証拠の「強さ」と「固さ」

何と言っても裁判では出せる証拠で勝負が決まります。

もちろん相性のいい裁判官に巡り会うとか、弁護士の弁論能力が高いとかの要素も多少は裁判の行方を左右します。

しかし、証拠がなければ議論の土台すら作れません。

というのも、裁判官は

証拠で何が分かるか→分かった事実でどのような法律が適用できるか→法律を適用した結果どのような請求が認められるか

という思考で結論を出すからです。

 

日本の裁判では証拠は当事者が用意するのがルールとなっています。

裁判官が一方当事者だけに肩入れをすることは不公平になるからです。

そうなると当たり前ですが、「で、どういう証拠があればいいんですか?」という話になります。

 

それが分かれば誰も苦労しませんが、私自身が意識しているのは証拠の「強さ」と「固さ」です。

 

「強さ」とは、「その証拠で何を証明できるのか?」という視点です。

 

不貞慰謝料を例として、不貞相手が「私は●月●日にどこそこのホテル肉体関係をもちました。」と自白している場合を想定します。

この場合、不貞相手の自白が真実である限り、不貞関係があったということができます。

その意味で、この自白はそれだけで肉体関係の存在を証明できる「強い」証拠ということができます。

 

他方、夫が女性とラインで下ネタトークを繰り広げているという場合、そのラインのやり取りだけで直ちに肉体関係の存在を証明できるわけではありません。

この場合には、そのラインのやり取りが非常に頻繁であるとか、休日には必ずデートに行っているとか、キスをしている現場を目撃したなどの事情の兼ね合いがあって初めて肉体関係が認められます。

その意味でこのラインデータは不貞相手の自白に比べれば「弱い」証拠となります。

 

次に、証拠の「固さ」とは、その証拠の内容が時系列で役に立たなくなる可能性の大小の問題です。

 

先ほどの不貞慰謝料の例だと、確かに「私は●月●日にホテルどこそこで肉体関係をもちました。」という自白は、それが正しければ不貞は間違いなしということになります。

しかし、この自白は人間の言葉が情報源となっています。そして、人間の発言とは、いろいろな事情で内容がコロコロ変わるものです。

 

例えば、先の自白の場合、「いや、私はそんなことを言った記憶はない。」とか、「確かに不倫を認める発言をしたけれど、あれは奥さんから無理矢理言わされたんだ。」などの弁解が出てくることがあります。

この場合には、どのような経緯で自白をするに至ったかという経緯や、周囲の状況が問題となります。長時間にわたって問い詰めたり、自白しないと周囲に言いふらすといったような脅迫がある場合、その自白は記憶のとおりの発言なのかが怪しくなり、果たしてすぐに信用して良いだろうかということになります。

この意味で、この自白は「強い」けれども、固さでは「もろい」証拠となります。

 

他方、ラインデータの場合、そのデータは確かにその時間、そのような文言のやりとりがあったことはほぼ間違いないと言えます。

その意味で、このラインデータは自白に比べれば「弱い」けれども「固い」証拠だということができます。

 

このように、証拠は「強さ」と「固さ」の視点をもつと、その証拠がもつ価値の大きさが大体にしても分かってきます。

 

最近では、誰でもスマートフォンをもっているため、録音アプリで会話内容を保存することが簡単になっています。

そのため、今の時代「固い」証拠を残すことは、それほど難しいことではありません。

ですから、後は根気強く「強い」証拠が入手できるときを待てば良いということになります。

 

なお、録音データについては「そんな卑怯なものは証拠にするな」と反論されることがあります。

しかし、現在の世の中、自分からした会話の内容が録音されている可能性があることは、どこかの国会議員の「このハゲーーー」から始まるやり取りからも明らかです。

裁判所も、録音データに関して証拠から除外することはほとんどありません。

 

そういうわけで、このサイトをご覧になる方は、泣き寝入りをするくらいなら、じゃんじゃん証拠を残しておいてほしいと思います。