事務室からのつぶやき

日々の活動の中で感じたことや考えたことを不定期で更新していくコラムです。 是非立ち寄ってご覧ください。

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その固定残業代、大丈夫ですか2

 今回は前回に引き続き固定残業代制をテーマとしてその有効性が認められない可能性が高いパターンをさらに2つ紹介します。
 以前にも触れましたが、固定残業代制が無効と判断されてしまった場合、使用者は基本給に固定残業代分を合算した金額で計算し直した残業代を満額労働者に支払わなければならなくなります。その場合、残業代が数百万円に上ってしまうということも珍しくありません(この現象を「残業代のダブルパンチ」ということがあります。)。
 そのため、どのような場合に固定残業代制が無効となるかを知っておくことは、労働者にとっては長時間残業から自らの身を守る観点から、また、使用者にとっては自身の経営上のリスクを把握する観点から非常に重要となります。
 前置きが長くなりましたが、以下、固定残業代が無効となる可能性が高いパターンについて説明いたします。

タイプ1:就業規則不備型

 1つ目は労働契約書に「基本給20万円、職務手当10万円(1か月30時間分の時間外手当を含む)」などと書いているにもかかわらず、就業規則で固定残業代に関する説明を何もしていないというパターンです。
 このような就業規則の場合、「職務手当」については管理職といった肩書き・職責に対して支払われる対価であると評価されてしまう可能性が高いです。そのため、裁判所は「残業代としては労働者には1円も支払われていない。したがって使用者は残業代を全額支払うべし。」と判断することになります。
 なお、このパターンでは使用者側から「就業規則の規定とは別に労使間の合意で固定残業代制を採用していた。したがって固定残業代制は有効である。」と主張されることがあります。
 しかし、就業規則よりも不利な内容の合意は労働契約法12条により無効と扱われるため、この弁解が通用することはほとんど考えられないと思っておくべきです。

タイプ2:基本給切り下げ型

 2つ目は例えば「基本給30万円」であったものを「基本給20万円、定額時間外手当10万円(1か月30時間分の時間外手当に相当)」へと変更するパターンです。
 この場合、一見すると労働者側が得る給与の額面は月額30万円から変化がないようにも見えます。しかし、前者では割増賃金の計算の基礎となる賃金が月額30万円であるのに対し、後者ではこれが月額20万円となります。
 その結果、労働者にとっては同じ残業時間でも自身が得られる残業代が少なくなってしまうこととなります。
 この点について、労働契約法8条は労使の合意で労働契約の内容を変更できる旨定めています。しかし、賃金や労働時間といった労働者の生活に直結する労働条件の変更については労働者が真意から当該合意に同意することが必要とされています。そして、その同意の有無については、そのような同意をすることが客観的に見て(つまり第三者目線から見て)合理的であるといえるか否かによって判断することとされています。そのため、実際にはこの労使間の「合意」が認められるケースはそれほど多くはありません。
 特に、このパターンでの労働条件の変更内容は、単に労働者の残業代が削られるだけとなっている点で労働者側に一方的に不利なものとなっています。そして、労働者がそのような労働条件の変更に応じなければならない合理的な理由が客観的に存在すると評価されることはまず想定できません。
 そのため、こうした固定残業代の定め方は無効となる可能性が極めて高いです。

補足:固定残業代制は導入しにくい

 そもそものところ、固定残業代制は非常に導入しにくい制度です。
 まず、常時10人以上の労働者を使用する事業場では労働基準法89条により就業規則の作成義務が課せられています。そのため、ある程度の規模以上の事業所では従前から作成されていた就業規則があるはずです。
 しかし、その就業規則が最初から固定残業代制について定めていたという場合は少ないでしょう。そうすると、そのような使用者が新規に固定残業代制を導入するには既存の就業規則を変更する手続をとることが必要となります。
 ところが、就業規則の変更はそう簡単にはできません。というのも、労働契約法10条は、就業規則を変更するための要件として、変更後の就業規則が「労働者の受ける不利益の程度」、「労働条件の変更の必要性」、「変更後の就業規則の内容の相当性」などといった点から見て合理的であることを要求しているからです(労働者の合意がある場合は話が別になりますが、この合意が簡単には認められないことは先に書いたとおりです。)。
 ここで、固定残業代制は、たいていの場合、従来の就業規則が定める計算よりも労働者の賃金額が低くなる点で労働者に大きな不利益が生じます。また、変更後の就業規則において想定される労働時間が従来よりも長時間化してしまう点でも労働者には大きな不利益が生じるといえます。そのため、固定残業代制の導入に当たりこのような不利益を超越するほどの必要性や相当性が認められるケースというのは想定しにくいです。
 このことから、固定残業代制を導入するために就業規則を変更するとしても、労働契約法10条の要件を満たさないため無効となってしまう危険が大きいこととなります。
 そのため、既存の就業規則がある場合に新たに固定残業代を導入することは非常に困難です。
 これに対し、たとえば「基本給30万円」から「基本給30万円、定額時間外手当10万円(1か月20時間分の時間外手当に相当)」という形で固定残業代制を導入すれば有効となる余地も多少は広がるかもしれません。しかし、このような固定残業代制を採用した場合、使用者は人件費の増大という別の経営的リスクを抱えることとなります。
 結局、新規に固定残業代制を導入しようとすれば使用者は法律的にも経営判断的にも大きなリスクを覚悟しなければならないのです。

最後に:固定残業代制がはらむリスクに理解を

 以上のように、固定残業代制には労働条件の不利益変更という問題がつきまとうことため、個別労働者からの合意という方法をとるにしても、就業規則の変更をとるにしても、適切な代償措置を講じるなどの手当をしない限り裁判手続で効力が否定されてしまうリスクがあります。
 そのため、使用者の皆様におかれてはくれぐれも安易な考えでこの制度を導入しようとは考えないでいただければと思います。
 今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。

その固定残業代、大丈夫ですか?

1 固定残業代制とは

 私が労働問題の相談を受けておりますと固定残業代制を採用している求人情報に接することがよくあります。
 固定残業代制とは、要するに給与の中に予め残業代を組み込んでおく制度です。法律上明確な根拠がある制度ではありません。
 固定残業代制は求人の際に給与額が高く見せられることや残業時間の管理が楽になるといった理由から結構な頻度で導入されている制度です。
 かつては給与の中に残業代を全て組み込んだり、「給与 月額30万円(40時間分の残業代を含む)」などの表記をしたりする固定残業代制度が横行していました。
 しかし、現在は判例の蓄積により固定残業代制度が有効になる場合がかなり制限されるようになりました(具体的には基本給とそれ以外の手当が判別可能であり、かつ、その手当が職責・肩書きなどへの対価ではなく残業に対する対価として支払われることが必要とされています。)。
 また、現在の職業安定法ではハローワークで固定残業代制度による求人を行う場合、あらかじめ求人票に基本給と残業代の内訳を示した上でその残業代が何時間分の残業代かであることも明らかにする必要があることとされています。
 これらの司法と立法による手当の結果、最近は昔ほど露骨に違法な固定残業代制度の求人を見ることは少なくなりました。
 とはいえ、違法な固定残業代制度が全くなくなったわけではありません。
 最近のトレンドは「基本給12万円、固定残業代18万円(時間外労働80時間分を含む)」というように、基本給を極力少なくしてその分だけみなし残業時間を増やす方法です。
 しかし、最近になってこのような手法にも司法上のメスが入りました。以下ではその判例を紹介します。

2 イクヌーザ事件判決

 イクヌーザ事件(東京高判平成30年10月4日)は、使用者が労働者との間で給与23万円、そのうち8万8000円を月間80時間の時間外勤務に対する割増賃金とする旨定めた雇用契約を締結し、実際に労働者が月80時間以上の時間外労働を行った際には8万8000円とは別に基本給14万2000円を基礎として計算された残業代を支払っていたというケースにおいて、基本給14万2000円ではなく23万円で計算された残業代を請求できるかが問題となった事例です(実際には昇給により基本給と固定残業代が増額していますが割愛します。)。
 この点について、裁判所は給与総額23万円は基本給14万2000円と固定残業代8万8000円に判別でき、しかも、8万8000円は残業に対する対価であると認定しました。そうすると、この固定残業代は従来の判例で求められる要件を満たし有効となるように思われます。
 しかし、裁判所は固定残業代制度が想定する「1か月80時間」というみなし残業時間の長さを理由にこの固定残業代制度を無効と判断しました。
 裁判所の判断枠組みをざっくりと説明すると、使用者側が80時間分の固定残業代を定めるているのは労働者に対して恒常的に1か月当たり80時間前後の長時間労働を強いることを前提としているからである。そして、1か月80時間という残業時間は労働者の健康を損なう危険がある(この1か月80時間という残業時間は「過労死ライン」と言われています。)。したがって、そのような長時間労働を前提とする固定残業代制は公序良俗に反するため無効である。というものです。
 なお、使用者側は、仮に8万8000円という固定残業代は80時間分の固定残業代としては無効であるとしても45時間分の固定残業代としては有効ではないかと主張しました。
 しかし、裁判所はこのような使用者側の主張を認めませんでした。その理由として、裁判所はそのような取扱いを許すことで『とりあえずできるだけ長時間の固定残業代の定めをしておいて、裁判に負けたときに残った残業手当を支払えばよい』との風潮を助長するからだと述べています。
 この結果、裁判所は労働者側が主張したとおり、給与23万円全額を基礎に計算された残業代の請求を認めました。

3 固定残業代にはデメリットしかない

 以上のとおり近時固定残業代のトレンドになっていた「基本給を極力下げ、みなし残業時間を極力延ばす」という手法は判例により否定されました。このことから、今後も同様の訴訟が続く可能性も否定できません。
 そのため、もし使用者側においてこのような固定残業代の定め方をしているとすれば、今からでも制度の内容を変更しておく必要があるかと思われます。もし、制度を変更しないまま労働者から訴訟を起こされると、残業代の支払いの事実を否定された上、さらに固定残業代部分も基本給に含めて残業代を再計算されてしまいます。つまり、使用者側は増額された残業代を丸々支払わなければならなくなるというわけであり、その経営的なダメージは計り知れません。この意味で、私は固定残業代制を全くお勧めしておりません。

4 最後に:労働基準法の遵守こそが最高の防御手段

 そもそも、労働基準法は1日8時間・1週間40時間労働を大原則とし、残業についてはごく例外的にしか認めないという姿勢をとっています。それは長時間労働が労働者の心身の健康を損ない、ひいてはその生命を奪う危険まであるからです。
 これに対し、固定残業代制度は恒常的に残業があることを前提とする制度です。そして、働き方改革が叫ばれる昨今では、この制度を採用すること自体が「ブラック企業」の烙印を押されるリスクの原因となります。
 きれい事かもしれませんが、使用者の最大の防御は労働基準法の労働時間規制を遵守し、残業は極力認めないという意識をもつことに尽きます。
 私としては、このイクヌーザ事件判決を通じて昨今の固定残業代制度の内情と危険性を知っていただき、労使ともに少しでも残業時間の減少につなげていただければと思います。
 今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

カネカ炎上事件、弁護士はどう見たか

 今回、「夫が育休から復帰後2日で、関西への転勤辞令が出た。引っ越したばかりで子どもは来月入園」というケースがインターネット上で炎上しています。
 今回のケースでは転勤命令がもつあらゆる問題が噴出した事例であり、今後も同様の事例が出てくるのではないかと思われます。
 そこで、この記事では法律的に転勤問題がどのように取り扱われているかを説明したいと思います。

従来:転勤命令は企業の裁量とされてきた

 実のところ、企業は従業員の転勤命令について非常に大きな裁量をもっています。
 これは、日本において通用してきた年功序列・終身雇用という雇用形態と大いに関係があるとされています。
 まず、年功序列という側面から見た場合、企業は新卒一括採用した従業員に様々な場所で様々な業務を経験させてキャリアを形成させようとします。このことから、日本では優秀な従業員ほどたくさん転勤するよう期待されることとなります。
 次に、終身雇用という側面から見た場合、転勤は雇用の調整手段として便利な方法となります。というのも、日本では企業の業績が悪化した場合でも直ちには従業員を解雇ができず、リストラ(整理解雇)に先だって解雇回避の努力をすべきとされているからです。そこで、日本企業においてはある部署の余剰人員を他部署に配置転換するという形で人件費の上昇の防止を試みてきたとされています。
 このように、終身雇用・年功序列という雇用形態が続いてきた日本の雇用制度においては、転勤は社内の人材活用のために必要かつ有効な手段であるため、企業は従業員の転勤について非常に大きな裁量をもっているとされてきました。
 実際、転勤命令の有効性についてリーディングケースとなった最高裁の判例に「東亜ペイント事件」というものがありますが、同判例は原則として転勤命令は企業側の権利であり、例外的に①企業側における業務上の必要性がない場合、②転勤命令が不当な動機・目的による場合、③当該転勤により労働者側に通常甘受すべき程度を著しく越える不利益が生じる場合などに限って転勤命令が無効になるに止まるとしました。
 しかし、①日本型雇用慣行が成立している企業で転勤の必要性がないということはそうそう立証できないですし、②不当な動機・目的という内心を立証することも非常に難しいです。そうすると、転勤命令の有効性を争う場合、主要な争点は③労働者側の不利益の有無・程度となりますが、ここでも労働者が受ける転勤に受ける不利益については「通常甘受すべき程度」を「著しく超える」ものが必要とされているため、転勤命令の有効性を争うことは難しいとされてきました。
 以上より、過去の判例や慣習によれば企業は自社の従業員をどこに配属するかについて非常に広い裁量をもっているとされています。
 今回のカネカは、こうした過去の判例や慣習の意識を今に引きずったまま漫然と転勤命令を下してしまったのではないかと思われるふしがあります。

現在:企業の裁量は狭まってきている

 それでは、現在という時代においても企業側は昔と同じ感覚で従業員を自由に転勤させられるものでしょうか。この点については、「既にそういう時代ではない。」というべきです。
 そもそも企業が転勤命令に大きな裁量をもっていた理由は、年功序列・終身雇用という日本特有の雇用慣行にありました。先に挙げた東亜ペイント事件の最高裁判決も昭和61年という古い時代に下された判決です。したがって、時代背景が変われば判例の解釈にも変更が求められることになります。
 この点について、最近では経団連やトヨタといった大きな組織・企業のトップでさえも年功序列・終身雇用は維持できないと言及するに至っています。
 このように、企業側自身が過去の日本の雇用慣行が変容していっていることを認めているという現在という時代では、転勤命令ができる余地は自ずから狭まらざるを得ません。具体的には、現在では①転勤命令の必要性という要素が企業側にとって厳しく評価されることになると思われます。
 もう1つ、さらにもっと大きな時代の変化があります。それは少子高齢化です。今の日本において国民たちは安心して育児と介護に取り組める環境を切に希望しています。この要望を受け、法制度上も育児介護休業法などが成立し、改正が続けられています。
 そのような時代ですから、企業側は昔のような感覚で好き勝手に従業員を転勤させることなど許されません。まずは転勤の候補となる従業員の家族構成などや生活環境などを把握の上、従業員自身の意向も確認し、転勤が従業員の生活に大きな負担を与えないかにつき適切に配慮すべきことが求められることとなります。要するに、上記の③従業員側の不利益という要素で転勤命令が無効になる余地が大きくなっているといえます。
 実際、下級審レベルでは③の要素を理由に転勤命令を無効とした事例も見受けられます。
 以上のように、転勤命令については時代や社会の変化に伴い昔ほどの自由な裁量は認められなくなっています。

カネカの事例はどう見る?

 それでは、今回のカネカのどのように見るべきでしょうか。
 私が本人から相談を受けたとしたら、「簡単ではないが勝訴の可能性はある。弁護士としてはやってみたい。」と答えると思います。歯切れが悪いですね。しかし、それは次のような点を考えたからです。
 同社が公表している企業情報によると、同社は資本金が330億4600万円、従業員数は連結で10,234名、単独でも 3,525名に上る大企業(2018年3月31日現在。同社ホームページより引用)とのことです。このような企業では年功序列・終身雇用といった従来の日本型雇用慣行の考え方が通用してしまう可能性が高いです。そのため、①転勤命令の必要性という点で争うことは簡単ではないように思われます(もっとも、人選の妥当性については争う余地がありそうです。)。また、②不当な動機・目的を立証することが難しいことは既にお話ししたとおりです。
 他方で、③従業員側の不利益という観点で見た場合、今回のケースでは育休の取得状況や育休中の生活状況、転勤後に生じる生活環境の変化、本人の意向の聴取などについて特に配慮したという事情は見られません。そして現在ではこのような手続的な配慮の有無は結構大きく裁判所の判断を左右する要素となっているように思われます。
 そういった事情を総合的に考慮した場合、今回のケースにおいて仮に裁判で転勤命令の有効性が問題となった場合、過去からの古い認識が通用してしまえば勝訴は難しいものの、現在の社会情勢や家庭内の実情を丁寧に説明すれば勝てる可能性もあるのではないか、という見立てをしています。

転勤命令をどう争うか

 以上のとおり、仮に今回のようなケースを裁判で争うとなった場合、少なくとも私は絶対の自信をもって勝訴する!とまでは言えないと考えています。
 しかし、そのような場合でも弁護士や労働組合が企業側と交渉することで事実上転勤を撤回・猶予してもらうということも考えられます。特に、企業側に不当な動機・目的がなかったのであれば、丁寧に家庭の実情を説明することで譲歩をしてもらう余地もあるのではないかと思います。
 ただ、実際には企業側が転勤命令の撤回に応じるケースは多くないでしょう。その場合、転勤を拒否して出社しないという態度をとってしまうのは最悪です。企業側からしたら業務命令違反を理由に懲戒処分を行う格好の理由ができてしまうからです。そのため、転勤命令を争う場合には、いったんはその命令に従って就労をしつつ、その有効性を争うという方針にならざるを得ないことが多いでしょう。
 このように、転勤命令を争う場合には信頼できる弁護士や労働組合ときちんと連携できること、そして自身の覚悟と辛抱が必要となります。

最後に

 これまでお話ししましたとおり、転勤については今もなお企業側に大きな裁量があるとい言わざるを得ませんが、だからといって漫然と転勤命令を強行するということを社会は許さなくなっています。
 今回のケースは、そのような時代の変化を察知できなかった大企業の古い感覚と、国民側がもっているニーズとがミスマッチした結果起きた実に現代的な現象だと思わされます。それと同時に、転勤に関する法律的な取り扱いを知っていただくことの重要性、弁護士や労働組合が転勤問題に関与することの重要性を痛感した次第でもありました。
 この記事が皆様の労働環境の改善にお役に立てればと思います。
 最後までお読みいただきありがとうございました。

弁護士はどうして1人で仕事をするのか?

 日本の弁護士事務所は弁護士1人に事務員1人~2人という小規模なものが多いです。大都市部や一部の新興系事務所には100人を超える弁護士が所属していますが、私がいる鹿児島では128ある弁護士事務所のうち85か所は弁護士1人の事務所となっています(2018年3月31日時点)。
 弁護士以外の人たちから見た場合、多くの弁護士が集まって共同で経営をした方が事件処理の効率も上がるし、弁護士費用も安くなるのではないかと考えるのではないかと思います。
 今回は、弁護士事務所がどうして小規模になってしまうのかについてお話ししたいと思います。

1 チーム制にするメリットがない

 弁護士はいったん事件を受けた以上、事件の流れや法律上の問題を全て把握しなければなりません。たとえば解雇トラブルの場合、「いつクビだと言われのか」、「使用者からはどのような発言があったのか」、「就業規則上の根拠はあったのか」、「解雇になるまでに処分歴はあったのか」、「懲戒解雇なのか普通解雇なのか」、「解雇予告はされたのか」、「解雇理由は説明されたのか」といった事実を把握し、その上で「職場復帰を求めるか、金銭的解決を求めるか」、「交渉での解決を目指すか、労働審判・訴訟を提起するか」といった方針を決定しなければなりません。
 この場合、当然ながら弁護士は依頼者からの事実経過を聴き取ることになりますが、その場合、弁護士は1人で依頼者に対応することとなります。何月何日までの出来事は○○弁護士が聴き取って、それ以降は××弁護士が聴き取りますなどというのは不合理の極みだからです。何より、依頼者を不安にしかさせません。
 もちろん、事務所によっては1つの事件に複数の弁護士が関与することもありますが、その場合でもまずは主任弁護士が事件全体像を把握した上で、その結果を他の弁護士たちに報告するという形をとります。そのようにしないと弁護士同士での責任の所在が曖昧になり、誰1人事件の内容を把握していないという問題が起こってしまうからです。
 結局、弁護士の業務においては、事務所の規模の大小にかかわらず、最低でも1人は事件の全体像を把握していなければならないこととなります。
 そして、弁護士として平均的な能力があれば、事件の全体像を把握できた時点で1人で処理方針を決められます。仮に弁護士複数名で協議したとしても結論に大した差は生じないことがほとんどです。
 そうであれば、わざわざ複数名の弁護士でチームを組むよりも1人で事件を処理した方が報告・連絡・協議の手間がない分だけ効率的に事件を処理できる点で合理的です。
 また、分業のメリットがない中で複数名の弁護士がチームを組むとなると、依頼者にとっては弁護士の人数分だけ弁護士費用が増えてしまうというデメリットを抱えることになります。
 以上のように、弁護士の業務は少なくとも1人の弁護士が事件全体を把握していなければならないという特性上、分業のメリットが働きにくく、大規模化しにくいという傾向があります。

2 固定支出の抑制

 先に書いたように、弁護士は事件の全体像を自身で把握しておく必要があります。一種の「オーダーメイド」方式で1件1件の事件を処理していくため、同時に処理できる事件数にはどうしても限界があります(1人当たり40件前後が限界という話があります。)。
 その結果、弁護士事務所は年商ベースで考えた場合、零細個人事業主になることが非常に多いです。
 その上、弁護士業務は基本的に固定客・固定収入というものがありません。顧問先がたくさんいるという場合は話が別ですが、基本的に弁護士に依頼がくる場合というのは「離婚」、「交通事故」、「相続」、「解雇」、「労働災害」などといった突発的・偶発的なトラブルが発生したケースに限られています。
 このように、弁護士業務に関しては、受け入れ可能な事件数に限界があるにもかかわらず、肝腎の依頼がいつ来るか分からないといった事情から、収入面の見通しを立てることが難しいという特徴があります。そうすると、弁護士事務所側は支出の抑制により経営を安定させようという発想になりがちとなります。
 幸い、弁護士は事務所というハコとパソコン、電話・FAX、印刷機があれば最低限の仕事をすることができます。したがって、支出を削減しようとすれば最大の固定支出である人件費、すなわち弁護士や事務員の採用を抑えればよいこととなります。
 それでは弁護士と事務員のどちらの採用を抑えればよいのかといえば、それは弁護士ということになります。なぜなら、事務員については弁護士が苦手な雑務作業を代行してくれるという無上の価値がありますが、弁護士を採用したそのような作業は期待できない上、ある程度にしても高額の給与・報酬を約束しなければならないからです。
 以上のように、弁護士事務所の経営においては支出を抑制しようという発想になりやすいため、固定費を増大させる弁護士の採用という発想になかなか至りにくく、その結果、弁護士1人の事務所が多数を占めるという現象が生じることになるのです。

3 依頼者にとっての小規模事務所のメリット

 以上、弁護士事務所が小規模になりやすい理由についてお話ししました。
 もともと小規模事務所は広告に力を入れない傾向があるので、利用者側からすると誰が自分にとって良い弁護士かどうかを判断しにくいという不安材料を抱えることになります。
 しかし、これまでお話しましたとおり、小規模事務所の弁護士は「オーダーメイド」で仕事を行うという意識が強い傾向があるため、弁護士と直接面談して打ち合わせができる可能性が高いというメリットがあります。
 もちろん、実際にそのようなメリットがあるのかは、利用者自身が弁護士と話をしてみて相性を確認する必要はありますが、小規模事務所だから頼りにならないとか実力がないということはありません。
 むしろ、依頼者とのコミュニケーションは事件の進行に大きな影響を与えるものあることから、弁護士と連絡がとりやすいというのは依頼者にとっては一番大きなメリットになります。
 したがって、利用者側としては、事務所のブランドではなく、複数の小規模事務所を当たって一番話がしやすいと感じた弁護士に依頼するのが賢い弁護士の選び方だと考えています。
 以上、小規模事務所の事情についてお話させていただきました。このお話が、皆様の弁護士選びの参考になれば幸いです。
 最後までお読みいただきましてありがとうございました。

【判例紹介】正社員と臨時職員との間に存在する基本給と賞与の差異が不合理なものと認定された事例

今回は正社員と臨時職員における賃金の差異が労働契約法20条に反するとして基本給と賞与額の一部につき差額分の支払を命じた学校法人産業医科大学事件(福岡高裁平成30年11月29日判決)を紹介します。
 正社員の賃金と有期社員との間における賃金の区別の正当性は同法20条の当該区別が「不合理」か否かという形で判断されていますが、この「不合理」な賃金差というのは簡単には認められません。
 しかし、本事件では基本給と賞与という賃金の根幹部分について一定の範囲で「不合理」な差異を認めたという点で非常にインパクトがありました。

1 事案の概要

 本件の訴訟を提起した労働者は、昭和55年に短大を卒業後、勤務先である大学から任期1年の臨時職員として採用され、以降、30年以上にわたり契約を更新し、大学病院の歯科口腔外科で予算・物品の管理、講義の準備、学生の出欠管理等の業務に従事していました。
 この大学の正社員については俸給、賞与、退職手当が支給されますが、臨時職員は給与、賞与は支給されるものの、退職手当はなく、給与の月額は毎年一律で定期昇給はないという取り扱いがされていました。
 その結果、本件の労働者の賃金総額は、同じ頃に就職した正社員の賃金と比較して基本給の金額で約2倍の差が生じました。なお、賞与については正社員と臨時職員ともに年3.95か月分が支給されていました。
 その他、本事件では臨時職員の制度は昭和54年に大学が開院した当時の職員不足を補う目的で設けられたものであること、同臨時職員の制度は昭和57年まで継続されたことなどが認定されています。

2 判決内容について

 上記の事実関係につき、高裁は月額3万円の限度で正社員の賃金と臨時職員の賃金との間には労働契約法20条に違反する「不合理」な差があると認定し、これに基づき基本給28か月分と賞与5回分の賃金差額の合計額である113万4000円分について不法行為に基づく損害賠償請求を認めました。
 この裁判例の特徴は次の点にあると思われます。

3 裁判所も正社員と臨時職員の立場に差があることは認めている

 労働契約法20条によれば、労働契約の期間があることによって正社員と有期社員の間に労働条件の差が生じている場合、その労働条件の差は「不合理」なものであってはならないとしています。そして、この「不合理」の有無については、①「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」、②「職務の内容及び配置の変更の範囲」、③「その他の事情」の観点から総合的に考慮すべきとされています。
 この点、本判決は①に関して大学の正社員と臨時職員の業務内容は類似する部分はあるものの、正社員がその業務を取り扱っていた時間や経理業務で管理していた金額に大きな差があるため業務の範囲や責任の程度に差があると認定しました。
 また、②についても正社員は大学内の全ての部署に配属される可能性や出向を含む異動の可能性があり、多様な業務を担当することが予定されている一方、臨時職員については異動も出向も業務内容の変更も予定されておらず、大学内の中核を担う人材として登用されることも予定されていないとして正社員と臨時職員の間には人材活用のシステム上の差異があることを認定しました。
 このように、裁判所も正社員と臨時職員には様々な点で立場に差があることは認めています。

4 30年以上継続勤務した点を重視した

 他方で、本判決は、1か月ないし1年の短期という条件で人手不足を補う目的のために臨時職員として採用された本件の労働者が、その後30年以上もの長期にわたって雇用されていたことを③の「その他の事情」として考慮しました。
 その上で、裁判所は、主任に昇格する前の正社員の賃金水準を下回っている月額3万円分について「不合理」な賃金差があるものと認定し、結論として基本給28か月分、賞与5回分の合計である113万4000円について不法行為に基づく損害賠償請求が認められるとしました。

5 本判決についての感想

 既に述べましたように、本件においては正社員と臨時職員との間に①「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」、②「職務の内容及び配置の変更の範囲」について区別があることは認定されています。そして、このような業務内容や地位・責任、配転等の人材活用のシステム、将来において社内で予定されている地位の差が存在する以上、労働契約法20条の「不合理」な賃金の差は存在しないとして請求を棄却する方向に流れてもおかしくはないと思われます(実際、本事件の1審では労働者側の敗訴となっております。)。
 しかし、本判決では対象の労働者が30年以上も大学にて勤務し続けていたこと、大学側もそのような事態を特に問題視せず対象労働者に対する雇止め等の措置をとらなかったことなどを根拠として、一定の範囲内で「不合理」な賃金差の存在を認めました。
 これは飽くまで私の推測ですが、裁判所の判断には、臨時職員制度が形骸化して久しく、臨時職員が実質的に正社員(の一部)と同様の業務を行っている事実が大学側の事情によって生じているにもかかわらず、そこから生じる賃金差を労働者に甘受させるのは信義に反するという価値観が働いたのかもしれません。
 もちろん、この判決については③の「その他の事情」で考慮される内容やその重みが不明確であるため、労働契約法20条の適否の予測可能性が失われるという批判が起きることが予測されるところです。
 他方で、この批判に対しては使用者側において法令や労働契約の手続に則り契約更新手続や雇止めを行うことで防ぐことができた事態であるから、使用者側に過剰な負担を課するものではないとの見解もあるかと思います。
 いずれにしても、本判決は③「その他の事情」如何で労働契約法20条違反を争う余地が広がったと評価できる意味で労使ともに非常にインパクトがあった判決だったと思います。
 本事件が上告・上告受理申立てがされたのかは把握しておりませんが、もしこれがされているとしたら果たして高裁の判断が維持されるのか、最高裁の判断を是非とも見てみたいものです。

2019年4月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : admin