その固定残業代、大丈夫ですか?

1 固定残業代制とは

 私が労働問題の相談を受けておりますと固定残業代制を採用している求人情報に接することがよくあります。
 固定残業代制とは、要するに給与の中に予め残業代を組み込んでおく制度です。法律上明確な根拠がある制度ではありません。
 固定残業代制は求人の際に給与額が高く見せられることや残業時間の管理が楽になるといった理由から結構な頻度で導入されている制度です。
 かつては給与の中に残業代を全て組み込んだり、「給与 月額30万円(40時間分の残業代を含む)」などの表記をしたりする固定残業代制度が横行していました。
 しかし、現在は判例の蓄積により固定残業代制度が有効になる場合がかなり制限されるようになりました(具体的には基本給とそれ以外の手当が判別可能であり、かつ、その手当が職責・肩書きなどへの対価ではなく残業に対する対価として支払われることが必要とされています。)。
 また、現在の職業安定法ではハローワークで固定残業代制度による求人を行う場合、あらかじめ求人票に基本給と残業代の内訳を示した上でその残業代が何時間分の残業代かであることも明らかにする必要があることとされています。
 これらの司法と立法による手当の結果、最近は昔ほど露骨に違法な固定残業代制度の求人を見ることは少なくなりました。
 とはいえ、違法な固定残業代制度が全くなくなったわけではありません。
 最近のトレンドは「基本給12万円、固定残業代18万円(時間外労働80時間分を含む)」というように、基本給を極力少なくしてその分だけみなし残業時間を増やす方法です。
 しかし、最近になってこのような手法にも司法上のメスが入りました。以下ではその判例を紹介します。

2 イクヌーザ事件判決

 イクヌーザ事件(東京高判平成30年10月4日)は、使用者が労働者との間で給与23万円、そのうち8万8000円を月間80時間の時間外勤務に対する割増賃金とする旨定めた雇用契約を締結し、実際に労働者が月80時間以上の時間外労働を行った際には8万8000円とは別に基本給14万2000円を基礎として計算された残業代を支払っていたというケースにおいて、基本給14万2000円ではなく23万円で計算された残業代を請求できるかが問題となった事例です(実際には昇給により基本給と固定残業代が増額していますが割愛します。)。
 この点について、裁判所は給与総額23万円は基本給14万2000円と固定残業代8万8000円に判別でき、しかも、8万8000円は残業に対する対価であると認定しました。そうすると、この固定残業代は従来の判例で求められる要件を満たし有効となるように思われます。
 しかし、裁判所は固定残業代制度が想定する「1か月80時間」というみなし残業時間の長さを理由にこの固定残業代制度を無効と判断しました。
 裁判所の判断枠組みをざっくりと説明すると、使用者側が80時間分の固定残業代を定めるているのは労働者に対して恒常的に1か月当たり80時間前後の長時間労働を強いることを前提としているからである。そして、1か月80時間という残業時間は労働者の健康を損なう危険がある(この1か月80時間という残業時間は「過労死ライン」と言われています。)。したがって、そのような長時間労働を前提とする固定残業代制は公序良俗に反するため無効である。というものです。
 なお、使用者側は、仮に8万8000円という固定残業代は80時間分の固定残業代としては無効であるとしても45時間分の固定残業代としては有効ではないかと主張しました。
 しかし、裁判所はこのような使用者側の主張を認めませんでした。その理由として、裁判所はそのような取扱いを許すことで『とりあえずできるだけ長時間の固定残業代の定めをしておいて、裁判に負けたときに残った残業手当を支払えばよい』との風潮を助長するからだと述べています。
 この結果、裁判所は労働者側が主張したとおり、給与23万円全額を基礎に計算された残業代の請求を認めました。

3 固定残業代にはデメリットしかない

 以上のとおり近時固定残業代のトレンドになっていた「基本給を極力下げ、みなし残業時間を極力延ばす」という手法は判例により否定されました。このことから、今後も同様の訴訟が続く可能性も否定できません。
 そのため、もし使用者側においてこのような固定残業代の定め方をしているとすれば、今からでも制度の内容を変更しておく必要があるかと思われます。もし、制度を変更しないまま労働者から訴訟を起こされると、残業代の支払いの事実を否定された上、さらに固定残業代部分も基本給に含めて残業代を再計算されてしまいます。つまり、使用者側は増額された残業代を丸々支払わなければならなくなるというわけであり、その経営的なダメージは計り知れません。この意味で、私は固定残業代制を全くお勧めしておりません。

4 最後に:労働基準法の遵守こそが最高の防御手段

 そもそも、労働基準法は1日8時間・1週間40時間労働を大原則とし、残業についてはごく例外的にしか認めないという姿勢をとっています。それは長時間労働が労働者の心身の健康を損ない、ひいてはその生命を奪う危険まであるからです。
 これに対し、固定残業代制度は恒常的に残業があることを前提とする制度です。そして、働き方改革が叫ばれる昨今では、この制度を採用すること自体が「ブラック企業」の烙印を押されるリスクの原因となります。
 きれい事かもしれませんが、使用者の最大の防御は労働基準法の労働時間規制を遵守し、残業は極力認めないという意識をもつことに尽きます。
 私としては、このイクヌーザ事件判決を通じて昨今の固定残業代制度の内情と危険性を知っていただき、労使ともに少しでも残業時間の減少につなげていただければと思います。
 今回も最後までお読みいただきありがとうございました。