カネカ炎上事件、弁護士はどう見たか

 今回、「夫が育休から復帰後2日で、関西への転勤辞令が出た。引っ越したばかりで子どもは来月入園」というケースがインターネット上で炎上しています。
 今回のケースでは転勤命令がもつあらゆる問題が噴出した事例であり、今後も同様の事例が出てくるのではないかと思われます。
 そこで、この記事では法律的に転勤問題がどのように取り扱われているかを説明したいと思います。

目次

  1. 従来:転勤命令は企業の裁量とされてきた
  2. 現在:企業の裁量は狭まってきている
  3. カネカの事例はどう見る?
  4. 転勤命令をどう争うか
  5. 最後に

従来:転勤命令は企業の裁量とされてきた

 実のところ、企業は従業員の転勤命令について非常に大きな裁量をもっています。
 これは、日本において通用してきた年功序列・終身雇用という雇用形態と大いに関係があるとされています。
 まず、年功序列という側面から見た場合、企業は新卒一括採用した従業員に様々な場所で様々な業務を経験させてキャリアを形成させようとします。このことから、日本では優秀な従業員ほどたくさん転勤するよう期待されることとなります。
 次に、終身雇用という側面から見た場合、転勤は雇用の調整手段として便利な方法となります。というのも、日本では企業の業績が悪化した場合でも直ちには従業員を解雇ができず、リストラ(整理解雇)に先だって解雇回避の努力をすべきとされているからです。そこで、日本企業においてはある部署の余剰人員を他部署に配置転換するという形で人件費の上昇の防止を試みてきたとされています。
 このように、終身雇用・年功序列という雇用形態が続いてきた日本の雇用制度においては、転勤は社内の人材活用のために必要かつ有効な手段であるため、企業は従業員の転勤について非常に大きな裁量をもっているとされてきました。
 実際、転勤命令の有効性についてリーディングケースとなった最高裁の判例に「東亜ペイント事件」というものがありますが、同判例は原則として転勤命令は企業側の権利であり、例外的に①企業側における業務上の必要性がない場合、②転勤命令が不当な動機・目的による場合、③当該転勤により労働者側に通常甘受すべき程度を著しく越える不利益が生じる場合などに限って転勤命令が無効になるに止まるとしました。
 しかし、①日本型雇用慣行が成立している企業で転勤の必要性がないということはそうそう立証できないですし、②不当な動機・目的という内心を立証することも非常に難しいです。そうすると、転勤命令の有効性を争う場合、主要な争点は③労働者側の不利益の有無・程度となりますが、ここでも労働者が受ける転勤に受ける不利益については「通常甘受すべき程度」を「著しく超える」ものが必要とされているため、転勤命令の有効性を争うことは難しいとされてきました。
 以上より、過去の判例や慣習によれば企業は自社の従業員をどこに配属するかについて非常に広い裁量をもっているとされています。
 今回のカネカは、こうした過去の判例や慣習の意識を今に引きずったまま漫然と転勤命令を下してしまったのではないかと思われるふしがあります。

現在:企業の裁量は狭まってきている

 それでは、現在という時代においても企業側は昔と同じ感覚で従業員を自由に転勤させられるものでしょうか。この点については、「既にそういう時代ではない。」というべきです。
 そもそも企業が転勤命令に大きな裁量をもっていた理由は、年功序列・終身雇用という日本特有の雇用慣行にありました。先に挙げた東亜ペイント事件の最高裁判決も昭和61年という古い時代に下された判決です。したがって、時代背景が変われば判例の解釈にも変更が求められることになります。
 この点について、最近では経団連やトヨタといった大きな組織・企業のトップでさえも年功序列・終身雇用は維持できないと言及するに至っています。
 このように、企業側自身が過去の日本の雇用慣行が変容していっていることを認めているという現在という時代では、転勤命令ができる余地は自ずから狭まらざるを得ません。具体的には、現在では①転勤命令の必要性という要素が企業側にとって厳しく評価されることになると思われます。
 もう1つ、さらにもっと大きな時代の変化があります。それは少子高齢化です。今の日本において国民たちは安心して育児と介護に取り組める環境を切に希望しています。この要望を受け、法制度上も育児介護休業法などが成立し、改正が続けられています。
 そのような時代ですから、企業側は昔のような感覚で好き勝手に従業員を転勤させることなど許されません。まずは転勤の候補となる従業員の家族構成などや生活環境などを把握の上、従業員自身の意向も確認し、転勤が従業員の生活に大きな負担を与えないかにつき適切に配慮すべきことが求められることとなります。要するに、上記の③従業員側の不利益という要素で転勤命令が無効になる余地が大きくなっているといえます。
 実際、下級審レベルでは③の要素を理由に転勤命令を無効とした事例も見受けられます。
 以上のように、転勤命令については時代や社会の変化に伴い昔ほどの自由な裁量は認められなくなっています。

カネカの事例はどう見る?

 それでは、今回のカネカのどのように見るべきでしょうか。
 私が本人から相談を受けたとしたら、「簡単ではないが勝訴の可能性はある。弁護士としてはやってみたい。」と答えると思います。歯切れが悪いですね。しかし、それは次のような点を考えたからです。
 同社が公表している企業情報によると、同社は資本金が330億4600万円、従業員数は連結で10,234名、単独でも 3,525名に上る大企業(2018年3月31日現在。同社ホームページより引用)とのことです。このような企業では年功序列・終身雇用といった従来の日本型雇用慣行の考え方が通用してしまう可能性が高いです。そのため、①転勤命令の必要性という点で争うことは簡単ではないように思われます(もっとも、人選の妥当性については争う余地がありそうです。)。また、②不当な動機・目的を立証することが難しいことは既にお話ししたとおりです。
 他方で、③従業員側の不利益という観点で見た場合、今回のケースでは育休の取得状況や育休中の生活状況、転勤後に生じる生活環境の変化、本人の意向の聴取などについて特に配慮したという事情は見られません。そして現在ではこのような手続的な配慮の有無は結構大きく裁判所の判断を左右する要素となっているように思われます。
 そういった事情を総合的に考慮した場合、今回のケースにおいて仮に裁判で転勤命令の有効性が問題となった場合、過去からの古い認識が通用してしまえば勝訴は難しいものの、現在の社会情勢や家庭内の実情を丁寧に説明すれば勝てる可能性もあるのではないか、という見立てをしています。

転勤命令をどう争うか

 以上のとおり、仮に今回のようなケースを裁判で争うとなった場合、少なくとも私は絶対の自信をもって勝訴する!とまでは言えないと考えています。
 しかし、そのような場合でも弁護士や労働組合が企業側と交渉することで事実上転勤を撤回・猶予してもらうということも考えられます。特に、企業側に不当な動機・目的がなかったのであれば、丁寧に家庭の実情を説明することで譲歩をしてもらう余地もあるのではないかと思います。
 ただ、実際には企業側が転勤命令の撤回に応じるケースは多くないでしょう。その場合、転勤を拒否して出社しないという態度をとってしまうのは最悪です。企業側からしたら業務命令違反を理由に懲戒処分を行う格好の理由ができてしまうからです。そのため、転勤命令を争う場合には、いったんはその命令に従って就労をしつつ、その有効性を争うという方針にならざるを得ないことが多いでしょう。
 このように、転勤命令を争う場合には信頼できる弁護士や労働組合ときちんと連携できること、そして自身の覚悟と辛抱が必要となります。

最後に

 これまでお話ししましたとおり、転勤については今もなお企業側に大きな裁量があるとい言わざるを得ませんが、だからといって漫然と転勤命令を強行するということを社会は許さなくなっています。
 今回のケースは、そのような時代の変化を察知できなかった大企業の古い感覚と、国民側がもっているニーズとがミスマッチした結果起きた実に現代的な現象だと思わされます。それと同時に、転勤に関する法律的な取り扱いを知っていただくことの重要性、弁護士や労働組合が転勤問題に関与することの重要性を痛感した次第でもありました。
 この記事が皆様の労働環境の改善にお役に立てればと思います。
 最後までお読みいただきありがとうございました。

2019年6月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : admin