医療従事者と残業代

本当に早いもので,今年もあと数時間でおしまいです。

今年も日々の業務に追われるばかりでなかなか記事の更新ができませんでした。

 

そんな中,今年は7月7日に最高裁で医師の残業代に関する重要な判例が出るなど医療従事者の労働問題については結構重要な1年になったのではないかと思います。

来年は,医療従事者の労働環境が健康保険制度を巻き込んで様々な議論を呼び起こすかもしれません。

今回は,この点について思ったことを書きたいと思います。

 

まず,先に挙げた7月7日の最高裁判決の内容について説明しますと,この事例では高額年俸(年俸1,700万円)が保障されている医師が残業代を請求できるかという点が問題となりました。

 

この点,1審と2審は,「残業代は年俸1,700万円の中に織り込み済み」という考えで医師側の請求を認めませんでした。

 

しかし,最高裁は「〔年俸1700万円の内訳について〕時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされていなかった」ことから,「年俸について,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することはできない」ため,年俸の中に残業代は含まれてはいない。そうである以上,病院側は残業代を支払わなければならないとしました。

 

この「基本給と残業代の部分を明確に区別できない場合には固定残業代制は無効」という考えは,実は以前から固定残業代制の有効性を判断する際に用いられている判例上の基準でした。7月7日の最高裁判例は,この基準は高額年俸が保障されている医師の場合にも同様に適用されると判断した点で重要な意味がありました。

 

この最高裁の判決により,医師は広く残業代が請求できるようになる一方で,病院側としては医師に支払う残業代が青天井になるリスクが大きくなったといえます。その理由は次のとおりです。

 

まず,①当直勤務がある医師の場合,その当直時間の全てが残業時間とされ,その時間に対応した残業代を支払わなければならなくなる可能性があります。

なぜなら,医師の当直とは頻繁に誰かしらから呼び出しがあるものであり,その場合にはいつでも患者の元に駆けつけなければならない立場にあるからです。

このような場合,医師の当直時間は,仮にその医師が実際には仕事をしていなくても労働時間として扱われることになります(これを休憩時間と分けて「手待ち時間」といいます。)。

その結果,病院側は医師の当直時間について各種の割増賃金を支払わなければならないことになります(なお,当直制勤務については労働基準法41条3号という例外がありますが,これも簡単には適用できないため結局残業代の支払い義務を免れないケースが見受けられます。)。

 

また,②医師の場合,そもそもの基本給が高いため,割増率を乗じると一層残業代が高額化します。

 

さらに,③病院側で電子カルテが導入している場合,医師がカルテに書き込みを行った時間を改ざんすることは簡単ではありません。このような場合,医師側は労働時間を証明しやすいという特徴があります。

 

加えて,④病院が残業代訴訟で敗訴した場合,医師側は診療報酬請求権を差し押さえて残業代を回収することが可能です。この場合,病院側は単に残業代の支払わされるだけではなく,社会的にも大きく信用を失うことになります。

結果,病院側としては裁判で認められた残業代を実際に支払わざるを得ません。

 

以上のように,医師側から残業代を請求された場合,病院側は非常に大きな経済的負担と社会的制裁を強いられることになります。

 

ところで,残業代が問題になるのは何も医師だけではありません。看護師,薬剤師,理学療法士,作業療法士などの各種の医療従事者たちも,1日8時間,週40時間労働(一部小規模の医療機関だと週44時間)を超えれば残業代を請求できるのが基本です。

そのため,病院側はもし1件でも残業代トラブルを起こすと,次から次へと残業代の支払いに応じなければならないということになります。

 

したがって,医療従事者の残業代請求は,実は弁護士にとって結構な「鉱脈」になるのかなと考えています。

 

ただ,もし日本における全ての医療従事者たちの人件費を労働基準法の規定どおりに算出したとしたら,果たして日本の健康保険制度は維持できるのだろうか,という懸念は感じます。

なぜなら,現状,日本の医療従事者の方々が残業代を問題化しない理由は,他の職業に比べてまだしも安定した雇用が保障されているからに過ぎないと考えるからです。

 

そのため,今後日本の経済事情が暗転し,医療従事者たちの雇用の安定が脅かされた場合,その人たちは日々の生活の糧を確保するため,自らの切り札としての権利を行使する可能性は大いにあると考えます。この場合,残業代を求める医療従事者側と,その費用を健康保険料として負担する国民側との間では葛藤が生じることは免れません。

 

このような次第で,医療従事者の残業代問題は,健康保険制度全体をも揺るがす大問題になる可能性を秘めていると思います。しかも,その問題の火種は来年にも爆発するのではないかと考えたりするのです。

 

そんなときに,自分は何をできるのだろうか,そんなことを考えている年の瀬でした。

 

年末に物騒なことを書きましたが,次の一年も平和な時間になることを願うばかりです。

 

来年も当事務所をよろしくお願い申し上げます。

証拠の「強さ」と「固さ」

何と言っても裁判では出せる証拠で勝負が決まります。

もちろん相性のいい裁判官に巡り会うとか、弁護士の弁論能力が高いとかの要素も多少は裁判の行方を左右します。

しかし、証拠がなければ議論の土台すら作れません。

というのも、裁判官は

証拠で何が分かるか→分かった事実でどのような法律が適用できるか→法律を適用した結果どのような請求が認められるか

という思考で結論を出すからです。

 

日本の裁判では証拠は当事者が用意するのがルールとなっています。

裁判官が一方当事者だけに肩入れをすることは不公平になるからです。

そうなると当たり前ですが、「で、どういう証拠があればいいんですか?」という話になります。

 

それが分かれば誰も苦労しませんが、私自身が意識しているのは証拠の「強さ」と「固さ」です。

 

「強さ」とは、「その証拠で何を証明できるのか?」という視点です。

 

不貞慰謝料を例として、不貞相手が「私は●月●日にどこそこのホテル肉体関係をもちました。」と自白している場合を想定します。

この場合、不貞相手の自白が真実である限り、不貞関係があったということができます。

その意味で、この自白はそれだけで肉体関係の存在を証明できる「強い」証拠ということができます。

 

他方、夫が女性とラインで下ネタトークを繰り広げているという場合、そのラインのやり取りだけで直ちに肉体関係の存在を証明できるわけではありません。

この場合には、そのラインのやり取りが非常に頻繁であるとか、休日には必ずデートに行っているとか、キスをしている現場を目撃したなどの事情の兼ね合いがあって初めて肉体関係が認められます。

その意味でこのラインデータは不貞相手の自白に比べれば「弱い」証拠となります。

 

次に、証拠の「固さ」とは、その証拠の内容が時系列で役に立たなくなる可能性の大小の問題です。

 

先ほどの不貞慰謝料の例だと、確かに「私は●月●日にホテルどこそこで肉体関係をもちました。」という自白は、それが正しければ不貞は間違いなしということになります。

しかし、この自白は人間の言葉が情報源となっています。そして、人間の発言とは、いろいろな事情で内容がコロコロ変わるものです。

 

例えば、先の自白の場合、「いや、私はそんなことを言った記憶はない。」とか、「確かに不倫を認める発言をしたけれど、あれは奥さんから無理矢理言わされたんだ。」などの弁解が出てくることがあります。

この場合には、どのような経緯で自白をするに至ったかという経緯や、周囲の状況が問題となります。長時間にわたって問い詰めたり、自白しないと周囲に言いふらすといったような脅迫がある場合、その自白は記憶のとおりの発言なのかが怪しくなり、果たしてすぐに信用して良いだろうかということになります。

この意味で、この自白は「強い」けれども、固さでは「もろい」証拠となります。

 

他方、ラインデータの場合、そのデータは確かにその時間、そのような文言のやりとりがあったことはほぼ間違いないと言えます。

その意味で、このラインデータは自白に比べれば「弱い」けれども「固い」証拠だということができます。

 

このように、証拠は「強さ」と「固さ」の視点をもつと、その証拠がもつ価値の大きさが大体にしても分かってきます。

 

最近では、誰でもスマートフォンをもっているため、録音アプリで会話内容を保存することが簡単になっています。

そのため、今の時代「固い」証拠を残すことは、それほど難しいことではありません。

ですから、後は根気強く「強い」証拠が入手できるときを待てば良いということになります。

 

なお、録音データについては「そんな卑怯なものは証拠にするな」と反論されることがあります。

しかし、現在の世の中、自分からした会話の内容が録音されている可能性があることは、どこかの国会議員の「このハゲーーー」から始まるやり取りからも明らかです。

裁判所も、録音データに関して証拠から除外することはほとんどありません。

 

そういうわけで、このサイトをご覧になる方は、泣き寝入りをするくらいなら、じゃんじゃん証拠を残しておいてほしいと思います。

 

パワハラ案件で思うこと

早くも1年の4分の1が過ぎました。

ニュースでは入社式の話題が沢山でています。皆の若さがうらやましくなってきた今日この頃です。
そんな話題に水を差すわけではないですが、ここしばらくポツポツとパワハラの案件を扱うことが多いなあと感じています。

皆さま、パワハラと聞くとどういうことを思い浮かべるでしょうか?
最近だと電通が起こしてしまった痛ましい事件はパワハラの例の一つですね。

実はパワハラと言っても色々なパターンがあります。
電通の事件を例に出すと、
・長時間労働を強いる
・無理難題を強いる
・ミスを過剰に叱責する
・能力や人格を否定する
・企業単位での仲間外しや無視
なんかが典型例に当たります。

電通の事件は、パワハラ事件の一つの象徴ですが、世の中にはもっとスゴい企業もあります。
そのようなところは、これに加えて
・殴る蹴るの暴力を加える
・ミスに対して給料を減額する。罰金を科す
・明日から会社に来るなという。すぐにクビにする
・クビだとまずいので自主退職を迫る。
などの現象が起こります。
給与減額や罰金はセブンイレブンの件が記憶に新しいですね。

一番驚くのは、経営者が何の罪悪感もなくこういうことをしているということです。
というか、「労働者側が全部悪い!」という姿勢が圧倒的多数です。

もちろん、労働者側にもミスがあったり能力を十分に発揮できない場合もあります。
しかし、業務過程で一般的に生じがちなミス程度では懲戒も解雇もできません。
ところが、パワハラが横行している企業はそんなことはお構いなし。鼻紙を捨てるかのように簡単に労働者を捨てます。

そして、重要なのは、このような意識の希薄さが経営者自身に対して重大なリスクを伴っているということです。

つまり、労働者は労働基準法その他の法律でその地位や労働条件が保障されています。
それらの法律は、労働者が人間らしい生活を送る上で最低限必要な内容を定めたものです。
そのため、その違反については時に刑事罰という強烈な制裁を伴っています。

また、平時から企業側が労働法を守っているかは民事裁判の場合でも強い影響を与えます。

企業側は従業員を解雇したり、給与減額したりした理由についてあれこれ述べます。
しかし、解雇や給与減額は法律や判例上そんなに簡単にはできないことになっています。
そのため、コンプライアンスがちゃんとしている企業では、キチンと時間をかけて従業者の適性を見極め、
社内手続も慎重に行い、その上で初めてそのような不利益処分を下します。
そのような場合でも、いざ裁判になると「解雇はやりすぎ」となることは少なくありません。

逆に言うと、そういう社内手続がなかったり、当然用意できるはずの資料(就業規則や労働条件通知書、退職理由証明書など)がなかったりとなれば
それだけで裁判官からスジ悪と見られ、厳しい裁判の追行を強いられます。
裁判に負けた場合、企業側はその従業員の復職はもちろん、それまで未払となっている給料の支払も甘受しなければなりません。
「働いていないから払わない。」は通用しません。企業側都合で勤務させなかったのだから、企業側は給料の支払い義務を負います。

その金額は、数百万円にも上ることもあります。企業にとってはムダでしかないコストです。

経営者側は、裁判前だと「ウチにも顧問弁護士がいるんだゾ。」と強がってくることが多く、
労働者側はそのことに気を揉むことが多いのですが、実はそういうケースだと裁判所は経営者側に冷たいです。
逆に、労働者側の証拠が少ない場合でも、裁判所側で手心を加えてくれることも少なくありません。
(もちろん私の方で手を抜くわけではないですが。)
だから、こういう発言をするような経営者がいる事件を受けると、こっちの方が相手方弁護士に同情してしまいます。
顧問弁護士側からすれば、どうしてこうなるまで相談しなかったんだという気持ちなんじゃないでしょうか。

話を戻しますと、パワハラが問題になる事案では、大抵企業側が法律なんぞ知ったこっちゃねえとばかりに労働者に強烈なストレスを与えています。
結果、労働者は大抵、非常に情緒不安定になっており、強い不安と恐怖をもっています。
また、自己評価も低くなっているので、本当に自分の言い分が正しいのか、自分が悪いのではないかと逡巡されます。
このようなとき、どうエンパワーするか、ということはなかなか難しいです。

法律問題を超えたカウンセリング能力が求められます。
精神科医などによる診断と治療を強く勧めなければならないこともあります。

それでも時間をかければ、気力体力が戻ってきて、最後は自分の主張をきちんと示すことができるようになります。
もちろん、私も必要なアドバイスと見通しを説明しますが、やはり依頼者が自己決定できるというのは、
紛争を解決するに当たって非常に大事なことだと思っています。

パワハラの案件事件では企業側から一方的な主張を押しつけられて思い悩んでいる労働者が多いです。
なので、ご家族や友人の方は、もし少しでも様子がおかしかったら、声をかけていただければと思います。
できれば、医師や弁護士などの専門機関に行くよう勧めてください。

それで救われる人は多いですし、そういう草の根の活動によってブラック企業問題はより大きな社会的問題として共有されていきます。
そのことが、社会全体の活力を上げ、生産性を高めていくのだと思います。