでも増長し反省をしない加害者です。

そう考えたとき、私は自分の力の限界を悔しく思うとともに、自分の能力を過信して古典的な人間観しかもたない司法関係者が許せなくなります。

 

こんな記事を書いたのは、ここ最近DV問題に関しては進め方に行き詰まったり、腹立たしいことがあったりしたからでした。

司法関係者はいかに自分たちがおめでたい頭をしているのかを折に触れ恥じ入り、反省する必要があります。

 

そういう私自身も自己批判と研鑽を積みながら、人間の心理・思考の本質を理解できるよう努力していきたいと考えています。