【判例紹介】有期雇用について定めた労働条件通知書の効力を否定し解雇無効を認めた事例

 当事務所では労働事件を主要な業務の1つとしております。
 このたびは皆様に当事務所の存在を知っていただくとともに,私自身もより法律への理解を深めていきたいと考えたことから,この場を借りて興味深い判例を紹介することにしました。
 内容的に難しい部分もあるかもしれませんが,徐々に慣れていきたいと思いますのでお目通しいただければと思います。
 今回紹介するのは社会福祉法人佳徳会事件(熊本地裁平成30年2月22日判決・労働判例1193号52ページ)です。

 案件の内容を簡潔に言いますと,あるNPO法人の運営していた保育園が存続の危機に陥ったため別の社会福祉法人にその事業を引き継いだところ,その新法人が従前より勤務していた保育士を解雇したため,保育士側がその解雇の無効などを主張したという事案です。
 この裁判では結論として解雇が無効とされましたが,その論理構成が面白く今後の業務にも参考になると考えたので紹介させていただきます。

 この事例では,主な争点として①NPO法人が保育士と締結していた労働契約(雇用期間の定めなし)の内容がそのまま新法人にも引き継がれるか。②仮に労働契約がそのまま引き継がれないとした場合,保育士と新法人との間では無期雇用が成立したか,それとも有期雇用が成立したに止まるか。③保育士に対する解雇の理由はあるのか。といったことが問題となりました。

 ここで,どうしてこれらの点が争点になったのかというと,保育士と新法人との間の労働契約に雇用期間の定めがない場合,新法人側は法律が定める解雇理由がない限り保育士との労働契約を終了させられず,したがって保育士に給与を支払い続ける必要が生じるからです。
 これに対し,労働契約の内容として雇用期間が定まっている場合,原則としてその期間の終了をもって労働契約は終了となるため,法人側は保育士に給与を支払う必要はなくなります。
 そして,今回の場合保育士は社会福祉法人との間で有期雇用を許す雇用条件通知書にサインをしてしまっていたという事情がありました。そこで,保育士側が無期雇用の成立を主張するために上記①と②の点を争点にする必要があったのです。

 これに対しての裁判所の判断ですが,①については新法人への労働契約の引き継ぎは認めませんでした。その上で,②については雇用条件通知書の記載にもかかわらず無期雇用の成立を認め,その上で雇用条件通知書は労働条件の不利益変更であり,労働者側の自由な意思による同意がないため無効であるとし,最後に③保育士側には解雇理由がないので解雇は無効と判断しました。

 この事件で論理構成が面白いのは②の点についてです。
 先にも書きましたように,この事例では有期雇用を認める雇用条件通知書にサインをしていたため,一見すると雇用期間のある労働契約が成立しているように見えます。
 しかし,裁判所はこの点につき,新法人側が雇用期間の有無について事前に保育士側に説明していなかったこと,保育士はNPO法人時代には無期雇用で勤務しており,新法人引継後も同様の雇用条件で勤務することを希望していたことなどを理由に新法人と保育士の間の労働契約は無期雇用であるとしました。

 そうすると,雇用条件通知書へのサインは,いったん成立した無期雇用を有期雇用に変更するものとなります。
 ここで,労働契約法8条は当事者が同意をすれば労働条件を変更することができるとしています。しかし,労働条件の不利益変更に関しては,労働者側が自由な意思に基づき当該条件変更を受け入れたと客観的に認められる場合にだけ同意の効力を認めるという慎重な姿勢がとられています(最小第2・平成28年2月19日判決・山梨県民信用組合事件を参照)。
 その上で,本事件では一般に有期雇用は無期雇用よりも不利な内容の労働契約とされていることから,保育士側が自由な意思で有期雇用への変更を受け入れたかどうかが問題になると扱い,最終的に有期雇用への変更を認めませんでした。

 以上のように,本事件は雇用条件通知書へのサインという保育士側にとっては非常に不利な事情があったにもかかわらず,新法人への勤務が開始するまでに至った経緯を詳細に認定することで無期雇用の成立を認め,その上で有期雇用という労働条件の不利益変更が認められるかという論理を組み立てた点に恣意的な解雇の抑止に対する強い姿勢を見ることができます。
 そして,本事件のような雇用条件通知書を作成する前の経緯を重視するという考え方は,求人情報と実際の雇用条件が違うという「求人詐欺」にも応用ができるものと考えられます。
 このように,雇用条件通知書や雇用契約書にサインを迫られた場合でも,場合によっては不利な状況を覆せることもありますので,雇用条件に疑問がある場合は弁護士に相談されることをお勧めいたします。

 以上のような形で,今後は不定期に判例や弁護士業務の内容などについて配信してまいりたいと思いますので,皆様におかれましてはよろしくお願い申し上げます。